第三十四話 勇者召喚 後編 Ⅳ
「いや~、一時はもう駄目かと思ったけど、何とかなってほんと良かった!」
「私と先輩に感謝しなさい。私達の援護がなかったら、今頃丸焼きだったんだから」
「わかってるって。それにしても、こんな盛大にお祝いされるとは思ってなかったな」
闘技場での死闘から時間が経ち、今は日も暮れている。夜のホーリスローネ城では今、盛大な祝いの席が設けられ、櫂斗達四人の勇姿が讃えられていた。普段は戦勝祝いなどで使われる城の大広間で、盛大に開かれているこの祝いの席は、勿論今日の戦いの勝利を祝うものだった。
火龍を相手に闘技場で行なわれた、「勇気の儀式」を成功させた三人は、無事に勇者の試練を乗り越えたのである。これにより四人は、勇者の資格を得る事ができるようになった。これはその祝いの席だ。豪華な装飾の施された大広間に、沢山の料理や酒が並ぶテーブルの数々と、華やかに着飾った大人達。櫂斗達から見ればこの光景は、まさに絵本の中を思わせる世界であった。
「こんな豪華なパーティー、元の世界じゃ一生経験できなかった。マジで勇者様様だよな~」
「勇者ね・・・・・。まだ実感湧かないなー・・・・・」
「何言ってんだよ。あんな馬鹿でかいドラゴンに勝ったんだぞ?誰が何と言おうと、俺達は選ばれた勇者なんだって」
「もう、すぐ調子に乗るんだから・・・・・」
パーティーの主役である櫂斗達は、火龍との死闘を戦い抜き、最強の魔物種に勝利を収めた。誰しもが彼らの敗北を想像していた中、人々の想像を裏切り、火龍に大逆転勝利したのである。櫂斗が発した勝利宣言と共に上がった大歓声は、人々が彼らを選ばれし勇者だと認めた証であった。
その後、彼らの勝利に誰よりも歓喜したアリオンと共に、収まらぬ歓声に見送られながら、四人は闘技場を後にした。城に戻った彼らを待っていたのは、城内の者達からの歓声と、風呂と、着替えであった。後から戦勝祝いの席があると聞かされ、城の侍従達にされるがまま、四人は戦いで汚れた体を洗い、パーティー用の衣服を着せられたのである。
櫂斗は装飾の施された制服で、悠紀達三人は華やかなドレスを身に纏っている。着慣れぬ服に窮屈さを感じ、慣れぬ席に戸惑う悠紀達。ただし櫂斗だけは、火龍への勝利と勇者の称号を得た興奮で、先程からずっと子供のようにはしゃいでいた。
「今日くらいは調子に乗ったっていいだろ。悠紀も、それに先輩も妹さんも、もっとパーティーを楽しみましょうよ!」
「すみません、うちのがほんと無神経で・・・・・」
「大丈夫よ早水さん。気を遣わせてごめんなさい」
「華夜も、大丈夫です・・・・・・」
悠紀達女性陣の中でも、真夜の存在はこの場で一際目立っている。元々美人の上に、ドレスを着て化粧もしているのだ。パーティーに集まった女性の中でも、彼女の美しさは上位に位置している。
姉が美少女なら、その妹も同じであった。普段は内気で臆病であるため、他人からの印象があまり良くない華夜も、ドレスを着て化粧もすれば、姉と同じく美少女へと変わる。
男を容易く魅了する美少女、九条姉妹。そんな二人を、やはりと言うべきか、櫂斗も視線を向けずにはいられない。彼もまた男の子であるが故、これも仕方のない事であった。
「櫂斗、サイテー・・・・」
「!」
「先輩達が綺麗すぎるから見ちゃうのはわかるけど、私には何もないわけ?」
「・・・・・?」
「いや、だ・か・ら!私だって化粧してドレス着ていつもと違うわけよ!綺麗とか可愛いとか似合ってるとか、色々感想あるでしょ!?」
真夜と華夜には負けるのかもしれないが、悠紀も美少女である事は間違いない。元が良いだけに、ドレスと化粧でその美貌は増している。故に、櫂斗が二人にばかり目をやってしまうのが、女の子として癇に障ったのだ。
「う~ん、まあいつもよりは一応綺麗っちゃ綺麗だけどさあ・・・・・」
「なにその微妙な感想」
「幼馴染だとやっぱ見慣れちゃってるからか、先輩達ほど新鮮味が—————————」
「バ〇ス!!」
「ぐっあああああああああああああ!!目があああっ、目があああああああああああ!?」
彼の失言に対し、二本の指による容赦のない目潰し攻撃が炸裂する。某作品の大佐の如く、目をやられてのたうちまわる櫂斗を、悠紀はゴミを見るような眼で見下ろしていた。
「ふん!もう知らないんだから」
「有馬君、それは自業自得だよ」
「だっ、大丈夫ですか・・・・・・?」
「ああ、心配しなくていいんで。このデリカシーない鈍感男は、これくらいしないと理解しないんで」
心配して駆け寄ったのは華夜くらいで、当然ながら悠紀と真夜は冷たい。滅びの呪文で罰を受けた櫂斗が、目をぱちぱちさせながら復活した頃、このパーティーのもう一人の主役が彼らに駆け寄った。
「皆さん!宴は楽しんでおられますか?」
「あっ、王子様じゃないですか。どこ行ってたんです?」
「中々御傍に戻れず申し訳ありません。一国の王子である以上、色々と挨拶をしなくてはならなくて」
このパーティーの主役は四人の他に、もう一人いる。それは。彼らをこの世界に召喚し、奇跡の勝利を収めて見せた、王子アリオンであった。
彼の独断による大胆な賭けが、王国を救うための最強の力を手に入れた。アリオンの独断行動は結果的に、勇気ある英雄的行動であった事に変わったのである。このパーティーの真の主役は、アリオンであると言っても過言ではない。
そのため、戦勝祝いの宴が始まるや否や、アリオンを取り囲むようにして、王国の権力者達が彼のもとに集まった。理由は簡単である。今の内に、彼に媚びを売っておくためだ。
今やアリオンの存在は、王国の第一王子というだけではない。国を救うために立ち上がった、選ばれし勇者達を率いる英雄なのである。ならば、今の内に媚びを売っておくに越した事はない。特に貴族達は、自分達の今後のために、積極的に彼に挨拶をしに行ったのである。将来彼が次期国王となった時、自分達の地位や権力を保証して貰えるように・・・・・。
「大変なんですね、王子様も。俺達だけ楽しくやっちゃってて、なんかすいません」
「どうかお気に為さらず。これも全ては、皆さんの今後のために必要な事ですから」
「王子様の言った通り、ピンチになったらこの秘宝が勝手に目覚めてくれた。お陰で死なずに済みましたよ」
自分の首にかかったペンダントに視線を移し、櫂斗は自分の金色の秘宝を見つめ、闘技場での激闘を思い出した。
今は、金色に光るガラス玉のようなもの。だが、あの時確かに、この玉は形を剣に変え、その秘められた力で龍を屠った。戦いが終わった後、剣は元の光る玉へと戻り、今は何も反応を示さない。櫂斗達の頭の中に響いた声も、全く聞こえなくなっている。それでも、この何の変哲もないガラス玉のような宝石が、奇跡の大勝利を実現したのは、紛れもない事実であった。
秘宝の真の力を発揮できたのは、偶然なのか、それとも必然だったのか?使用者である櫂斗達にも、それはわからないままだった。ただ、アリオンが彼らに言った通り、敵を前にして力が目覚めたのは間違いない。
「どうして、この玉が敵と戦ったら目覚めるってわかってたんですか?」
「それは、僕に伝説の秘宝について話してくれた、ある御方のお陰です」
「ある御方?それって誰なんですか?」
「今はまだ、皆さんにお話しできません。皆さんが明日、勇者の称号を受け取った後、その時が訪れたらお話致します」
ある御方。アリオンがそう呼んだ人物のお陰で、彼はここまでの計画を成功させる事ができた。
しかし、その人物について軽々しく話す事はできない。例え櫂斗達が、異世界からの選ばれし勇者であろうと、まだ話すわけにはいかないのである。何故ならその人物は、王国と教会だけでなく、この大陸全体にとって、絶対的な存在であるからだ。
「今日はもうお疲れでしょう。難しい事は考えず、今は英気を養って下さい」
櫂斗の質問を無理やり終わらせ、アリオンは彼らに宴を楽しむよう積極的に進めた。
自分が助言を求めた存在の、本当の顔を知らぬまま・・・・・。
ホーリスローネ城で宴が開かれている、同じ頃。
祝いの席の事はアリオンと側近達に任せ、国王オーウェンはある場所に足を運んでいた。その場所とは、グラーフ教会の大聖堂である。この大聖堂が教会本部であり、大司教を含むグラーフ教の重要人物達が、普段はここに集まっている。
現在のグラーフ教会で、最も偉い存在は大司教である。だが、実際はそうではない。大司教はこの教会の番人でしかなく、真に偉大な存在を隠すための、言わば身代わりなのである。それを知るオーウェンは、グラーフ教を支配する、真に偉大な人物に会いに来たのだ。
「お久しぶりで御座います、ジャンヌ様」
グラーフ教会大聖堂。その地下に造られた、ある人物を崇め奉り、人々の眼から隠すための神殿がある。オーウェンが足を運んだ神殿の中では、周りを照らすために青白い光りを放つ、大きな結晶がいくつも置かれていた。この結晶は魔法石であり、光が届かぬ地下空間を明るく照らす、唯一の光であった。
青白い光に照らされ、部屋中に結晶が置かれている、まさに幻想的な空間。まるで謁見の間にも見えるその空間の先には、玉座の代わりに大きな台があった。その台の上には人影がある。人影の正体は、一人の女性であった。オーウェンはその女性を、ジャンヌという名で呼んだのである。
「んふふふっ・・・・・、やっぱり来た」
その女性は、若く、そして美しく、体から薄く光を発している。その眼はオッドアイであり、右眼はルビーのように赤く、左眼はエメラルドのような緑色であった。肌は白く、体からは常に白い光を放っており、長髪の髪の毛は薄い金色で、その髪も光を帯びている。
神殿であるこの場所だけでなく、ジャンヌと呼ばれたその女性もまた、存在が幻想的であった。この世のものとは思えない、聖なる存在。そう言葉に表す事しかできない。そんな彼女は神殿の台の上で、その体よりも大きな、柔らかい羽毛のクッションの上で寝転がったまま、オーウェンの方へと顔を向ける。
彼女は笑みを浮かべていた。しかしその笑みは、妖艶で、怪しく、恐ろしさを感じさせる。相手の心を全て見透かしているような、そんな恐怖を感じさせるのだ。
「・・・・・・私がここに来るのを予想していたという事は、やはり貴女が仕組んだ事でしたか」
「さあ、何の事かしら?」
「我が息子に余計な知恵を授ける事ができるのは、私の知る限り貴女だけです。今度は何を企んでいるのですか・・・・・?」
「企む?んふふふふっ・・・・」
やはり怪しく笑う彼女の顔を見て、自分の予想が的中していた事を彼は悟る。確認するために、彼はさらに言葉を続けた。
「異世界からの勇者召喚の術。秘宝の使い方。どれも、アリオンも私も知らぬ術でした。これを知っているのは、この世界で貴女だけでしょう」
「可愛かったわよ、あなたの息子。純粋で、無知で、愚かで、すがる眼で私に助けを求めてきた。だから少しだけ、助言を与えたくなったの」
ホーリスローネ王国の王子であり、オーウェンの息子であるアリオンの独断。それには必ず、協力者がいるだろうとわかっていた。自分の考えを確かめるために、彼はここへ足を運んだのである。
アリオンの計画の数々には、彼一人では到底考え付かない内容が多かった。勇者召喚の術も、秘宝の力を解放するための言葉も、国王であるオーウェンすら知らないものだった。この世界で唯一それを知り得るのは、彼女しかいない。
彼女の存在は極一部の人間しか知らず、城内でも王族と一部の側近しか知らない。王子であったお陰で、アリオンは彼女の存在を知っていた。王国を救う術を求めた彼は、彼女に賭けたのだ。何故なら彼女は、この世の全てを知ると言われている、人智を超えた存在だからである。
その結果、アリオンは彼女に気に入られ、王国を救うための術を教わった。だが彼は、一つ大きな勘違いをしていた。彼女が術を授けた本当の理由は、彼の正義感に胸を打たれたわけではなく、自らの楽しみのためである。
「そうやって、今度は我が息子を玩具にするおつもりか・・・・・!」
「んふふふっ・・・・、玩具だなんて人聞きが悪いわ。まるで私が、人間を都合のいい道具くらいにしか見ていないようじゃない」
「違うとでも・・・・・・?」
「んふっ・・・・、歳をとったせいか、少し生意気になったのかしら?」
今までも、そうやって人間を利用し、彼女は飢えを満たしていた。彼女の飢えとは、退屈の事を意味する。悠久の時を生き続ける故に、永遠に流れる時間の中に、刺激を求めずにはいられない。退屈という飢えを満たせる最大の御馳走は、血と、苦しみと、悲鳴と、嘆きと、苦痛と、狂気。彼女が求めるのは、この世の地獄の中でもがき苦しむ、人間の姿だ。
「あの頃のあなたと違って、息子の方は元気があるのね。青臭い正義感で必死に私を説得しようとして、笑いを堪えるの大変だったんだから」
「・・・・・・」
「つまらないあなたより、あの子の方が面白い。きっとあの子、私の退屈凌ぎのために頑張ってくれる・・・・・・」
「貴女は、悪魔だ・・・・・!」
「そうかしら?私より、人間の方がよっぽど醜い悪魔だと思うけど?」
彼女には見えているのだ。
自分が助言を与えた事で、アリオンは力を手に入れた。これで彼は、ただの一国の王子ではなく、大きな力と影響力を持つ王子に変わったのである。ここから先、彼の行動によって国と人々が動く。それだけの力と影響力を、あの若き王子は手に入れてしまった。その事に、彼はまだ気付いていない。
若さ故に、そして無知で愚か故に、彼はその力を使って大義を為そうとするだろう。その結果、彼の道に何が待ち受けているのか、彼女には予想できてしまっている。その未来を特等席で眺めるのを、舌なめずりして楽しみにしているのだ。
「悪魔でないと言うならば・・・・・、せめて我らにもっと知恵をお授け下さい」
「んふふふふっ・・・・・。それは、ダ・メ♡」
「そうやって、貴女はいつも――――――――」
「汝、楽を選ぶ事なかれ」
「!!」
それは、彼女が人間へと最初に語る、人生の教えである。
「一度の人生、痛み苦しみ演じるものであれ。さすれば汝、劇的な死を与えられん。前にもそう教えたはずよ?」
「・・・・・・」
「何でも全部私が教えてしまったら、人生がつまらなくなってしまう。人間は、人生という舞台で嘆き苦しみ続けるからこそ輝くのよ」
彼女の教えによって、これまで多くの人間が地獄を見た。彼女が望んだ舞台の役者となって、嘆き苦しみ死んでいった。彼女はそんな舞台を、邪悪な笑みを浮かべて眺め続けている。
オーウェンにとって彼女は、この世の化け物であった。しかし彼は、ホーリスローネ王国王族の使命として、グラーフ教会と共に彼女を守り続ける義務がある。彼女の存在こそが、この世界に混沌をもたらす邪神と知りながら・・・・・。
「あなたの息子がどこまでやるか、本当に楽しみね。んふっ、ふふふふふふ・・・・・」
彼女の名は、ジャンヌ・ダルク。遥か昔よりローミリア大陸に存在し、グラーフ教を創りし者。
人は彼女を、この世界の「女神」と呼ぶ。




