呪歌使い戦記第三十話
翌朝。目が覚めた時先生は暖炉に火を入れていた。冬の遅い朝を告げる教会の鐘が七回鳴った直後のこと。
「先生……」
「起きたか。体調はどうだ、食欲はあるか」
「……あまり優れません。食欲も……」
「……そうか」
僕に背を向けたまま、熾したばかりの火の世話を焼く先生。火に向けた目が僕に向けられることはない。
今日も先生は朝食後すぐに大人達の話を進めに部屋を出ていくのだろう。嫌だ、行かないで、独りにしないで。言いたくても言えない。この国の今後を決める大事な会議に出るのだから。大きなベッドの上、布団を握りしめる手に思わず力が入る。
ちょっと雑に力の入ったノック三回、アスチルベのノックが朝食の時間を告げる。
「先生様、プイス。朝ごはん持ってきたよ」
「ありがとう、アスチルベ」
「プイスが食べれそうと思ってパンのミルク粥作ってもらったけど、どう?」
「……」
「あんまり食欲なさそうだね」
「ごめんなさい……。せっかく作ってくださったのに……」
「残ったら残ったで俺達が食うから気にしないで」
客間に用意された食卓は野菜と豆がふんだんに入ったスープと作りたてのソーセージ、そして高価な小麦粉で出来た白いパン。僕の食事はその白いパンを白いミルクで煮たパン粥、優しい甘い香りがするのは高価な蜂蜜を垂らしてあるからか。これをカーティスさんの食堂で食べるのに、何枚の銅貨を出せばいいのだろう。
「……」
食卓の椅子に座ってパン粥を一匙。優しい甘さや白いまろやかさを口にしてもなお、食事の手は進まない。向かいに座る先生が小さなため息をこぼした気がする。
「……アスチルベ。言伝を頼んでいいか」
「誰に言伝すればいい?」
「まずはこの城の侍医にこの材料を分けてもらえるように伝えてくれ」
メモ書きに使う小さな木切れに何かを書きつけて、それをアスチルベに渡した先生。
「……これそのまま渡したらわかるやつだね? 俺にはさっぱりわかんないけど」
侍医に渡せと言うのだから薬の材料だろうことは想像がつく。アスチルベは字が読めないようだ。
「それと、次は銀の将軍殿に。今日の軍議は欠席すると」
軍議の欠席。どうして。先生は王城に到着してからずっと軍議に出続けて、それで。
「……私情を挟んで申し訳ないが、今は弟子を……ただ一人の家族を優先させてほしい」
「了解。今行っといた方がいいね。ご飯食べ終わったら部屋の外にワゴン置いといてよ」
言伝に退室するアスチルベを見送る。暖炉の灯る部屋に先生と二人きり。
「……ごめんなさい」
「何を謝ることがある」
「だって、僕のせいですよね。軍議を欠席なんて」
また、大きなため息一つ。
「……お前は私の何を見ていたんだ」
呆れたような目が僕に向けられる。どうしよう。今度こそ嫌われただろうか。足手まといにしかならないでくの坊だと、とうとう嫌われただろうか。
「私が、風邪をひいたお前を放置したことがただの一度だってあったか? 私が熱を出して寝込むお前を、放置して買い出しに出かけたことがただの一度だってあったか?」
「い、いえ……そんなことはただの一度も」
先生の言う通り、僕が体調を崩した時は必ず先生がそばにいてくれた。症状に合わせた薬を調合して、苦みの出ないようにして飲ませてくれた。
「人の心根と言うのは、一つ肩書きが変わった程度では変わらん。お前が幼い頃から好奇心で無謀なことをやらかすのと同じこと。……私が家族を失うことを恐れていることも、生まれついての性根だ」
「……」
「アスチルベには胃薬の材料を分けてもらえるように言伝を頼んでいる。少しでも食べて、薬を飲んで、休んで、早くお前の笑顔を見せておくれ」
またごめんなさいと言いかけて、二つの眼に制される。
「ありがとう……ございます……」
朝食を食べ終えても、用意してもらったパン粥を一口しか食べられない朝食を終えても、先生は部屋に留まってくれた。客間を訪ねてくる人はアスチルベ以外にいない。上手く言っといたから、と笑う彼は一体どんな話術を使ったと言うのだろう。
「さて、出来たぞ。飲みなさい」
先生が用意してくれた胃薬は蜂蜜を使ってまとめた丸薬だった。丸薬なら薬そのものの味がわからないうちに飲み下してしまえる。これで気分の悪さも少しは楽になるだろう。




