呪歌使い戦記第四十二話
「……一つ、昔話をしてやろう。ここから遠く、遠く離れた異国の、昔々の話だ」
星々の姿が映りこむ瞳が、僕の目を捉えて離さない。見下ろすプイス先生の目を見つめ続けていた。
「ある国の都に、仲の良い師弟がいた。魔法使いの師と、その弟子二人。上の弟子は魔法の才に溢れていたがそれに溺れることなく研鑽を重ねるもの、下の弟子は魔法の才こそ兄弟子には劣るものであったが誰よりも優しい心根の持ち主だった」
僕の目をまっすぐに見据えていた目が伏せられる。長いまつげが月の光を反射して、その光さえも星の一つに見える。
「三人は仲睦まじく、手を取り合って暮らしていた。それが壊されたのはある春の日、林檎の花が咲いた頃の話」
これは、きっとプイス先生自身の話。であれば上の弟子はラーベ、下の弟子は先生と言うことになる。
「二人いる弟子のうちの上の方がな、殺されたのよ。愚かにも盗みの罪を犯した男に、胸を一突き」
上の弟子……つまりラーベが殺された? そんな馬鹿な。あの人は竜の国の呪歌使いとして戦場に立っている。何度も、何度だって、僕達の命を。……いや、今は聞かなければ。話の続きを聞かなければいけない。真相を掴まなくてはいけない。
「それからの荒れようは凄まじかった。下の弟子はあまりにも大きすぎる喪失感に口を利けなくなった。師もまた、憔悴した。そこに、悪魔が現れた。師が命を差し出せば上の弟子は帰ってくると」
この悪魔とは、おそらく願いを叶える呪歌。僕達とプイス先生は同じだったんだ。悪魔の禁忌に触れてまで、大切な人を。
「師は見事、死ぬはずだった弟子の代わりに死んだ。上の弟子も死なず、下の弟子も壊れることなく、師の願いは叶った」
つまり、やり遂げたのだ。ラーベが死ぬ未来を、プイス先生は己一人が死ぬ未来に変えたのだ。その世界が、今の僕達が生きる世界。先生と僕とが地獄のような日々を繰り返している世界。プイス先生が守り抜いた弟子達が、互いに刃を向けあう世界になってしまった。何という皮肉だろう。
「さて、ここで一つ問わせてもらおう。この魔法使いの師が取った行動は果たして最善だったのか……。お前はどう思う? 悪魔に取りつかれた少年よ」
悪魔の禁忌に触れてでも叶えたい僕の願い、それは未だ達成されていない。この願いが最善かなんて。
「僕には……わかりません……。それが最善と言えるかどうかは、僕にはわかりません」
「ならばお前がしていることも最善かはわからぬのでは? 身を削り、疲弊し、死者に縋りたくなるまでに叶えたい未来が最善とは、限らんのではないか?」
バリトンに震える手を、きつく握りしめる。右手に握っていたはずの銀獅子のナイフは、いつの間にか姿を消していた。
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