表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/42

呪歌使い戦記第三十一話

 ベッドの上、布団を被って背を丸める僕の背中を筋張った細い手が撫でてくれる。ごめんなさい、ごめんなさい。謝る必要はないと言われても、頭の中を駆け回るのはごめんなさいの一言。

 僕は、僕が生まれる前に父を奪った海を恨んだりはしていない、僕が生まれてすぐに母を奪った産褥熱を恨んだりはしていない。だからこそ、アスチルベの竜の国の呪歌使いに対する恨みが恐ろしくなったのだ。先生を奪われて悪魔の禁忌に手を出した僕と同じように、兄を戦で奪われたアスチルベと同じように、先生だってこの戦で兄を何度も奪われているのだ。その兄の命を奪ったのは僕。なのに先生は僕に向けて恨み言一つ漏らさない。それが恐ろしくて恐ろしくて。何も言わない、僕には何も言ってくれない。


「何を考えている」


 布団の中、負の考えが渦巻く僕の頭の中を覗き込まれたらしい。いつもの調子のはずなのに、いつもより冷たく感じる先生の声が僕の思考に待ったをかけた。


「……先生は、どうして」

「私が、何だ?」

「……僕を恨まないんですか」

「私にはお前を恨む必要がひとかけらもないからだ」

「僕は、あの戦場で何度もラーベを、先生の兄弟子を」

「くどい。何度も言わせるな」


 酷く冷たい声、僕を突き放すような、一度も聞いたことのない声。


「お前は何か勘違いをしている。私達の地獄の始まりを思い返してみろ」


 僕達の地獄。そもそも地獄とは。僕達に共通するもの、願いを叶える呪歌を行使して何度も繰り返したあの戦場。先生が竜の国の呪歌使いに殺されたことで僕はあの魔法を使って、地獄に身を投じた。それが僕の地獄。では、先生の地獄は? 僕が悪魔の禁忌によって繰り返す戦場で何度も息絶える光景を覚えていること。いや、根本が違う。最初の地獄の始まりは。僕達の本当の地獄の始まりは……。


「……僕が、竜の国の呪歌使いに殺されたこと……?」

「……やっと気付いたか」


 僕があの戦場で死んだから、願いを叶える呪歌は行使された。僕が死んで先生が生き残る未来を、先生が死んで僕が生き残る未来に変えた。その未来で、僕が先生と二人生き残る未来を創ろうとした。


「この地獄の始まりはプイス、お前があの人に殺されたこと。つまりあの人は私の愛しい兄弟子でありながら、愛しい弟子の命を奪ったのだ。そして、私はお前を殺したあの人を殺すことであの戦場を生き延びた。……あの人を殺したのは私も同じだ。いや、お前より罪は大きいやもしれん。血の繋がらぬ兄とは言え、師を同じくした兄をこの手で殺したのだから。……私に、兄を殺したからという理由でお前を恨む権利などあるわけがない。私が真に恨まねばならんのは最初にお前を死なせてしまった弱い私。私が恨むべきなのはお前を戦場に立たせてしまったこの私自身だ」


 冷たく聞こえていた先生の声が融けだして潤みだす。


「プイス、一つ言っておく。お前が思う以上に、この世界は広い。お前が思う以上に、世界は大きい。私の感情をお前が決めつけるな、お前一人で背負いきれるものだと思いあがるな」


 そんなことを言われても、僕は。


「……それでは、僕はどうすればいいのですか。僕のこの感情は何処へ行けと言うのですか」

「それは知らん。お前に私の感情を決めつけることが出来ないように、私にもお前の感情の行き場を決めつけることは出来ん。……一つ言えることがあるとするならば、悪魔の禁忌に願ったことを実現する方法でも考えていろ。その方がずっと健全だ」


 それ以降、先生は口を開こうとしなかった。僕も口を開けるような空気ではなかった。僕の背中を撫で続ける温もりだけが雄弁に何かを語っている気がしたが、今の僕にその言葉に耳を傾ける余裕はなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ