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呪歌使い戦記第三十二話

「先生様、お昼食べ終わったら例の部屋に来てくれないかって銀の将軍が言ってたよ」


 先生手製の丸薬が効いたのかほんの少しだけ食べる気力が戻った昼食も、アスチルベのその一言で気力が全て消え失せた。


「何? 銀の将軍殿が?」

「なんか伝えたいことがあるんだって。すぐ終わる話だとは言ってたけど……俺を通して言うのはだめっぽかったからすんごい大切な話じゃない?」

「いやしかし……」


 食卓の真向いに座る瞳がこちらに向けられる。僕のことを気にかけてくれている。


「……先生、行ってください。僕は平気ですから……」

「プイスが心配なら俺がついてるし」

「……わかった。すぐ戻るようには努める」


 何の話だろう。なんとなくわかる。そろそろ竜の国との国境に向けて進軍する頃だ。出発日が決まったのだろうか。


「銀の将軍は俺に隠してたけど、兵士が噂してたんだよね。明日とうとう出立だって」


 結局一口も進まないまま昼食を終えて、先生が銀の将軍を訪ねに部屋を空けた後。アスチルベが留まってくれている客間で。


「やっぱり……ですか……」

「時期的にそろそろじゃないかなって。兵士とは言っても農家の次男とかを徴兵してるわけだから、あんまり遅くなると春の収穫や種まきが遅れるし」

「……」


 毛布を被ってベッドに横になる。体調はちっともよくならない。それどころか胃のむかつきが強くなった気がする。


「……やっぱりさ、戦えるからには戦に出たいって思うもんなのかな」

「……僕にはわかりません。少なくとも、今の僕には……」

「……ごめんね。この前、意地悪言って。無理なお願いして」


 戦で死んだ兄の仇討ちのことだ。……結局、未だ答えは出ない。ベッドの端に腰掛けて、僕に寄り添ってくれる小間使いの願いにどう応えるべきか、定まっていない。


「あれからでしょ、プイスが体調崩したの。俺のせいでしょ、お前がこんなんなっちゃったの」

「ち、違います。原因はそれじゃ」

「戦争って、酷いもんだね。この国は戦争で土地を勝ち取り続けて、領土の一部が戦争で独立して竜の国になったじゃん。でもそれって昔の話、俺達……先生様や今の王様や銀の将軍だってその頃を知らないわけじゃん。兄貴が兵士だからこの国の歴史を知ってるけど、戦争っていいもんじゃないね」


 戦争は、多くの命が奪われる。兵士だけじゃない。僕や先生、竜の国の呪歌使いまでも……。


「それを知ってて、あんたは戦場に立とうとしてるんでしょ。先生様と一緒に、戦場に立つんでしょ」

「……」

「……これさ、持ってって」


 そう言う小間使いが上着のポケットから取り出したのは革紐にくくりつけられた、小さな木彫りの蹄鉄だった。


「俺のじいちゃんが作ってくれたの、俺と兄貴でお揃いのお守り。馬の蹄鉄って、幸運を呼ぶんだってさ。持ち主だった兄貴は帰って来れなかったけど、あんたにならこのお守りも力を貸してくれる気がする」


 アスチルベのお兄さんのものだったというお守りは腕輪として僕の左手首に。まだ新しい革紐のささくれが肌をつついて、夢から目を覚ませと言われている気がする。


「……兄貴の仇は討てなくていいからさ、ちゃんと帰ってきてよね。先生様と一緒にさ」

「それは」

「……兄貴が殺されたのは事実だけど、竜の国の呪歌使いのことはあんまり恨んでないんだよね。殺さなきゃ自分が殺されるのが戦場だってのは俺も知ってる、兄貴もそれを覚悟の上で戦場に行ったんだろうし」

「……どうして、僕にここまでしてくれるんですか。僕はただ、先生のおまけでついて来た客人の一人でしかないのに」

「俺、兄貴はいるけど弟とか妹っていないんだ。つまり末っ子。騎士道とは~とかなんとかうるさかったけどさ、俺をめちゃくちゃ可愛がってくれたの。プイス見てたら兄貴の気持ちがわかった気がして」

「……ごめんなさい、何から何まで……」


 お礼のつもりで財布の中の銀貨を渡そうとすれば、彼は僕の手を制した。


「だめ。それは受け取れない」

「でも」

「それをどうしても渡したいって言うなら、全部終わった後で。あんたと先生様、二人揃って帰ってきてから。あと、ここでごめんなさいはちょっと違うんじゃない?」

「……ありがとう……」


 僕に、何が出来る。今の僕に何が出来るの。わからない、いくら考えたって思いつかない。アスチルベの優しさに応える方法も、竜の国の呪歌使いを救う方法も、先生と二人で生きてここに帰ってくる方法も。それでも。今までとは確実に何かが違う。あと一歩、あと一手。考えれば考えるほど胃が痛む。小さな丸薬一粒では追いつかない。


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