呪歌使い戦記第二十五話
その日、先生が僕の前に姿を見せることはなかった。夕食を運んできてくれた小間使いの言うことには、国王や大臣、兵士達の長まで一つの大部屋に籠り切りらしい。そんな中で先生は一人。ちゃんと食事は食べているのだろうか、少しでも体を休められているだろうか。無意識に握りしめた胸元の蛍石はただ静かに僕の右手を冷やした。
王城に招かれた客人が客間に帰ってきたのは、王城に着いて二度目の夜が半分過ぎた頃だった。城の中庭で訓練に励む兵士達に交じって剣術の稽古をつけてもらった疲れで眠っていた僕は、隣に誰かが潜り込もうとする気配で目を覚ました。
「せんせい……?」
目を開ければ、暖炉に灯ったままの火が、先生の顔に濃い影を作っているのが見えた。
「すまない、起こしてしまったか」
「おかえりなさい……。お話、終わりました……?」
「いや、まだまだ終わりそうにないな……。疲れたから一度解散しただけの話だ」
客間のベッドは広い。赤レンガの家に置いていた二つを並べて置いても、今寝ているベッドの大きさには届かない。そんな大きなベッド一つに二人で潜り込む。一日と半日顔を合せなかっただけでもともと細かった体がさらに薄くなった気がする。大人の話し合いとはそれほどまでに体力を使うのだろうか。この調子では食事も喉を通っていないのではないだろうか。冷え切った先生の体を温めようと、布団を被ったまま抱きしめる。
「寒かったでしょう。体が冷え切っています」
「お前が暖かいだけだ。……今日は中庭の兵士達に稽古をつけてもらっていたらしいな」
「体を動かしていないとどうにも落ち着かなくて……」
「最初の頃のお前もそうだった。覚えているだろうか、私について来たのはいいが戦場にこのまま立つのは不安だからと自ら兵士達に交ざりに行っただろう。……いや、お前の記憶にはない頃の話だ。今のお前に聞かせても、だったな」
先生の声がとろけ出す。意識がだんだん眠りに落ちていく時の声。このまま寝かしつけよう。いつかの時に僕がしてもらったように、抱きしめあった耳元で子守唄を歌う。おそらくは誰もが歌う子守唄。孤児院時代の僕を寝かしつけるシスターも、ぐずって泣く赤ん坊を寝かしつける宿場街の若い母親も、獅子の国の誰もが一度は口にしたであろう子守唄。先生はこの先もずっと精神をすり減らし続ける。せめてこの部屋で休む時くらいは心穏やかに、その一助となれば。その一心で子守唄を聞かせた。




