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呪歌使い戦記第十六話

「……はたして、どう説明したものか……。私も具体的な説明を受けていないのでな……」


 遅い朝食と日常の仕事を済ませ、晩秋のだだっ広い草原に出た僕達。あの戦場で生き残る為の手がかりを得るために、あの戦場で先生を救う方法を得るために。


「……思案していても仕方ない、こういうのは実践あるのみだ。ただし、これだけは肝に銘じておいてくれ。空を飛ぶということは落下し、命を落とす可能性すらある行為だと。私の許可無く高度を上げないように」

「はい!」


 冷たいながらに穏やかな風が先生の癖っ毛を、ローブを揺らす。その風に意識を向けようとしているのか、先生はその目を閉じた。


「私達呪歌使い……いや、魔法使いの持つ魔力というものは実はそこら中に漂っている。普通の人には知覚出来ない状態で漂っている。漂う魔力は風となり、世界中を駆け巡る。その世界を駆け巡る風に乗る、と言えばわかるだろうか」


 風の強さは変わらないのに、癖づいた黒髪は大きく揺れる。ローブのはためきが音を立て始めた。


「つむじ風が木の葉を巻き込むように、いたずら風が机上の本のページをめくるように。魔力の風に抗ってはいけない。私達もひとひらの木の葉になり、あの空高くに連れて行ってもらう。そう想像をすれば……」


 言いきらないうちに先生の体がふわりと持ち上がる。持ち上がった体はすうっと高度を上げて、秋晴れの空へと飛び立って行った。

 これが、これが出来たらきっと。空を、空を飛ぶことが出来たらきっと。いや、絶対に何かが変わるのだ。僕があの戦場に立つまで二ヶ月、二ヶ月でものに出来るだろうか。いや、やるしかない。がむしゃらにやるしか、道はないのだ。

 想像してみる。僕は一枚の木の葉。世界中を駆け巡るという魔力の風に舞い上げられて、あの空へ。風が体にまとわりついてくる。まとわりついた風が僕の腕を、腰を、脚を掴んでゆっくりと持ち上げる。軸足にかかる重みはすっかり軽くなった。お願い、僕をあの空へ連れて行って。そう願った瞬間、僕の目線は赤レンガの家の屋根を越えた。


「すごいじゃないか! 初めてでそこまで高度を出せるとは!」


 先生の驚いた声は喜色に満ちている。これでは足りない、足りるわけがない。戦場での先生と竜の国の呪歌使いはもっともっと高いところを飛んでいた。あの二人の高さに追いつかなければ意味が無い。

 もっと、もっと高く。意識はもっと高いところへ。赤レンガの家を飛び越して、晩秋の草原がどんどん離れていく。その代わりに、見える世界が広がっていく。獅子の国の西の端から隣の竜の国までを結ぶ街道が見える。西の方にはいつも買い出しに行くあの宿場街が小さく見えている。もう少し高度を上げたら、次は何が見えるだろう。


「プイス! それ以上は危険だ! 戻ってきなさい!」


 先生の声に一瞬身が強ばる。その瞬間、僕は一つの石ころに戻ってしまった。ぐらりと視界が揺れて、下から強風が吹き付ける。いや、風が吹き付けているのではない。僕が落ちているのだ!

 赤レンガの家の屋根の上に登ったことは何度だってある。しかし屋根から落ちたことはただの一度もない。家の屋根よりも高いところから落ちるなんて。まさか、戦場に立つ前にこんなところで。やはり痛いのだろうか。想定される衝撃が恐ろしくなって目を強く瞑った。


「この大馬鹿者! 許可なく高度を上げるなと言っただろう!」


 想定していた痛みは無かった。想定していた衝撃に襲われることはなかった。代わりに想定以上の叱責が僕を待っていた。


「私の肝を潰すつもりか? もしそうだったならお前は大したやつだ、肝が冷えすぎて凍りつくかと思ったぞ」


 体勢を崩して落ちた僕を受け止めてくれたのだ。僕よりも細い体で、空から落っこちる僕を受け止めてくれたのだ。


「頼むからこんなところで死んでくれるな。空を飛ぶ練習をしていて墜落死なぞ夢見も寝覚めも悪すぎる」

「す、すみません……」


 地に足を着け、へたりこむ。自分の体は、こんなに重かっただろうか。草はらに着いた膝はこんなに沈み込むものだっただろうか。


「だからこそ、練習を重ねる。呪歌だってそうだ、お前も防護壁の呪歌を何度も練習しただろう。少しずつ、だが着実に。焦らずとも、戦場へ発つまではまだ二ヶ月も猶予があるのだから」

「で、ですが……」

「あの戦場に立つ前に死んでしまっては元も子もない。空を飛ぶことが全てを終わらせる鍵とも限らない、今回であの悪夢が終わるとも限らない。……今は急がずとも良いのではないか。今回は飛ぶ感覚を掴むだけで良いのではないか」

「それではだめなんです!」


 そんなの嫌だ。やっと、やっと手がかりになりそうなものを見つけたのに。


「僕は、嫌です。空を飛べるようになれば何かが変わるかもしれない。何かを変えられるかもしれない。そんな可能性を捨ててもう一度は絶対に嫌です。先生が殺されるところなんてもう二度と見たくない!」


 繰り返しが決まる場面なんてもう数え切れないほど目にしてきた。何度目にしたって慣れない、慣れたくない。だからこそ毎回必死に勉強して、必死にあの戦場を走って。傍から見たら滑稽に見えるくらい必死になっていたのに。そんな中で今回は感覚を掴むだけ? それじゃあ今までの僕は何だったのか。僕は諦めるために必死になってきたわけじゃない。絶対にこの回で終わらせる、その一心でやってきたのに。


「僕は、諦めたくないんです。何度も何度も繰り返して、それでも、結局諦めることは出来なかった。どうせ失敗する、またあの戦場を繰り返すんだ、そうわかっていても出来なかった。だってそれは……!」


 頭上高く、地べたに座り込んだ僕の顔を見下ろす顔は逆光による影が落ちていて表情が読み取れない。


「先生と共にあの戦場を生き延びること、それそのものを諦めることになってしまうから」


 そんな中でやっと、やっと掴めた手がかり。それを次に託すなんて。


「そんなの、絶対にしたくない。やるなら全力でやって、それでもだめだったならそれまで。そうなった時に初めて僕は大人しく今回を諦めます。今回はまだ終わってない。まだ戦場に立ってすらもいない。僕は絶対に諦めない。何度未来を変えられずに何度繰り返すことになっても、何度でも、何度だって僕は挑戦する」

「……ならば」


 先生の顔が僕の元へ降りてくる。余計な肉のない筋張った冷たい手が僕の頬に触れて、とろけるような蜂蜜色の瞳と視線がかち合う。


「ならば、ならばこそ、余計に慎重になるべきだ。急いては事を仕損じる、付け焼き刃のナイフでは薬作りの役にも立たん。……お前の気持ちはわかった。痛いほど、この胸が痛くなるほどによくわかった。だからこそ私はお前の師として言わねばならん。お前の願いを叶えるために、お前は慎重に動かねばならん。今のお前では焦って、急いて、事を仕損じてしまうだろう。それこそ、お前が付け焼き刃の飛行術で落下死する姿を私は見たくない」

「だ、だったら……!」

「戦場へ、王都へ向けて発つまでに、徹底的に稽古を重ねる。上手く飛べぬなら上手く飛べるように何度でも飛べばいい。私達はそれ以上の事を何度もやってきたんだ。あの長い地獄を思えば、このくらい屁でもない。だが、これだけは約束してもらうぞ。上達の遅さに焦って無理をしない、出来るな?」

「はい!」


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