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呪歌使い戦記第十二話

 ……僕は、どうすればいい。先生とあの戦場を生き延びる未来を得るために、あとは何を出来るようになればいい。数えることも諦めた繰り返しの中で、防護壁の呪歌はもはや完璧と言えるまでに仕上がった。他の呪歌だって、自分の身を守るためのものも、人を傷付けるためのものも、今の僕なら完璧に扱える。なのにだめだった。竜の国の呪歌使いには到底敵わなかった。あの呪歌使いは魔法だけじゃない、武器を使った戦闘も得意とする、魔力量も、扱える呪歌の数も、腕力の強さも圧倒的だ。一度あの銀のナイフで接近戦を試みたが、あっさりと腕を捻り上げられて敗北した。あの呪歌使いに、あの化け物じみた力を持つ竜の国の呪歌使いに、どう打ち勝てと言うのだろう。

 考え事をしながら歩く僕の思考は途切れ途切れ。宿場街の人達が薬を求めて声をかけてくるから。救いを求める市井の人に手を差し伸べるのも、魔法という知恵を持つ者の義務と先生は説く。風邪をひく人の増える晩秋、僕の作る薬は飛ぶように売れた。

 ……やはり。呪歌を、先生から、先人たちから伝わった呪歌を人殺しには使えない。……竜の国の呪歌使いを討ち滅ぼすのに何度も使ってきたくせに、今更。今更だからこそ、強く思う。かと言って、武器を使った戦闘技術ではこちらが圧倒的不利。僕は、どうすればいい。知恵の意味を持つプイスという名を賜った癖に、良い知恵は全く出てこない。

 考え事をしながら薬を売って、薬を売りながらお使いを済ませて。気が付けばあの赤レンガの家に帰る時間、いつもよりちょっとだけ遅い時間。早く帰らなくては。獅子の国の王からの使いが帰ってしまう前に帰らなくては。

 やがて来たる冬に備えて衣替えを進める晩秋の草原を早足に、帰路を進む。沈みゆく太陽に背を向けて、道無き道を急いで。今までは気付かなかったが馬の足跡が二頭分、僕達の家に向かっている。馬の蹄が残した跡を見れば、ここを通ってだいぶ経つようだ。蹄鉄によって掘り返された土が乾いている。急がなくては、あの場面に間に合わない。走るように帰路を急いだ。

 家に帰り着く頃には、息がすっかり上がってしまっていた。胸を大きく上下させながら家の前に繋がれた馬達の脇を通り過ぎて、分厚い木製ドアを開けた。


「何度言えばわかる! 私は反対だと、何故わからぬ!」


 家に入って、居間に向かう途中でそう聞こえるはずだった。居間に歩を進める途中で、先生の怒鳴り声が聞こえてくるはずだった。なのに、今回は家の中が静まり返っている。どうして。表に兵士達の馬が繋がれていたことから来客があるのはわかっている。いつもと違う、一体何があったと言うのか。

 居間への足を急げば、先生は全てを諦めた顔でぽつりと呟いていた。


「……わかった。貴殿らの、獅子王陛下の思惑は十分にわかった。この私に、あの偉大なる呪歌使いの弟子である私に、人を殺して死ねと言うのだな?」

「……先生……?」


 いつもと違う。初めて見た。先生が、今にも泣きそうな顔をして獅子の国の兵士の前にいるなんて。


「貴殿らの主に伝えてくれ。このルイス・キャンウィール、陛下の手駒として死ぬ覚悟は出来ていると」


 先生が、死ぬ覚悟をしている。今までずっと、この戦争に強く反対してきたのに。どうして、今になって。


「先生!」

「……プイス、帰っていたのか」

「……戦争に加担、するのですか」

「お前の知ったことでは無い。子供が気にすることでも、口に出すものでもない。……これで話は終わった。帰ってくれないか、夕餉の支度もあるのでな」


 先生がそう冷たく言い放つと、獅子王の使い達は軽く会釈をして帰っていった。


「……プイス、一つ聞きたいことがある」

「な、何でしょう」


 かまどに火が燃える台所、大きな鍋で夕餉の豆を煮る表情は見えない。長く鋭い氷柱で出来た、冷たい刃を喉元に突きつけられている気分。それくらい、先生の声は冷たかった。優しいテノールがバリトンになるまでに冷めきっていた。


「お前、これが何回目か、わかっているのか?」


 何回目。まさか、先生は僕が何度もあの戦場を繰り返していることに気付いている? そんなはずは、だって今までそんな素振りはなかった。あの宿場街の人達だって、カーティスさんだって気付いてなかった。気付いているのは僕だけのはずなのだ。なのに、何で。


「……そうか、お前にはわからんか」

 からん。先生の手から木製のおたまが落ちる。

「……私は、あと何度絶望の夜明けを見ればいい。私はあと何度、絶望の中目覚めればいい」

「……先生?」


 僕にずっと背を向けていた先生が、やっとこちらに顔を向ける。その顔は、今にも泣き出しそうなほど大きく歪んでいた。


「私は、あと何度お前の前で死ねばいい。私はあと何度、あの戦場に散ればいい。教えてくれ、プイス。お前の望みは何だ。あの悪魔の禁忌に触れてでも叶えたい願いとは何だ」


 悪魔の禁忌。おそらく、あの願いを叶える呪歌のこと。言ってしまって、いいのだろうか。先生と共に生きる未来を、そう願ったことを言ってしまっていいのだろうか。


「……お前も、私の死ぬ結末を変えようとしたのか。それで、数もわからなくなるくらい繰り返して。……残念だったな、お前より私の方が先に限界を迎えてしまったよ」


 先生は、気付いていた。僕があの願いを叶える呪歌を使ったことに、僕があの結末を変えようと何度もあの戦場を繰り返したことに。いやそれよりも今、僕に向かって『お前も』と言わなかったか。


「まさか」

「ああ、そうだ。気付いたか。さすがは私の弟子、さすがはプイスの名を与えた私の弟子と言ったところか。だが、あの人には遠く及ばんな。私が、お前の師たる私が、お前と同じく『願いを叶える呪歌』を使って未来を変えようとしたことに、やっと気付くとは」


 疲れきった様子で椅子に座り込んで、頭を抱えた先生。先生も、あの願いを叶える呪歌を使った? 使ったのなら、一体何を願ったのか。僕と同じく、まさか。


「先生、教えてください」

「何だ」

「僕が変えたかった結末は、あの戦場で先生が死ぬ未来です。その前に先生が願いを叶える呪歌を使ったと言うのは……。もしや、あの戦場で最初に死んだのは僕……だったということですか?」

「今の一瞬でそこまで辿り着いたか。お前はなかなかどうして、頭の回転が速い。ああそうだ。あの戦場でいの一番に死んだのはお前だ、プイス」


 あの戦場で最初に死んだのは僕。なのにその当の本人である僕はあの戦場を生き延びて、願いを叶える呪歌を使った。二人であの戦場を生き延びる未来を願って。先生の言うことが事実なら、誰かが僕より先にあの願いを叶える呪歌を使って、僕があの戦場を生き延びる未来を叶えたことになる。それを、誰が。考えたって一人しか出てこない。一人しか、いない。先生が、僕の生きる未来を願って、あの呪歌を。

 理解した。全て理解した。理解してしまった。全て理解してしまった。

 先生が僕の生きる未来を作って、代わりに先生が死んだ。その回で生き残った僕が、先生の生きる未来を望んだ。僕に繰り返し死んだと言う記憶は無い。だけど、僕より先に呪歌を使っていた先生は。……全てを見ていたのだ。全てを知っていたのだ。僕があの願いを叶える呪歌を使って、あの戦場を繰り返していることを。自身が永遠にも思える繰り返しを経験した後で、僕が繰り返す日々を見ていたのだ。


「……何故、そのままにしておかなかった。私の願いはあの時、ようやっと、ようやっと叶ったのだ。お前と出会って十二年、お前を弟子にして十年、されど重ねた月日はもはや数えることかなわぬ。お前も知っているだろう、叶わぬ願いが目の前で繰り返される苦しみを。その苦しみからやっと解放されると思ったら……このざまよ」


 先生の目から、一筋の雫が流れ落ちる。初めて見た。僕のせいだ、僕が忠告を無視してあの呪歌を使ってしまったから。


「……私は部屋に戻る」

「え、でも。夕餉はどうなさるんですか」

「……この状態で、食欲があるように見えるか?」

「す、すみません……」

「お前は食べなさい。食べて、あの戦場を生き延びなさい」

「……」


 僕だけ生き延びたところで、この繰り返しは終わらない。この地獄は終わらない。強すぎる絶望と共に部屋へと戻っていく先生を見送るしか出来なかった。

 違う、違う。僕だけが生き残っても、先生がいなくちゃ。先生と一緒にあの戦場を生き延びなくちゃ意味が無い!


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