呪歌使い戦記第四十五話
龍の国の捕虜になった時、先生は目を覆いたくなるほど凄惨な拷問の末に首をはねられた。あれを思い出せば、今の言葉もわかるというもの。プイス先生の語るラーベの人物像から察するに、捕虜になった僕に執拗に弟子になれと言っていたのは僕を守るためだったのだろうか。
「私は、悪魔の手を取ってここに来た。神の御手の中に来てしまった。頼れるものは、お前しかいないのだ。もし、もしあの子を、ラーベを救うこと叶わぬのなら、……その時は」
「それは出来ません」
「……そう、か」
「ラーベの生還を、願っている人がいるんです。竜の国の死神を恨む人の多い獅子の国でたった一人……、兄を救おうとあがいている人がいるんです。その人のために、僕はラーベを生かす手段を探しています」
「……ああ、ルーイ……」
呟かれた愛称は、その持ち主に届いているだろうか。夢を見る僕の隣で眠っているはずの先生に、この声は届いているのだろうか。
「先生を救うためと、僕は悪魔の手のひらの上で戦場を繰り返してきました。その中で助けなければいけない人が増えただけの話、叶わぬ願いのためにあがくのはもう慣れました」
「悪魔……。そうだ……! あの呪歌を記した書はお前が持っているのか?」
「願いを叶える呪歌、のことでしょうか」
「そうだ、その書は今どこに。いや言わずともわかる、ルーイの手だな? あの書はすぐに処分せよ、私の墓にでも埋めてくれ。あの悪魔は封印してしまわねばならん、あの呪歌によって禁忌を犯すものがこれ以上増えぬうちに……!」
僕の背中を照らす月は地平線の下へと完全に沈んだ。代わりに東の空から顔を出したのは。日の出だ。朝だ。夢の覚める時が来てしまったのだ。僕の体が作る影の中、プイス先生のプラチナブロンドの髪は朝日に溶けていくかのように、その輝きを失い始めた。
「少年、私と同じ名を持つ少年よ。お前は今からプイス・キャンウィール・ジュニアと名乗るがよい」
プイス・キャンウィール・ジュニア。
「私の名を継ぐものとして、私の遺志を継ぐ者として、私の声を届ける者として名乗るのだ。プイス・ジュニアと!」
僕の体が作り出す影からするりと抜け出して、旭日の光の中に躍り出たプイス先生。太陽を背にこちらを振り返った星の繭色の髪が、朝日のまぶしさに薄れて消えていく。
「私はプイス・キャンウィール。ネイドゥ・キャンウィールを師に持つ魔法使いが一派、歌うものキャンウィールの名を継ぐものなり! 少年よ、一つ問う。お前の名は何だ!」
「ぼ、僕はプイス・キャンウィール・ジュニア! ルイス・キャンウィールを師に持つ魔法使いが一派、歌うものキャンウィールの名を継ぐものです!」
「歌うものキャンウィールの名を継ぐものよ、正式に我が名プイスを継ぐものよ。もう行くがよい、夜明けはすぐそこ。死者は死者の世界に、生者は生者の世界へと分かたれる時間だ。お前はお前の世界で成すべきことを成せ!」
「はい!」
「お前の行く末に、光溢れんことを。我が弟子らを、ラーベとルイスを頼んだぞ……!」
プイス先生の姿は、朝日に溶かされて消えていった。
冬の草原に朝が帰ってくる。誰もいないはずの草原に喧騒が帰ってきた。僕も目覚める時間だ。
先生、プイス先生。どうか僕達の願い叶うその時まで、僕達に良き知恵をお授けください。
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