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呪歌使い戦記第四話

 その日の僕は、赤レンガの家から一番近い宿場街へと買い出しに出かけていた。風邪をひく人が増える季節、買い物のついでに作った薬を売って回った帰り道。もうすぐ来る冬に向けて衣替えをした草原の中、細長く伸びた影と共に赤レンガの家へと歩を進めていた。

 あの家が見えてきた時、違和感を覚える。うちでは飼っていない馬が二頭、軒先に繋がれているのだ。お客さんだろうか。家に入る前にお客人の馬を観察する。黒ずんだ馬鎧を着けている、騎士の乗る馬だ。そしてその鎧には獅子の横顔が彫り込まれている。これを身につけることが出来るのはこの国では王家の人間、そしてその王家の人間の使いだけ。つまりこの馬の主達は。国の外れに住む魔法使いに、王家の人間が何の用だろう。


「ただいま帰りました」


 先生とお客人が会話の最中であろうことはわかっていたが、忍び寄る晩秋の寒さに耐えられなかった。ドアを開けて、先生に聞こえないようにただいまの挨拶をすれば。返ってきたのは、いつもの優しいテノールではなかった。


「何度言えばわかる! 私は反対だと、何故わからぬ!」


 僕が危険な事をして怒る時でさえ声を荒らげることのなかった先生が、玄関まで聞こえる怒鳴り声をあげるなんてただ事じゃない。慌てて部屋の奥へと駆け込めば。黒ずんだ鎧を着込んだ騎士が二人、玄関に背を向けて先生を睨みつけていた。


「帰ってくれ! 私は先生から学んだこの魔法を人殺しには使わぬ! 貴方々の主にそう伝えてくれ!」


 先生の怒鳴り声は騎士を追い返すのに十分だったようだ。踵を返した騎士達の鎧を見れば、こちらにも獅子の紋が刻まれている。王家の使いの者だ。王家の使いがこんなところに来るなんて、そんな疑問よりも何よりも先に、彼らの冑から覗く視線の冷たさに対する恐れが湧き出てきた。背筋が凍るような、軒先に出来た氷柱が首筋に触れるような、そんな恐ろしさ。こんな冷たい目を、僕は未だかつて見たことがない。どうして彼らはこんな冷たい目をしているのだろう。そもそも王家の使いである彼らが、何の理由があって国の外れの草原のど真ん中に住む魔法使いを訪ねてきたのだろう。頭の中は疑問でいっぱいだった。


「先生……」


 震える声で先生に声をかける。あの人達は何なのですか、そんな疑問すら口に出来なかった。穏やかな優しさを灯していたはずの先生の瞳にも、鋭く尖った氷柱を思わせる冷たさが映り込んでいたから。


「プイス! ……帰っていたのか……」


 先生の瞳の中の氷柱は融けた。それに穿かれた僕の心は癒えない。あの人達が何なのか、ここに何の用があったのか、聞いてはいけない気がして口を噤んでしまう。


「外は寒かっただろう、火を入れているから暖炉で温まりなさい。今日の夕餉は私が用意しているから」

「す、すみません。ありがとうございます」


 こんな時に、何も言えない自分が恨めしい。こんな時に、先生に声をかける勇気の出ない自分が恨めしい。眉間に小さな皺を寄せ、何かを思案する。そんな表情は夕餉の時も寝る前も、その日から三日三晩続いた。元々口数の多い人では無いが、その口数ですら極端に減って、僕が声をかけても生返事。それに耐えられなくなったのが、獅子の鎧の客人が来てから四日経った日の夕餉の後だった。


「先生。先生」

「……っ! 何だ、プイス。何の用だ」


 僕がかけた声にはっとして、やっと顔を上げてくれた先生。その目には疲労の色がありありと浮かんでいて、目の下には酷いくまさえ出来ている。


「先生、一つ聞かせてください。あの鎧の人達は、先生に何の話を持ってきたんですか?」

「それは……、……っ……」


 酷く言いづらそうに口ごもる先生。十六になる年とはいえ、僕はまだ子供。子供には言いづらいことだろうか。


「あの日、僕は初めて先生が怒鳴った所を見ました。あそこまで感情を露わにするなんて、何かがあったに違いありません。僕にも教えてください、あの日何があったのか」

「……お前に言えることでは無い。お前は知らない方がいい」

「それは、僕が子供だからですか」

「違う」

「だったら、何故。まだ十六にもなりませんが、僕だって男です。先生の力になりたい、そう思う気持ちは昔も今も変わりません。お願いです、僕にも教えてください」


 僕の言葉に嘘偽りは何一つない。先生の力になりたい、ただそれだけ、その一心で先生の瞳を見つめる。ここに来たばかりの頃は見上げるばかりだった蜂蜜色の瞳。それがいつしか近くなって、十年経った今では肩を並べた時の目線はほとんど一緒になるまでに成長した。体だけ大きくなったと言われればそれまで。それまでだが、中身だって成長した自覚はある。ここに来たばかりの僕には言えないことでも、成長した今の僕相手になら。

 どんな手を使っても聞き出してやる。そんな意思が伝わったのだろう、一際大きなため息を吐いてぽつりぽつりと語り始めた。


「……隣国と戦争が始まったらしい」


 王家の使いが持ってきたのは、戦争の報せだった。獅子の国の東端にあるこの草原のさらに東、竜の国という国がある。その国が獅子の国へと宣戦布告を叩きつけたというのだ。


「どうして、それが先生に」

「……私に、戦場に出ろと。戦場に出て、魔法を人殺しに使えと言ってきた。……竜の国の兵に、魔法使いがいるという話だ。既に他国の軍に甚大な被害が出ていると聞く。私はその対抗馬として戦場に出ねばならん」

「断ることは出来ないのですか」

「あの兵士の鎧を、彼らの乗ってきた馬を見たか。あれは王家の使い、つまりこの国の王直々の命と同じ。私に逆らうことなど出来ん」


 眉間の皺が深くなる。先生がそれだけ、この話に頭を悩ませていることの証拠だ。


「……僕も、連れて行ってください」

「ならぬ。戦場は子供が行く場所では無い」

「確かに僕はまだ子供です、ですが、その前に一人の男でもあります。戦場に立つにはそれだけあればいいでしょう?」

「ならんと言っているだろう!」


 怒鳴り声を上げ、机を強く叩いた先生。


「自分の身も守れぬ子供に、何が出来る! 戦う術も、己の身を守る術も知らぬ子供が戦場に出たところで、良い弓の的になるだけだ! ……わかったなら、さっさと寝なさい。寝て、この話は忘れなさい」

「……わかりました、おやすみなさい……」


 夕餉の片付けもそこそこに、部屋に追いやられる。……僕には何も出来ない。それは確かだ。僕にもう少し力があれば、もう少し知恵があれば。もう少し早く、大人になれていたら。先生の反応も少しは変わっていたのだろうか。悔しさに枕を濡らして、その日は眠りについた。


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