呪歌使い戦記第三十九話
「戦場がいかに残酷か、お前も知っているはずだ。それをわかっていて腰抜けのままのお前には、……戦場に立つ前にその命終わらせるのがお似合いだろうよ」
プイス先生の遥か後方、僕達獅子の国の軍の進行方向の正反対、北西の空から満ちた月が登ってくるのが見えた。満月なのに、真ん中に穴が開いている。穴の開いた満月が、地上を見下ろすべく姿を現した。
「覚悟無き兵に安穏なる眠りは訪れぬ。己が願いの代償を背負わずに安らかなる日々は訪れぬ。それすら背負う覚悟もない小童が、今ここで死ぬがよい!」
白金色の髪の呪歌使いが不完全な完全なる月の光の中、浮かび上がる。飛び上がったと言う方が正確か。あの戦場で対峙した竜の国の呪歌使いと同じように、空から僕を狙っている。
アルトとテノールの間の美しい歌声が、夜中の草原に響き渡る。冬至の祭りで歌われる聖歌の合唱を思わせる歌声に目を奪われていたら。
「ひいっ!」
僕を狙って飛んでくる光の矢が数本。すんでのところでかわしたが、すぐに次の呪歌が口ずさまれる。このままでは殺される、戦場に立つ前にプイス先生に殺されてしまう。夢の中で死んだらどうなるかなんてわからない、わかるわけがない。だからこそ逃げなくては。逃げなくてはいけない。
味方なんかいない暗闇の草原を逃げ惑う。これは夢なんだ、夢の中なんだ。何をすればこの夢は覚めるの。
走っても走っても逃げ道は見つからない。どんなに走り続けても夜明けは来ない。夢の終わる朝は来ない。
光の矢、火の玉、氷の礫、音の刃。ありとあらゆる魔法が僕の首を胸を狙って飛んでくる。走って逃げ回って、地の上を這い回って。飛んで逃げられたなら。空は飛べない、体が石ころのように重くて飛べない。そんな僕を嘲笑うかのように空から見下ろしてくるプイス先生と穴の開いた満月。
夢の中、なのにもう限界。息が上がって、もう走れない。
「これで終わりか? 永き眠りの中の暇潰しにもならなかったな」
空を飛ぶプイス先生に追いつかれた。今度こそ終わりだろうか。死ぬ覚悟は出来ている、死ぬ覚悟だけは出来ている。それは戦場での話。こんな、夢の中で死ぬためにここまで来たんじゃない!
アルトの歌声が旋律を変える。何の呪歌が飛んでくるのだろう。これで僕の命は終わるのか、今回は終わりか。全てを諦めて脱力した時だった。
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