呪歌使い戦記第二十一話
それ以来。僕は空を飛ぶことをやめた。青い空を、雲に覆われた白い空を、黒い空を見上げるたびに、あの食堂で見た涙が呼び覚まされるから。目線も自然と下を向くことが増えた。空を見上げなくなって、冬色の草原を眺めることが増えて。思い出すのは赤く染まった戦場の草はら、先生の血が、命が流れ落ちたあの戦場の草はら。
僕は、僕も何度だってあの戦場に立った。何度だって、先生の命の行き着く先を見てきた。なのに。今の僕は戦場に立つことを恐れている。何を今更、恐れることがあろうか。何度も、何度でも、何度だって。もう一回、もう一回と先生を救うべくあの戦場に出てきたじゃないか。だというのに、どうして僕の足は竦んでいる?
わからない。答えは出ない。何度、何度自問自答したって出てこない。教会の言う神に縋っても、僕の大師匠であるプイス先生に縋っても、答えはない。わかりきっている。答えは僕の中にしかないのだから。
……プイスの名は、僕には重すぎる。あそこまで怒らせてやっと父親の思いに気付くほど思慮の浅い、己の求める答えを出せる知恵の一つもない僕に、プイスの名をいただくなど、それこそが間違いだったのだ。僕じゃない誰かが、プイスの名をもらっていたとしたら。先生は苦しまなくて済んだだろう。鯨の国の英雄の名も汚さずに済んだ。
いや、そもそも僕が生まれたこと自体が間違いだったのだ。だって僕の母は僕を生んだせいで死んだというのだから。僕が生まれて先生と出会いさえしなければ、そもそも僕が生まれさえしなければ。
違う、違う。先生は、こう言っていた。僕と出会ったからこそ、生きることを決めたと。僕が生まれたことは間違いではなかったのだ。僕が生まれたから、母が死んで。母が死んだから、僕は孤児院で育って。僕が孤児院にいたから、先生は生きることを、僕を弟子にすると決めたのだ。
今の僕に何が出来る。先生のために出来ることは何だ。考えても考えても答えは出ない。今の僕に、先生と共に生きる新しい未来を創る知恵なんてない。戦場の鴉を、竜の国の呪歌使いを生かしてあの戦争を終わらせる知恵なんてない。今の僕には知恵が、時間が足りないのだ。新たな知恵を求めて何回、何十回、何百回と何度も何度も何度も読んできた魔導書達に目を通し直す。今の僕に出来ることを、二度と涙を流さなくて済むように、今の僕に出来る精一杯を。
結局は、振り出しに戻ってしまった。空を飛ぶ手段を得ても、戦場の空を飛び回る大人達に追いつく手段を手に入れても、結局は振り出しに戻った。それでも、今の僕に出来ることがあるはずだ。今の僕にしか出来ないことが絶対にあるはずなんだ!




