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呪歌使い戦記第四十話

「……?」


 胸が熱い。具体的には、左胸。ローブの胸元内側にあるポケットの辺り。ポケットに入れていたものが、熱を帯びている。確かここには……。

 まだ、まだ! まだ、諦める訳にはいかない!

 ローブの左胸ポケット、懐に入れていたものを掴む。僕を狙って飛んできたのは黒曜石のナイフ。お願い、僕を助けて!

 引き抜いた銀獅子のナイフで黒曜石のナイフを迎え撃つ。飛んでくる一撃をナイフで弾き飛ばせば、足元の冬色に染まった草原に深々と刺さる。


「……ほう? ただの腰抜けと思えば、面白い真似をする」


 胸ポケットで熱くなっていたのはこの銀獅子のナイフ。今こそ獅子が目覚める時と言わんばかりに熱くなった左胸がどくどくと音を立てている。逃げられないのなら、迎え撃て。逃げるな、迎え撃て。獅子の囁きが聞こえる。迎え撃て、迎え撃て。迎え撃て!

 次々飛んでくる鋭利な破片をナイフで弾き飛ばす。普通なら飛んで避けるだろう場面、我ながら無茶をする。飛べない僕には、逃げられない僕にはこれしかない!

 次に飛んできたのは氷の塊、礫なんて可愛らしい大きさじゃない。ナイフで弾き返すには無理がある。だったら……!

 火種を作る呪歌を唱える。生まれた火種に燃料となる魔力を注いで大きく、大きく。プイス先生の育てた氷の塊よりも大きくなるように育てて。


「行けっ!」


 火の玉になるまで育てた火種を氷の塊にぶつける。自分より大きな火に包まれた氷はじゅうじゅうと音を立てて融けていく。

 次は火の玉。焚火を消すには砂をかければいい、土を被せればいい。畑の土を柔らかく耕す効果のある呪歌で草原の土を掘り返す。それを呪歌で起こした風に載せて飛ばせば! 狙い通り! 土に押しつぶされた火の玉は鎮火した!

 何か、何か掴めた気がする。その何かはわからない。言語化するにはまだ時間がかかる。それでも、今の僕は何かを確かにこの手に掴んだんだ!

 再び旋律が変わる。次は何だ、何が飛んでくる。身構えていると足元に影。満月の光が作る大きな影。見上げれば大きな岩が僕を押しつぶさんと落ちてくるではないか! こんな魔法、どう対処すれば。いや、大丈夫。今の僕なら何とか出来る!

 風を呼ぶ呪歌を唱える。お願い、僕に力を貸して。岩から逃げようと走る僕に追い風。追い風が僕の背中を押してくれたおかげで逃げ切ることが出来た。


「これならば逃げられまい!」


 周囲がだんだん明るくなってきた。何事か、空を見上げればいくつもの流れ星。流れ星が、落ちてくる。いくつも、いくつもの燃える流れ星が、草原目掛けて落っこちてくる。あんなもの、どう避ければいい。直撃は免れても衝撃は避けようがない。身を隠せるようなものも、盾になるようなものもない。一体どうすれば。

 その瞬間、頭の中にいつか見た風景が蘇る。これは何回目の戦場だ。上空で戦う先生と竜の国の呪歌使い。竜の国の呪歌使いの呪歌によって放たれた火の玉が先生に直撃しそうになった時、無我夢中で防護壁の呪歌を叫んだ戦場の記憶。そうだ、こんな時のための防護壁だ!

 間に合え、間に合え、間に合え!

 ほとんど叫ぶように、防護壁の呪歌を歌った。その瞬間、星が落ちた。どん。燃える星が視界を、乾いた草原を焼いていく。僕の体を吹き飛ばすほどの衝撃は来なかった。


ここまで読んでくださりありがとうございます。

この回がどう届いたか、よければ感想で教えてもらえると嬉しいです。

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