呪歌使い戦記第四十六話
簡易ベッドの中、ぱちっと目が開いた。天幕の中、先生はいない。天幕の外、既に活動を始めた兵士達の声や足音が聞こえる。確かめなくちゃ。何を。わからない。僕は今すぐに天幕を出て確かめなくちゃいけないことがある。靴を履くのももどかしく、天幕を飛び出した。
「おっ、坊っちゃん! 起きたか!」
天幕の外、飛び出した僕を見つけた兵士が声をかけてくる。朝だ、息が白くなるほどに冷え込んだ草原に朝がやってきた。東の地平線からその姿を見せた太陽は蜂蜜色の光を地上へともたらす。プイス先生だ。あの太陽はプイス先生そのものなのだ。この世を去ったのち、太陽として僕達を見守ってくださっているのだ。今回こそ、今回こそ全てを終わらせなければいけない。
「こら、ローブも着ないで外に出て。風邪をひいたらどうするつもりだ」
肩に黒い布がかけられる。袖には僕のローブと違う魔除けの紋様が縫い取られている。このローブの持ち主は一人しかいない。
「先生」
「ずいぶんな夢を見たようだな? ローブも着ずに飛び出すなんて」
「悪い夢では、ありませんでした。僕にとっては非常にいい夢だったように思います」
「そうか。決戦まではまだ時間がある。お前の気が進むなら朝食の準備でも手伝ってきなさい」
「はい」
「……ちゃんと防寒にローブを着てから行くようにな」
身支度を整えて、朝食を作る兵士達に交ざる。今日の朝食も豆を干し肉と共に煮込んだスープと硬いパン。味付けの塩をけちったスープでも兵士達が力を振るえるように、鍋をかき混ぜながら煮豆の呪歌を歌った。みんなこのスープを食べて竜の国と戦うのだ。お腹いっぱい食べてもらわなくてはいけない。
「坊主が作ったこれ、美味いな」
「あ、ありがとうございます」
「坊っちゃん、お前も食っとけよ。相手は竜の国の死神だ、腹いっぱい食って力つけとかねえとな」
「すみません、いただきます」
兵士達に交ざって朝食を食べようとした時。
「プイス、すまないが来てくれないか」
銀の将軍と一緒にいたはずの先生が僕を呼んだ。何だろう。
「食べながらでいい。お前にも聞いていてほしい」
銀の将軍の天幕で朝食を食べながら、大人達の話を聞いた。獅子と竜の軍の兵数、これまでに竜の国の軍が取ってきた戦略、そして竜の国の呪歌使いが殺してきた兵の数。今まで耳に入って来なかった戦争の話。この被害者の中に、アスチルベのお兄さんも。
「……これが……竜の国……」
「実は五年ほど前にこの国の北東の山々で金脈が見つかりましてな。獅子の国は平地も多く資源に恵まれた国、しかし山岳地帯の多い竜の国では耕作に向く土地も少なく、鉱山資源も乏しい。竜の国は見つかったばかりの金鉱山を目的に宣戦布告を」
「……」
竜の国はこれを狙って、呪歌使いすら手駒にして。プイス先生の言ったような残虐な王がいる国ならば、この戦が竜の国の勝利で終わったとして、呪歌使いを用済みとみなしたなら……。想像なんかしたくない。したくないのに想像なんか簡単に出来てしまうくらい、竜の国が取ってきた戦略は非道なものだった。
「……すみません。竜の国の呪歌使いについて、もっと情報はありませんか。具体的には、彼が戦場で取った行動などが知りたいのですが」
「ええ、もちろんこちらにございますとも」
「ありがとうございます」
あの子は人殺しなど出来る子ではない。夢の中で聞かされたその言葉を裏付ける何かがあるはずだ。
「……」
銀の将軍が出してくれた情報を読み漁る。もうすぐ野営地を出なければいけない時間。欲しかったものは大体が出そろった。
「どうだ、プイス。お前の望む情報はあったか」
僕が読み終わるのを見届けた先生が声をかけてくる。銀の将軍は出陣の準備に席を外したようだ。
「はい、もう十分です。これさえ読めたなら他には」
「時間だ、行こう」
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