呪歌使い戦記第三十三話
その日の夕食時。銀の将軍に呼び出された結果を聞かされる。
「プイス、悪い報せだ。出立の日が決まった。明日、日の出と共に進軍する」
先生の顔が暖炉の火に照らされて、濃い影を落としている。
「とうとうこの日が来てしまったが、お前はどうする。体調が優れないのなら」
「いえ、行かせてください。覚悟は、出来ています。僕は行かなくちゃいけないんです。行って、全てを終わらせなくては」
「……わかった。お前の覚悟はしかと聞いた。……また、あの戦場に立つのだな」
夕食を食べ進める匙が止まる。これまでに繰り返してきた地獄を思えば、手が止まるのも必然。
「願ったからには、あの戦場に立たねばならん。私達の願いが叶うその時まで、何度でも。そのためには食わねばならん、食って力をつけなさい。竜に頭から食われてしまわぬように」
「……はい」
そうだ。僕達は勝たなくてはいけないのだ。先生と二人捕虜になる道を避けるには、僕達二人が生き残って竜の国に勝たなければいけないのだ。ここで気を病んでいる場合ではない、胃を病んでいる場合ではない。一匙、また一匙と用意された食事を胃に収める。一人前の半分も食べられなかったが、ここ数日の食事量を思えばよく食べた方だと思う。
翌日、夜明けよりも早く目が覚めた。どうして僕はこんな時間に目を覚ましたのだろう。寝ぼけ眼を擦っていると、身支度を整えている先生が目に入った。そういえばも何も、今日は戦場に向けて城を発つ日ではないか。寝ぼけている場合ではない。急いでベッドから抜け出して身支度を整える。
「……いよいよだな」
「はい」
「これから三日かけてあの戦場へと向かう。厳しい寒さの中、野営だってある。辛い道のりになるぞ」
その言葉にほんの少し息が詰まって、思わず胸元の蛍石を握りしめる。大丈夫、大丈夫。僕なら、大丈夫。呼吸を整える僕を見て、テーブルに置いた鞄は先生の手に提げられる。
「行こう。中庭で銀の将軍殿が待っている」
東の空が蜂蜜色に染まりゆく夜明けがやってきた王城の中庭、多くの兵士とそれを見送りにきた女官や大臣達。その視線が集まる先に銀の将軍がいた。
「おはようございます。呪歌使い殿、プイス殿」
「おはようございます、銀の将軍殿」
「お、おはようございます」
これからここにいる兵士達と共に進軍するのだ。僕が進軍の足手まといになってはいけない、遅れをとらないようにしなければ。
夜明けの頃の冷たい空気の中、深呼吸を繰り返す。透明な空気を吸って、白い息を吐いて。寒さにかじかむ手を吐息で温めていたら、視界の端に何か白いものがちらついた。何だろう。目を向けてみれば非常に見慣れたものだった。
「プイス、受け取りなさい」
赤い目の銀獅子。何度も竜を、竜の国の呪歌使いを倒してきた銀のナイフ。あれが、再び僕の手に。
「獅子はこの国の建国の際、王家の祖に力を貸した逸話が残っておりましてな。獅子の国の紋章にも今なおその姿を残すその獅子をかたどった銀のナイフにございます。必ずや、プイス殿にお力添えをくださることでしょう」
「……」
ルビーの瞳を持つ銀の獅子と目を合わせる。夜明けの薄暗さを照らす篝火の中、赤々と輝く瞳。どうか、どうか僕を導いてください。
「ありがとう……ございます……」
先生の手から、銀獅子のナイフを受けとる。この手になじんだ重みも今はただ懐かしい気さえしてくる。
「それでは皆の者、南東へ向けて進軍せよ!」
ナイフを受け取った瞬間、東の地平線から太陽が顔を出した。赤い日差しが王城の石レンガを照らすのを見届けて、銀の将軍が号令を出す。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
プイスやアスチルベ、先生の選択をどう感じたか、ぜひ教えていただけると嬉しいです。
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