呪歌使い戦記第二十四話
出迎えてくれた警護の兵士達から小間使い達に引き継がれ、僕は王城の客間の一室に通された。先生は僕に荷物を預けて、他の部屋へと案内されていった。大人の話をしに行ったのだ。今はこの広い客間に独りきり。
石造りの城の冬はよく冷える。暖炉に火を入れていてもあの家の居間より広い客間ではなかなか温まらない。ここで一晩過ごしただけで風邪をひいてしまいそう。僕の部屋の担当になった小間使いに薪を持ってきてくれるように頼んだ時だった。
「……あんた、魔法使いでしょ」
彼の目は長い前髪に隠されていて表情が読み取れない。
「はい。確かに僕は魔法使いです」
「あんたが、王様の秘密兵器ってわけか」
彼は僕の顔を覗き込むように、目の隠れた顔を近づけてくる。僕より頭一つ分小さな彼、下から僕の顔を覗き込むようにしてじりじりと僕に近づいてくる。経験したことのない距離の詰め方に思わず後退る。
「ぼ、僕達は兵器なんかじゃ」
「昔は王都に魔法使いがいて、その魔法使いが城に出入りしてたって言うじゃん。その魔法使いの弟子があんたの師匠でしょ?」
僕の先生を弟子にしていた人。プイス先生のことだ。
「はい、その通りです。あの、貴方は……? 僕達魔法使いについてずいぶん詳しいようですが……」
「俺はアスチルベ、見ての通りこの城で小間使いをやってる。詳しいって言ったって、ふんぞり返ったやんごとなきおっさんどもが噂してたのを聞いただけだけど」
「そ、そうですか……」
「で、あんたの名前は? いくつ? 俺とそう変わんないよね」
「ぷ、プイスと言います。この間、十六になったばかりです……」
「十六で戦場に志願したの? うっわ、勇気あるねぇ」
この言い方からして、アスチルベと名乗った小間使いは僕より年上なのだろう。おそらく一つか二つほどと考えられる。軽薄な口調、なのに妙な威圧感がある。彼と対峙しているだけで神経がすり減りそうだ。その証拠に、後退りする足は壁際まで追い詰められてしまった。
「十六のガキンチョ戦場に立たせて、あんたの師匠は何を考えてんだろうね」
「先生をそんな風に言わないでください!」
目の前の体を突き飛ばす。年上の、僕より小さいアスチルベの体は軽々と払いのけられた。
「ごめんごめん、軽口が過ぎたね。薪が欲しいんだっけ、今持ってくるよ」
相変わらず重い前髪が目元を隠していて、何を考えているのだか判断が出来ない。こんな人は初めてだ。
先生は秘密を抱えがちではあるが、表情が変わりやすくて今何を求めているかがわかりやすい。カーティスさんはどんな時でも笑顔だし、それは崩れないと思っていた。先日の先生を激怒させた一件で焦っているのを見てしまったわけだが。ハーゼルはわかりやすい人間の最たる例。よく笑ってよく泣いて、その表情は食堂の常連の酒の肴にされているくらい。宿場街の職人達は寡黙で表情の変わらない人が多い、いわゆる職人気質というやつなのだろう。しかし表情が変わらなくてもその下にある感情はわかりやすい。このアスチルベという小間使いは僕が出会ってきたどんな人物よりも底が知れない。感情がわからない。目元を隠して表情が見えないと言うのは大きい。恐怖すら覚えるくらいだ。しかしそれ以上に恐ろしいのは彼の声。楽し気に笑うテノールは明るく聞こえる。だが、その明るいテノールには底が無い。覗き込んでしまえば永遠に真っ逆さま、そんな印象が脳裏に滲む声だった。
「はい、お待たせ。薪だけじゃ多分足りないから毛布も持ってきたよ。これで寒さは大丈夫だとは思うけど……」
「あ、ありがとうございます……」
「この城もかなり古いから、隙間風とか普通に入ってくるんだよねぇ。薪なくなったりとか温かい飲み物が欲しくなったりしたら俺を呼んで。さっきも言ったけどこの客間は俺が用聞きだから」
「すみません、何から何まで」
「いいのいいの。それじゃ、次は夕飯の頃だね。この部屋に持ってくるから楽しみにしといてよ」
そう言って小間使いの彼は部屋を出て行った。
客間のベッドに身を投げる。何だかどっと疲れが出た。三日歩き続けた疲れもあるのだろうが、それ以上に精神的疲弊が大きいように思う。……先生は疲れていないだろうか。僕が肉体的に疲れているのだ、先生だって例外ではないだろう。いつこの部屋に帰ってくるのか、それは僕にはわからない。いつ終わるとも知れない大人達の話が終われば帰ってくるだろう。……大人達の話は長い。孤児院の神父様や年かさのシスター達が大人の話をしている時、子供の僕達や若いシスターは部屋の外だった。僕ももう十六、しかしまだ大人達の話には入れない。先生は今、どんな話の中にいるのだろう。僕が成人の十八を過ぎていたら話の中に入れていたのかな。




