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呪歌使い戦記第四十七話

 兵数一万の軍と共に、戦場へ出発する時間がやってきた。


「仇敵竜の国の兵どもはすぐそこに! みなのもの、気を引き締めよ! 必ずや、勝利は我が獅子の国に! 進軍せよ!」


 銀の将軍の号令を合図に、冬の草原に鎧を着こんだ兵士達の足音が響く。がちゃがちゃと無機質な鉄の足音、草原に似つかわしくない、鉄臭い足音。

 いよいよ、いよいよだ。大丈夫、今の僕には守護獣である獅子とプイス先生がついている。ローブの内側胸ポケットの中に銀獅子のナイフ、左腕にはアスチルベのお守り、胸元には先生のループタイ。上がる動悸と呼吸が落ち着かなくて、胸元に指先を縋らせる。

 歩を進めるうちに、夜明けの時点は晴れていた空が曇りだした。どんよりと厚い雲が太陽を隠して、このままいけば雨か雪が降りそうだ。

 鋭々応。向かい合う両軍各一万、鬨の声を上げて計二万の軍勢がぶつかり合う。その上空を、先生は一枚の花弁となって飛んで行った。僕に出来るのはやはり芋虫か蛇のごとく地を這うことだけ。どうしても空を飛べない、空を見上げれば足が震えて集中出来なくなるのだ。こんな時にすら臆病な腰抜けを晒す己が悔しくて情けなくなる。だが、僕は僕に出来ることをやるだけ、僕には僕の成すべきことがある。戦場を駆け回り、竜の国の呪歌使いと戦う先生を追いかける。いつかの夢に見た通り、いつかの現に見た通り、火の玉や氷の礫、黒曜石のナイフ、音の刃が飛び交っている。先生のテノールと竜の国の呪歌使いのバリトンではバリトンが圧倒的に優位。先生を上回る声量と魔力量だ、これでは防戦一方も当たり前だ。


「先生! 危ない!」


 思わず声が出た。竜の国の呪歌使いが作り出した氷の刃が、先生を輪っかのようにぐるりと取り囲む。ぎらりと鋭い切っ先がいくつも先生に向けられていて、あんなものをどう避けろと言うのだろう。そう思っていたら刃が体に突き刺さる瞬間、先生は高度を上げて全てをかわした。

 それを見た竜の国の呪歌使いが次の呪歌を唱える。バリトンの歌声を聴いているうちに視界が暗くなってきた。頭がくらくらする。視界を奪う呪歌? そんな呪歌、我が家の蔵書に記されていただろうか。眩暈によって地面へと下がっていく視線を無理やり空にいる先生へと戻せば。


「ううっ……」


 地上でバリトンの呪歌を聴いている僕ですらこうなのだ。至近距離で聞いている先生が受ける影響は計り知れない。何とかしなければ、このままでは。僕が、何とかしなくては。今回の全てが無駄になる前に。

 お願い、飛んで。あの空を飛ぶ呪歌使い達のように、風に舞い上がる木の葉のように。魔力の風よ、お願い。僕をあの二人のいる場所まで連れて行って。

 僕の体にだけ吹き付ける突風が、敵味方入り乱れる戦場の中を駆け抜けた。分厚く重い布をたっぷり使ったローブが風を捉えて、重さを失って。飛べる。そう思った時には、既に足が草原から離れていた。空を飛ぶことに怯えていたことなんかすっかり消え去った重みが、ただまっすぐ先生を守りたい一心で空を飛んだ。


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