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呪歌使い戦記第二十八話

 翌日、体調の優れない僕は一日客間の暖炉の番をしていた。夜中部屋に戻ってきた先生が言うことには、環境の変化と精神的負荷による吐き気だとか。今日の剣術稽古は先生とアスチルベの二人から禁止されてしまった。そんな僕に出来るのは、暖炉の火の番くらい。昼間でも薄暗い石造りの室内、赤々と揺れる火の前で毛布にくるまっていた時だった。客間の分厚い木製扉を上品に、しかし規則正しく叩く音四回。誰だろう。この部屋を訪ねてくるのは小間使いのアスチルベくらい。だけど彼のノックは三回だし、もう少し荒っぽいと言うか雑と言うか。


「はい、どうぞ」


 入室の許可を出せば、見知った初対面の顔が部屋に入ってきた。


「お初にお目にかかります、魔法使いの弟子殿」


 龍の国と戦うために東の国境付近へと出立する時に何度も見た顔、獅子の国の軍を束ねる将軍だ。あいにく名前は存じ上げていないため、常に着込んでいる銀の鎧から「銀の将軍」と呼んでいる。


「こ、これはお初にお目にかかります。銀の将軍殿、噂はかねがね耳にしております。僕はルイス・キャンウィールの弟子、プイス・キャンウィールと申します」


 慌てて肩から掛けていた毛布を取ろうとすれば、将軍の甲冑に包まれた手がそれを制する。


「今は体がお辛い状態だと聞いている、楽にしてくださってかまいませぬぞ。して、弟子殿の名はプイス……とな?」

「は、はい。先生の……ルイスの師であるプイス・キャンウィールよりその名を賜りました。そ、それで、僕に何の御用でしょうか……」

「ああ、なるほど。かの賢者、プイス・キャンウィール……プイス殿の大師匠にあたられるプイス殿には父共々大変世話になりましてな。その孫弟子なれば、とご挨拶に参った次第でございます」


 銀の将軍の家は古くから獅子の国の王家と深い関係があると聞く。そんな人が、一介の魔法使いの弟子である僕にわざわざ挨拶なんて。一体全体、何の用があるというのだろう。


「まずは、この国を守るべく自らこの出軍に志願してくださったことに、感謝の念を伝えに。聞くところによれば、貴方様はまだ十六だと」

「い、いえ。僕はまだ修行中の、未熟者です。そんな僕では大した力にはなれませんでしょうが……」

「何をおっしゃる。年若い貴方様が、この国のためと立ち上がってくださったこと。それは男児に生まれたものとして最高の誉れにございます。兵を率いて戦に向かうものの一人として、まずは御礼申し上げたい」


 胃が重い。またじわりじわりと気分が悪くなってきた。


「聞けば、貴方様は獅子の国北西の港町の生まれだとか。もしや実のお父上は漁師であったのではないでしょうか」

「は、はい。僕が母の腹の中にいる時に亡くなったとは聞いておりますが、父は腕の良い漁師であったと」

「私の母があの港町を領地の一部とする家の出でしてな。プイス殿がその港町の生まれだと聞いて何やらの縁を感じたと言いましょうか」


 実直な人、銀の将軍に抱いた印象を言葉にするならばこうだろう。実直で礼儀正しく、高潔で誠実な人。だからこそ苦しくなる。いい人であると言われるような銀の将軍にここまで気にかけてもらうのが、心苦しくなる。


「港町の生まれとは言いますがあの町に住んでいたのは六歳までですし、何より僕は生まれてすぐに母も亡くしておりまして……。今あの町に特別な思い入れがあるかと言われると……」

「あの港町は私のルーツの一部であります。国の片隅にある小さな町ではありますが、そんな町から英雄が生まれるのです。これを祝わずして何を祝いましょう」


 僕が英雄? 何を言っているのだろう、このお方は。僕は英雄なんかじゃない。僕は罪人、竜の国の呪歌使いを手にかけた大罪人だ。先生すら手にかけたことのある大罪人だ。まだ斬首されていないだけの大罪人なんだ。


「……将軍。一つだけお訊ねしてよろしいでしょうか」

「この私にわかることであれば」

「……先生は、我が師ルイスは、僕のことを何と言っているのでしょう」

「自分にはもったいないほどに良く出来た弟子だと。若さ故に無茶をする時もありながら、それでもその姿に勇気づけられているとおっしゃっておられます。私から見てお互い良き人に恵まれたよう、羨ましい限り」

「……そう……ですか……」


 部屋の外で控えていたであろう女官が将軍を呼ぶ。将軍もお忙しい人、大人達の話の中心にいるお人なのだから忙しいのは当たり前だ。


「それでは、私はこれで。何かありましたら兵士に言伝くだされ。何なりとお力になりましょうぞ」

「ありがとうございます……」


 大人達の話に戻っていく将軍を見送る。銀の甲冑が照り返す火の明るさが失われて、客間は再び薄暗さを取り戻した。


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