休憩の時
馬車に戻るとまだ御者や護衛は起きていなかった。俺は地面に降りると静かに馬車の客車の中に入る。
他の呪い子は無事だったことを確認し俺は最初に座っていた場所に戻る。
御者が目覚めるまでは馬車も動かない。だから今は暇なのだが、話せそうな人もいない。いや、1人いたな。今俺の目の前で俯いている少女だ。
俺は立ち上がり、少女の隣に座っていた子供をどかし俺がそこに座る。
「なあ…君、起きているのか?」
少女の肩に手を置いて軽く揺らしながら声をかける。少女は顔を上げこちら見ると口を開いた。
「お、起きて、います…」
驚くほど声が小さかったが、なんとか聞き取ることができた。少女はジッとこちらを見つめている。
「君の名前はなんて言うんだ?」
極力優しく話しかける。少女は少し戸惑った様に視線を宙に泳がせている。少女は十分に考えた後でこう言った。
「分からない…」
相変わらず声は小さいがそれでもさっきよりは大きくなっていた。
それよりも分からないとはどういうことだろう?見た感じは俺と同い年なので自分の名前ぐらいは分かっていると思うんだが。
質問を変えてもう少し探るか。
「じゃあ、歳はいくつ?」
やはり少女は自分の中の記憶を探る様に虚空を見つめて考える。
「それも、分からない…」
「そっか。何も分からない、いや覚えていないって言ったほうがマシか」
お手上げだ。そう思い、馬車の幌を眺めていると今度は少女の方から話しかけてきた。
「あの…あなたの名前、は、なんですか?」
辿々しく訪ねてくる。この少女は人と話したことが然程ないのだろう。
「俺の名前はアクシスだ」
「アク、シス…アクシス。アクシス!」
最初は小声だったが何度も俺の名前を呼ぶうちに声が大きくなってっいた。最後は満面の笑みで俺の名前を呼んだ。
「そんなに何度も呼ばなくて良いぞ」
「そう、なの…?ごめんなさい」
「いや、別に謝らなくても良いけど」
シュンとしていたが俺の一言でパーッと顔が明るくなった。少女は俺の服の袖を引っ張られる。
「アクシス、私も名前、欲しい」
俺の目を真っ直ぐ見てくる。少女の穢れのない純粋な瞳が俺に訴えかけてくる。
話をした限りじゃこの子は名前どころか記憶すら無いのだろう。もしかしたらこの首輪が何か関係してるのかも知れないな。
「ダメ?」
首を傾げて聞いてくる。
俺が黙っているのを見てダメかもしれないと思ったのかもな。もちろん、駄目なわけじゃない。だが、良い名前を付けてあげたい。
「駄目なわけじゃない。だが少し、考えさせてくれないか?君が気にいる様な名前が出てこないんだ」
「アクシスが付ける名前ならなんでも良い…」
そう言ってくれる辺りこの少女は優しいのだろう。
ジッと少女を見つめる。俺と同じ白髪に紺碧の瞳。髪に関してはロングヘアのストレートで例えるなら絹の様な美しさだ。
絹、そうか絹の英語はシルク、だったよな。シルクにしよう。俺はしばらく悩んで出てきた名前を早速少女に伝える。
「シルクなんてのはどうだ?」
「シルク…うん。シルクが良い」
自分の名前を何回か口にすると気に入った様子で俺に優しい笑顔を向けてくる。
何故だろう、癒される。こんな気持ちになるのは前世でも無かったな。
「そうか、気に入ってくれたか。よかった」
頭を軽く撫でながら言うと心地良さそうに目を細めて顔を綻ばせる。
充分に撫でた後、手を離そうとすると寂しいそうに目に涙を溜めて俺を見つめてくる。
「どうした?」
「その、もう少しだけ…撫でて……欲しい、なって…」
顔を熟れたリンゴの様に真っ赤にし途切れ途切れで俺に訴えかけてくる。
「仕方ない。もう少しだけだ」
俺は再びシルクの頭を優しく撫でる。
それにしても御者達、起きるの遅いな。確認してみるか。
魔力で外を確認するとまだ寝ている。不思議だな?魔力核が存在しているからまだ生きているはず。それに胸も上下しているから呼吸も安定している。
「どうしたの?」
上の空だった俺を気にかけてシルクが声をかけてくる。
「ん?いや、御者の人達全然起きないなって思ってな。俺がここに戻ってくる前に治療してるからそろそろ起きると思うんだけど」
「じゃあ、見に行く?」
「そうだな」
首を傾げて聞いてくるシルクに頷いて返す。俺は先に立ち上がるとシルクに手を差し伸べる。一瞬目を丸くしたがすぐにその手を受け取るとシルクを引っ張り上げて立たせる。
「じゃあ行くか」
俺はシルクの手を握りそのまま馬車から出る。シルクはずっと顔を真っ赤にしたままだ。
大丈夫か、これ?さっきまではこんなに赤く無かった様な気がするけど。ま、いっか。
俺は近くに仰向けに倒れている護衛に近づく。魔力核の確認、体の異常も特にない。
ひとまず、問題は無さそうなので脇腹に蹴りを入れる。バキッと鈍い音がしたが気にせずにいるとゆっくりと目を覚ました。
「ゔぅ、俺は……しまった!敵は!」
急いで起き上がり剣を構えようとするがさっき俺が蹴ったところが痛いのか立てずに脇腹を抑えている。
ひとまず起きたのでこいつはほっとこう。
他の護衛もシルクが顔をペチペチと叩いたりして起こしている。
「そろそろ戻ろう」
シルクに伝えると彼女はトコトコと近寄ってくる。俺が歩き出すとヒヨコの様に俺の後ろをぴったりついてくる。客車の中に戻り、定位置に座る。
少しすると御者が顔を出した。
「皆さん大丈夫そうですね。よかったです、何もなくて」
何もなかった訳じゃないが、ここは頷いておく。
「被害が大きかったので近くの街で待機して追加の護衛を王に頼んでみます。少し時間がかかるかもしれません」
「わかりました」
話せるのが俺しかいないと思っている御者は俺に言うと前に走っていく。御者は紙に何かを書きそれを生き残った護衛の1人に渡す。その護衛が荷馬車の馬の一頭に乗り王宮に戻って行った。護衛が行ったことを確認すると御者は人数の減った護衛引き連れて馬車を動かし近くの街に向かう。
ちなみにシルクは御者が顔を出してからずっと下を向き顔を隠している。知らない人とは顔すら合わせたくないのかもしれない。
再び動き出した馬車の中は静かだった。御者は先ほどの盗賊の襲来で受けた被害について考えている。シルクは御者が近くにいるためずっと黙っている。
つまり俺も自然と話す人がいなくなるということだ。
静かに時間が過ぎていく。どれくらい経ったのだろうか?一時間くらいは過ぎたか。
考えていると御者がこちらに振り向き、
「街に着きました。護衛が来るまでここで少し待機していきましょう」
「俺たちが待機できる場所なんてあるんですか?」
「ええ、緊急事態の時に用意されている宿があるのでそこにひとまず行きます」
なるほど、と返すと再び馬車が動き始めた。街の中に入ると人が行き交っており、賑わっている。馬車はそのまままっすぐ進むと一軒の宿の前に止まった。
「店主と話をしてきます。ここで少し待っていて下さい」
「わかりました」
頷きながら返事をすると御者は宿の中に入っていった。客車の中には静寂が漂う。正面を向くとシルクが俺を見ていた。
「どうしたんだ、シルク?」
俺が話しかけると声をかけられると思っていなかったのかビクッと動いた。
「う、ううん、なんでもない」
なんでもないと言ったがずっと俺を見ている。こうもジッと見られていると緊張してしまう。
何も話さずにいると御者が帰ってきた。
「大丈夫です。中に入れますよ」
御者が言うと操られたかのように俺とシルク以外の呪い子は立ち上がり、宿の中に入って行く。俺とシルクも馬車から降りて宿に入る。
中は至って普通だ。一階が人の良さそうな店主に案内され階段を上り、それぞれの部屋に案内にされた。偶然にも俺とシルクの相部屋になった。
中に入るとベッドが二つと至ってシンプルな部屋だった。俺はベッドに腰を下ろすとシルクが隣に座ってきた。
「シルクのベッドはそっちだが?」
「寝るときになったら、移動する」
シルクは抑揚のない声で言う。
さっきまでとは全く違うな。御者や護衛が気絶してる時はもっと話してくれたのに。少し残念だ。何か辺りを警戒しているのか、周りをチラチラと見ている。
周りを魔力で視てみると隣の部屋に別の子供が入っているだけで護衛は全員、下の階にいる。御者の2人は一番奥の部屋にいる。
「今は御者や護衛はいないんだからもっと楽にしたらどうだ?」
「わかった。もっと楽にする」
彼女は俺の言うことに頷く。そのまま会話が始まる事もなく2人とも黙ったままだ。
窓を見ると日が沈み辺りは真っ暗になっていた。まだ晩飯を食っていないので腹が減った。そう思っていると隣からぐぅ〜っと音が聞こえた。
隣を見ると顔を真っ赤にして体を小刻みに震えていた。記憶はなくても羞恥心はあるんだな。
「腹が減ったのか?」
彼女はコクリと頷く。しかし困ったことに誰も食事を取ろうとする者がいないことだ。御者は2人とも仕事をしているのかずっと机に向かっている。護衛は携帯食料をたまに口に入れており平気そうだ。他の子供たちはもう寝ていた。
このままでは確実に晩飯が来ることはないだろう。
「はあ…仕方がない、少し外に出て何か食えるものを持ってくるしかないな」
俺はベッドから立ち上がるとドアに向かって歩き出す。不意に腕を引っ張られたような気がしたので振り向いてみるとシルクが俺の服の袖を掴んでいた。
「何処に行くの?」
「ちょっと何か食い物を探しに行こうかと思ってな」
「なら私もついて行く」
そう言うと彼女もベッドから立ち上がる。
「すぐに帰ってくるから、ここで待ってろ」
俺は彼女の頭に手を乗せ軽く撫でる。彼女は居心地良さそうに優しく微笑む。俺が手を退けると少し残念そうに顔を上げた。
「わかった。でも、すぐに戻ってきてね」
俺は頷くとドアを開けて廊下に出る。ドアを閉める直前に後ろを見るとシルクが手を振っていた。俺は魔力を視える様にし1階に厨房がある事と誰もいない事を確認すると転移で移動する。
厨房に着くと食べられそうな物を探す。丁度作り置きしてあったサンドイッチが2皿あった。それを持って部屋の前に転移する。両手が塞がっているので爪先でノックする。少し待ってゆっくりとドアが開かれた。
「あ、アクシス。入って」
俺だと分かると俺の腕に抱きついて急いで中に入れる。なんとかサンドイッチが皿から落ちない様にバランスを取る。危ない、危ない。大事な晩飯を落とすとこだった。
俺はベッドに座るとやはり隣にシルクが座る。両手に持っていた皿の片方を差し出す。彼女はそれを受け取ると俺と皿を交互に見る。そして不思議そうに小首を傾げる。
「どうした?食べるといい」
「わかった。いただきます」
そう言って二つあるサンドイッチの一つを手に取りその小さな口で食べる。俺も腹が減ったので一口食べる。なかなか旨いな。だが首輪が邪魔になり少し食べづらい。俺は一つ目を食い終わると二つ目もすぐに食べ終わった。結構満足出来たな。
横を見るとシルクも首輪を気にしているのか、ゆっくりと食べていた。
「それ、邪魔か?」
俺は首輪を指差して聞いてみる。シルクはサンドイッチを食べるのをやめ、コクリと頷く。俺はシルクに近づくとシルクの首輪に触ろうと許可を取る。
「ちょっといいか?」
「うん」
了承を得て首輪を両手で軽く握ると力づくで外す。バキッと音を立てて壊れる。意外にも簡単に外すことが出来た。
「よし、これで動きやすくなっただろ。まあ、食べ終わったらまた付けるけど」
俺が聞くと首を左右前後に動かしてから頷く。最後の言葉を聞くと少し眉を顰めて嫌そうな顔をした。
俺は首輪の破片をその辺に投げると後ろに倒れベッドに寝そべる。それを見たシルクが丁度ひとつ食べ終わると、俺の方に顔を向けて横たわる。
「どうした?もう食べなくていいのか?」
少し体を起こし彼女の皿を確認するとまだ一つ残っていた。
「うん、もう大丈夫」
「じゃあ、俺はそろそろ寝るから自分のベッドに戻ってくれ」
「わかった」
意外と素直に自分の寝床に戻って行く。俺はそれを確認すると目を閉じる。今日の疲れが一気に襲いかかり、すぐに眠ることが出来た。
俺が寝て少し経ってから隣のベッドの上がゴソゴソと動いていた。布団が取り払われ、1人の少女はアクシスが眠る布団へと移動する。
「こっちの方が好き…」
そう呟くと彼女はすぐにすぅすぅと寝息を立てた。
* * *
朝、目が覚めると至近距離に無防備な姿で寝てるシルクが目の前にいた。俺は急いでベッドから勢いよく起き上がる。その振動でシルクも目蓋を擦りながらゆっくりと体を起こした。
「おはよう、アクシス」
まだ完全に覚醒してないのかあくびをしながら朝の挨拶をしてくる。
「あ、ああ…おはよう。ていうかなんで俺のベッドにいるんだ!?昨日確かにそっちに行ったよな?」
「なんでだろう?わからない」
彼女は小首を傾げる。まさか寝相が悪くてもベッド一つは移動しないだろ。ということは俺が寝た後にこっちに来たのか。まあ、別にいいか。
俺たちが朝のやりとりをしているとドアがノックされその後に声が聞こえた。
「おはようございます。起きてますか」
御者の声だ。声が聞こえた瞬間シルクはまた喋らなくなった。まだ、俺以外の人には慣れないのか。
「はい、起きてますよ」
俺がドア越しに返事すると
「今日、この街を出発します。また後で来ますのでそれまでに朝食を食べておいて下さい。ドアの前に置いておきますので」
そう言って御者は部屋の前から立ち去る。ドアを開けるとお盆に昨日コッソリ食べたサンドイッチと同じ物が2皿乗っていた。部屋にお盆ごと運び一つをシルクに渡す。そこで一つ忘れていたことに気づく。昨日、シルクが残したものだ。
俺はそれを取ると自分の皿に移す。
「じゃあ、食うか」
俺がそう言うとシルクは頷き、2人声を揃えて「いただきます」と言う。
サンドイッチを食べながら俺は昨日その辺に投げた壊れた首輪を探す。だが魔力を使っても何処にも見当たらない。
おかしい…一体何処に行ったんだ?アレがなくちゃシルクの首輪が無いことに不思議に思うだろう。仕方ない、作るか。
食べ終わったのを確認するとシルクに近づく。
「悪いんだがまた首輪をつけてくれ。嫌なのは分かってる。でもつけてないと御者に怪しまれるんだ」
「わかった。アクシスが言うならそうする」
そう言うとシルクは顔を上に上げその綺麗な首を晒した。首の近くに両手を持っていき魔法陣を展開する。
「アクシス、何をしてるの?」
「これか?これは魔法と言ってな今はこれで首輪を複製してるんだ」
「私もやってみたい」
瞳をキラキラと輝かせて俺に伝えてくる。
「まあ、目的地に着いたらな」
それを聞くとまた嬉しそうに笑う。
俺は魔法陣を発動し首輪を生成する。
「本当にできた」
声に抑揚はないが目を見開いて驚く。俺はそんな姿に軽くは笑う。
これで問題ないだろう。そう思っているとドアがノックされた。
「出発しますので下の階まで降りてきて下さい。私は他の方達に声をかけますので」
「分かりました。すぐに行きます」
俺がそう伝えると御者は部屋の前から立ち去る。
「それじゃあ、行くか」
「うん」
俺はシルクの手を引いて部屋から出る。廊下を少し歩き階段を降りると店主以外は誰もいなかった。俺は店主に軽く頭を下げると同じように返してくれた。
少し待っていると御者が他の子供たちを連れて降りてきた。
「それでは馬車に乗って下さい」
俺は頷き、御者の後をついて行く。俺の後ろをさらにシルクがついて来る。宿を出ると護衛が補充されており、人数は最初と同じになっている。
店から出てシルクを先に乗せるとその後に俺が馬車に乗り込む。御者は全員乗った事を確認すると前に回った。そして少しすると宿を出発した。
二十八話目の投稿になります。作者の霊璽です。
今回はただの休憩回です。シルクとの親睦も少しずつ深めていってる感じです。次回からはまた旅を始めるつもりでいます。
今回は少し投稿が遅れました。前回言っていた新作を同時に進めていたので申し訳ないです。
もし良ければ、同時に投稿しているので読んでもらえたら幸いです。
それではまた次回の話で……




