呪歌使い戦記第三十六話
夜が明ける前の暗闇の中、目を覚ます。隣にいたはずの先生はもういない。銀の将軍に呼ばれたのだろうか。それにしたってずいぶん早い、顔を洗うついでに先生を探しに行こうか。布団にかけていたローブを羽織る。夜明け前に静まり返る天幕の外、巡回の兵士達の声や足音は聞こえない。ひとかけら抱いた違和感は外の冷たい空気と共に姿を現した。
誰もいない。僕のいた天幕以外何もない。ただ夜明け前の冬の草原が何もなく広がっているだけ。まさか、僕だけ置いて行かれた? そんなはずは。この草原に僕以外、人っ子一人、影すら見当たらない。僕が寝付いたのは夜が四分の一を過ぎた頃、星の動きを見るに長く眠っていたわけではない。だと言うのに、地平線のどの方向を見ても一万の兵達の影は一切見えない。あの兵達は、銀の将軍は、先生は何処へ行った?
「先生! 先生!」
僕が眠っていたはずの天幕さえも姿を消した草原のど真ん中、独りぼっちに耐えられなくなって叫んだ時だった。
「何だ、騒がしいな」
聞きなれたあの愛しいテノールではない。カーティスさんの声でも、ハーゼルの声でも、アスチルベの声でも、銀の将軍や僕をからかった兵士のものでも、竜の国の呪歌使いのものでもない声。アルトとテノールのちょうど中間くらいの、美しい声。
「プイス……先生……」
星々の光を糸にした長い白金色の髪、わずかな光の中にも太陽のごとく力強く輝く蜂蜜色の瞳。一度目にしたことがある。一度、夢の中で会ったことがある。プイス・キャンウィール。我が師ルイスの師匠、僕の大師匠、その人だ。
「いかにも、私がプイスだがお前は……。いや待て、お前の顔……どこかで……」
プイス先生がいる。神の御手の中に還ったというその人が、今僕の目の前にいる。つまりここは、夢の中。それならば全てにつじつまが合う。一万の兵達が、銀の将軍や先生が、たくさんあった天幕が一つ残らず消えていてもおかしくない。
「思い出したぞ。お前は以前私に上手くいかぬことがあると相談してきたものだな?」
「は、はい……」
「お前、何者だ。私はお前を目にしたことがない。鯨の国に生まれ、獅子の国に渡ってきたがお前の顔を一度も見たことがない。……何故、お前は私を知っている」




