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呪歌使い戦記第十八話

 冬至の前の長い夜を越えて、翌朝。


「……あ、パンがない」


 宿場街で数日分まとめ買いをしているパンが無くなってしまった。買い出しに行かなくては今夜食べるパンが無い。少しでも飛行術の練習時間が欲しいのに。……いや、行き帰りを飛んで行けば練習になるのではないだろうか。買い出しのついでに飛行術の訓練、良い手段ではないだろうか。そうと決まれば早速。


「何? 買い出し?」

「はい。パンが朝食の分でちょうどなくなってしまったので、カーティスさんに赤切れの薬を渡すついでに行ってこようかと」

「わかった、気を付けて行ってらっしゃい」


 先生の許可もいただいたことだし、急いで準備して出かけようと自室に戻ってすぐ。


「待て、プイス。やはり私も行こう」


 そう言って先生が僕の部屋にノックもなく入ってきた。


「先生も、ですか? 今日はパンを買うだけのつもりなので僕一人だけでも」

「今のお前を独りにすると何をしでかすかわかったものじゃない。私が目を離した隙に大怪我などされてみろ、私の胃に大穴が開くぞ」

「……大丈夫ですって。ただの買い出しなんですから、そんな大怪我するほどのことでも」

「今の間は何だ。先生怒らないから何を考えていたか言ってみなさい」

「それ、何を言っても怒られるやつですよね?」


 結局今日の買い出しは先生と二人で行くことになった。やりたいこと、いっぱいあったのにな。そう思っていたら、買い出しの行き帰りを飛行術の練習に充てる許可が出た。


「お前の考えていることが見抜けないほど私も馬鹿ではない」


 とは先生の談。僕のことを理解していてくれて嬉しいと喜ぶべきか、信用されていないと嘆くべきか。それはともかく、先生から許可が出たのだ。この絶好の機会、持て余すわけにはいかない。今の僕が飛べる限界高度を保ちながら最寄りの宿場街を目指せば、地上を歩くよりもずっと早く目的地に着いてしまった。歩くと一時間はかかるのに、空を飛べばその半分くらいだろうか。


「……さて、宿場街に来たはいいものの私はこれと言って特に目的がないな」

「じゃあ僕、先にパンだけ買ってきますね。後でカーティスさんの食堂に行きますから、そこで待ち合わせしましょう」


 街の入り口で別行動、馬車の車輪跡残る大通りを急ぎ足。目指すのは手工芸の職人たちがこぞって店を構える、いわゆる職人街。カーティスさんに赤切れの薬を渡しに来たのも、パンを買いに来たのも、飛行術の練習をしたかったのも目的の一つ。先生に言ってない目的がもう一つあるだけで。職人街にある店の一つに入る。今日の目的の一つはすぐに終わった。

 次はパン屋、その次は雑貨屋……。街の人々が求める薬を売りながら買い物をしていたら遅くなってしまった。教会の鐘が九回鳴るだろう頃に家を出て、今十二回鐘が鳴るのを聞いた。先生はもうカーティスさんの食堂にいるだろうか。

 街の中心へと歩を急ぐ。国のはずれにありながら交通の要になる宿場街は今日も大賑わい。買い物に道を急ぐ主婦、荷馬車に木箱を積み込む力自慢、算盤片手に商談する商人たち……。そんな大人たちに紛れるように、子供たちが街路樹の下で集まって騒いでいる。何があったのだろう、気になって近づいてみれば。


「あ! プイス君!」

「ハーゼルじゃないか。こんなところにいるなんて、お使いの途中じゃないのかい?」


 集まる子供たちの中に見知った顔がいた。カーティスさんの食堂に住み込みで働いているハーゼルという女の子。十二回鐘が鳴ったなら今頃店は昼食時で忙しいだろうに。


「早く戻らないとカーティスさんから雷を落とされるよ」


 僕の声が届く前に、彼女は泣き出しそうな目で僕を見つめてくる。


「ねえねえ、プイス君って木登り得意だよね?」

「え、う……うん……。一応、それなりには……」

「あそこ、見て。あの子、さっきすごい速さで通り過ぎてった馬車に驚いちゃったみたいで……」


 ハーゼルが指差す先、一匹の猫が街路樹の枝の高いところにいた。馬車から逃げようとして木に登ったはいいものの、降りられなくなったと見ていいだろう。つまりあの猫を助けてくれと言いたいわけだ。


「今大人たちが梯子を取りに行ってくれてるけど、鴉がすぐ近くにいるのよ。このままだったらあの猫ちゃん、あの鴉に食べられちゃう」


 冬直前の葉を落とした枝の隙間から、確かに鴉の黒い羽根が見える。鴉が猫を襲うのはよくあること。襲われる猫がかわいそうと思う気持ちもわからないでもないが、鴉も生き延びるために猫を襲うのだ。それを人間の勝手な感情で介入してしまっては鴉が生きていけない。僕としてはこのまま天命に任せた方が良いと思うのだが……。


「……仕方ないな。あの猫を助けたらすぐ店に戻ることが条件だよ」

「ありがとう!」


 荷物と上着をハーゼルに預けて、頼りない幹をよじ登る。少し登れば枝をつかめるようになって、今度は枝を足掛かりに高度を上げていく。幹が頼りなければ枝も頼りない。体重をかければ幹ごと大きく揺れる枝が折れてしまうのではないかと気持ちを焦らせる。その証拠に目線の先でうずくまる猫が微動だにしない。あと少し。あと枝一本分登ればこの手が届く。その瞬間。


「あっ!」


 猫は僕の方を怖いと思ったのだろう。脱兎もかくやの勢いで樹を駆け下りて宿場街の路地裏に姿を隠してしまった。それを見届けた鴉も、つまらなさそうに止まり木の枝を変える。

 ……さて、どうしよう。今度は僕が下りられなくなってしまった。登る木の幹は細い、枝も登るにつれて細くなっていく。今いる枝も体重をかけ続けるには一抹の不安がよぎるほどに頼りない。前に進めば細い枝は折れてしまいそう、後ろに戻るにも体重移動が難しい。


「プイス君大丈夫?」

「うーん、大丈夫……とは言えないかな。僕が登るのにこの木は細すぎたみたい」

「い、今大人の人呼んでくるね!」


 もういっそのこと飛び降りた方が早いのだろうことはわかる。先程の猫のように勢いをつけて飛び降りるか。いやそれでは先生に怒られてしまうだろう。飛行術を使えば、とも思ったが今ここから飛べば細い枝が体に引っかかって傷になってしまう。どうしたものか。先程の鴉はどうしただろう。上を向いてみればちょうど飛び立とうとその黒い翼を広げた姿が見えた。翼を広げて、飛び立ったと思えば、羽ばたきもそこそこに地面へと落ちていく。危ない。声が出る前に鴉は再び羽ばたいた。滑空した後、羽ばたいて落下の衝撃を和らげて着地。鳥達にとって当たり前の行動。もしや。もしかすると。


「プイス!」


 先生の声が聞こえる。それに背中を押されて、一歩を空中へと踏み出した。

 ハーゼルの悲鳴が聞こえる。浮遊感が全身を包んで髪を揺らす。

 想像してみる。僕の背中には羽がある。孤児院や宿場街の教会にあった絵に描かれる天使が持つという白い翼、今地上へと降り立った鴉が持つあの黒い翼。あれが今僕の背中にある。落ちる……滑空する中であの翼を広げて、風を捕まえるのだ。ふいに、ぐんと体が持ち上がった気がした。その直後、着地。地に着いた足は想定よりも軽い衝撃で乾いた土を踏みしめる。


「……出来た」

「何が出来ただこの大馬鹿者!」


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