第三十四話 勇者召喚 後編 Ⅲ
闘技場で繰り広げられる、四人対一頭の死闘。状況は依然変わらず、櫂斗達四人が劣勢であった。
火龍の攻撃から櫂斗と悠紀が逃げまわり、真夜は華夜を守るため、自分も囮になるべく駆け出した。三人が闘技場内を駆けまわり、上手く火龍を撹乱できているお陰で、四人はこの絶望的状況の中、どうにか生き延びてはいた。
しかし、彼らは所詮人間であり、元の世界ではただの学生である。全力で走りまわっているせいで、そろそろ体力が底を尽きようとしていた。足を止めたら死ぬと、そう自分に言い聞かせて根性で走っていたが、それももう限界なのである。
開幕から櫂斗達へ炎を吐き続けている火龍は、まだ体力的に余裕があるのか、衰える事なく火炎を吐き続けていた。せめてこの炎攻撃が止めば、櫂斗達が逃げまわる必要はなくなるだろう。それまでは、何としてでも足を動かし続けなくてはならない。
「くそっ!!いつまで走んなきゃいけないんだよ!」
「大声出したら余計疲れる!あんた体力ないんだから黙って走りなさい!!」
最初に音を上げたのは櫂斗だった。走りまわったお陰で疲れ果て、失速した彼は走り続けた足を止めてしまう。呼吸は荒く、肩で息をし、吐き気を覚えるほど気持ち悪い中、疲れて震える脚でどうにか立っている彼に、火龍の脅威が迫る。
「逃げて!!櫂斗!」
「・・・・・!!」
獲物が動きを止めた瞬間を、この火龍は見逃さなかった。今度こそ櫂斗を焼き殺すために、狙いを定めた火龍の火炎放射が、悠紀の悲鳴と同時に放たれた。
何もかもを焼き尽くさんとする、強大な熱量。直撃すれば、瞬く間に体中が炎に包まれ、水分が一瞬で蒸発し、彼の体は灰となって消えるだろう。立ち止まったところを狙われているため、回避は間に合わない。
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
自棄になった櫂斗は、自分へと放たれた火炎に対抗するため、秘宝が姿を変えた剣を握りしめ、それを炎目掛けて突き立てた。如何に見事な剣と言えど、たった一本の剣で火龍の炎に対抗できるはずがない。放たれた火龍の火炎は、情け容赦なく櫂斗を焼き尽くそうとする。
「!?」
炎が櫂斗を呑み込もうとした、次の瞬間、突然それは起こった。
櫂斗の剣が突然発光し、金色の光を放ち始める。櫂斗の周囲を光が包み込み、彼は金色に光り輝く幕のようなものに囲われた。その瞬間、櫂斗を呑み込むはずだった火炎は、突如現れた光の幕に直撃する。炎が櫂斗を焼き尽くす事はなく、光の幕は彼の身を守った。出現したこの光が櫂斗の盾となり、彼の窮地を救ったのである。
「なんだよ、これ・・・・・?」
何の前触れもなく突然現れた、金色に輝く光の奇跡。自分の窮地をこの光が救ったと理解し、櫂斗は両手で握る自分の剣を見る。謎の光を放った櫂斗の剣は、依然として光り輝いたままだった。しかしその発光も、櫂斗を無事守れたと知ってか、その輝きを収めていく。彼を守った光の幕も、空気に溶け込むように消えていく。
光の幕も、剣の輝きも消えた瞬間、剣を見つめる彼の眼に向けて、刃から二本の光が放たれる。その光は彼の両眼を照らし、櫂斗は眩しさに瞼を閉じた。いきなりの光に一瞬視界を奪われながら、彼は恐る恐る瞼を開ける。
すると、櫂斗の視界に変化が起きていた。見ている景色は先ほどと変わらないのだが、彼の視界には、何かのパラメータのようなものや、数字の羅列が現れていたのである。それらは全て、櫂斗の眼にしか現れていないものであった。例えて表すのならば、彼の眼がモニターのような視界になり、様々な映像を映し出したと、そう説明する事しかできない。
『敵対行動を行なう大型生物を確認。緊急防衛機能展開』
「えっ、声!?」
『対象を殲滅目標と断定。迎撃行動のため、交戦機能を強制的に起動します』
視界がモニター化したかと思えば、今度は声が聞こえる。その声は周りには聞こえておらず、櫂斗の頭の中に直接響いていた。声の感じは女性であり、声は櫂斗を無視したまま勝手に言葉を続ける。
『認証終了。対象を正式所有者と確認。現在使用可能な戦闘機能を解放します』
「なっ、なんだこれ・・・・!?勝手に頭の中に・・・・・!」
頭の中に響き渡る声と共に、様々な情報が彼の頭の中に流れ込んできた。その情報の内容は全て、この武器の使い方に関する情報であった。様々な文章が浮かび上がり、脳内に焼き付いていくような感覚が、この武器の本当の使い方を教えてくれる。
『最終安全装置の解除を行ないます。解除コードを発音してください』
「解除コード・・・・・?もしかして、頭に浮かんでるこれか?」
何が起こったのか、何が起ころうとしているのか、それは櫂斗自身にもわからない。ただ、頭の中に突然流れ込んできた情報が、この状況を打開するチャンスかもしれないと、それだけはわかった。
それだけわかれば、今の彼には十分である。
「だったら、こいつに懸けるしかない!」
『解除コードを待機しています。コードを発音してください』
「解除コード!解放!!」
それは、この武器の真の力を解放するための、最後の鍵を開ける言葉。
『解除コード確認。音声認証完了。最終安全装置を解除し、攻撃対象との戦闘を開始します』
櫂斗の脳内に響いていた声は、その言葉を最後に聞こえなくなった。その代わり、彼の剣の刃が強い光を放ち、黄金の光を身に纏い始める。
「えっ!!ちょっと櫂斗、それ何が起きてるの!?」
「悪い悠紀!俺、今動けない!!」
「はあ!?」
「こいつが必殺技の充電中なんだよ!その間ドラゴンを引きつけといてくれ!」
「どういうこと!?全然理解できないんだけど!?」
「詳しい事は後で話す!!だから今は、俺を信じて解放って叫べ!それがこの武器のロックを外す鍵だ!」
火龍の火炎を耐えた光の幕。その光景を見ていた悠紀が、状況を理解できずに櫂斗に問うが、返ってきたのは想像もしていない言葉であった。彼女もまた、何が起きているのか理解できないままだったが、半分やけくそで彼の言葉を信じ、意を決して叫ぶ。
「お願いだから応えて!解放!!」
悠紀の声に、彼女の武器もまた応えて見せる。彼女の槍が青く光り輝き、次の瞬間、その光は幕のようになり、彼女の周囲を漂った。そして、青く輝くその光の幕は、一瞬で水へと変化した。光は水へと変化し、彼女の周囲で宙を舞う。まるで生き物のように、水が宙を舞っているという常識外の光景が、彼女を中心に起こってしまっていた。
「えっ!?なにこれ・・・・・、頭の中に声が・・・・!?」
「その声が使い方を教えてくれる!援護は任せた!!」
「ちょ、ちょっとそんな勝手な・・・・!ああ、もう!!あとで覚えてなさいよ!」
櫂斗の無茶ぶりに戸惑う悠紀だったが、生き延びるためには仕方ないと、嫌々ながら援護にまわる。先ほどの櫂斗と同じように、悠紀の眼に槍から光が放たれ、それによって彼女もこの武器の使い方を理解した。しかし、使い方はわかったものの、練習も無しのぶっつけ本番である。不安を覚えてはいたが、彼女もまたやけくそで、解放された武器の力を発動する。
「どうなっても知らないから!いくわよ、水力攻撃!!」
秘宝が形を変えた、彼女の槍。この槍は、発動したい技の名称を発する事で、敵と定めた対象を攻撃する。彼女が技名を叫んだ瞬間、宙を舞っていた水は一箇所に集まり、火龍目掛けて放水を始めた。消化ホースから放たれたような水の柱が、目標へと真っ直ぐ向かっていき、火龍の顔面に直撃する。
直撃した放水は、人間を簡単に弾き飛ばしてしまう程の、強力な水圧であった。たかが水と侮れば、容易く命を奪われる。だがそれは、相手が人間であればの話だ。顔面に直撃した放水は、水圧だけで火龍を怯ませる事はできた。強力な水圧で顔面を殴られたため、彼女達を襲っていた火炎放射は止んだ。しかし、一時的に怯ませる事ができただけで、この火龍を倒すには威力が足りない。
「凄い・・・・、ほんとになんか出ちゃった・・・・・」
「その調子でどんどん頼む!ドラゴンの注意を引き続けてくれ!!」
「簡単に言わないで!!さっきの技、あいつに全然効いてないのよ!」
「だったら他の技使えよ!!もっと他に技があるだろ!」
「今使えそうなのがこれしかないの!!あとは・・・・・・、そうだこれなら!」
頭の中に流れ込んできた技の内、火龍の注意を引く手段として、悠紀は新たな技を試してみる事にした。さっきの技が発動したお陰で、槍が無事に力を解放できた事がわかり、戦える自信が付き始めている。技の充電状態である櫂斗を信じ、彼女は新たな技の名を口にした。
「今度も応えて!水流戦道!!」
槍は再び悠紀に応えて見せた。
今度は、彼女の足元から突然大量の水が出現する。水など一滴もなかった空間に、突然現れたその水が、彼女を水面に浮かせ、彼女を水面に乗せたまま動き出す。
それはまるで、波乗りをしているかのような光景だった。次々と湧き出る大量の水が、彼女が進んでいくための水の道を作っていき、彼女は足を動かす事なく、ただ水面に立っているだけで、水の道を滑るように進んでいくのだ。
地面を、そして宙を。彼女を乗せた水流は、縦横無尽に闘技場内を移動する。物理法則を全て無視したようなこの力は、火龍の注意を引き付けるのに十分であった。攻撃を受けた事もあって、標的を彼女一人に定めた火龍が、水に乗って高速移動する彼女目掛け、先程までと同じように火炎放射を行なう。だがその炎は、縦横無尽に動き回る彼女には掠りもしない。
「こっ、これやばい!めっちゃ恐いんだけど!!」
攻撃を躱す悠紀は、波に乗りながら空中を自由自在に飛び回る。空中で一回転も行なっていた。命綱があるわけでもないので、恐いのは当然であった。
「でも楽しいかも!!!ジェットコースターみたい!!」
それでも、波の軌道は彼女の意志で操っている。扱いに慣れてくれば、遊園地の絶叫マシンに近いと言えなくもない。縦横無尽で自由自在に、悠紀は闘技場内を飛び回った。彼女を焼き殺そうと放たれる火炎は、今の彼女には躱すのも容易い。そのお陰で今、技を使いこなしつつある彼女は、この力を楽しみ始めていた。
状況は大きく変化した。先ほどまでのように、逃げ回るだけしかできなかった状況から、形勢逆転のチャンスが生まれた。櫂斗と悠紀の二人が、秘宝の持つ真の力を解放したのを見て、華夜を守っていた真夜の心にも、勝機が見え始める。
「有馬君!さっきの言葉を口にすればいいの!?」
「はい、先輩!解放っていう言葉が鍵なんです!!」
「わかった。私もやってみる・・・・・!」
一度深呼吸して集中力を高め、自分の妹である華夜に視線を移した真夜。この子だけは何としてでも守ると、自分にそう言い聞かせ、彼女も叫ぶ。
「力を解放しなさい!解放!!」
瞬間、何もなかった真夜の周囲に、突然炎が出現した。炎は彼女と華夜を守るようにして、二人の周囲に広がっていく。そして、真夜の両眼にもまた、弓から放たれた光が差し込む。
「私の頭に・・・・!これが、この武器の使い方なの・・・・・!?」
彼女もまた、その眼がモニターと化し、脳内に武器の使い方が流れ込んだ。これによって彼女は、何故自分の武器が弓だけだったのか、その理由を理解した。
使い方を知った真夜は、弓道の要領で弓を構え、矢を射る態勢に入る。左手で弓を構えるが、依然その右手に矢は存在していない。しかし彼女は、左手で弓を構えたまま、右手で矢を射ようとしていた。すると、彼女の右手に炎が集まり、その炎が細い棒状のようなものへと形を成していく。不思議な事に、右手に集まった炎から、彼女は全く熱さを感じていなかった。この炎も悠紀の操る水と同じく、特殊な力で出現したものであるせいか、使用者に火傷すら負わせない。
そして、右手に集まった炎は、燃え盛る炎の矢へとその姿を変化させた。矢を手に入れた彼女は、躊躇う事無く火龍に狙いを定める。
「火炎正射!!」
技の名を口にし、彼女は炎の矢から右手を放す。放たれたのは、火炎を身に纏う炎の矢。その矢は火龍の顔面に突き刺さり、次の瞬間激しい炎を巻き上がらせながら、火龍の頭を炎が呑み込んだ。
火炎を吐く性質上、火龍は炎に対して耐性がある。だがこの炎は、火龍の頭で燃え盛りながら、確実に火龍を苦しめていた。
「グッオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!?!?」
自分が獲物と見ていた相手から、予想外の反撃を受け、火龍は苦しさに呻くように咆哮する。だがやはり、この炎の矢も火龍を倒す決定的な一撃とはならず、燃え盛っていた矢の炎が消滅すると、火龍は攻撃を再開する。
今度は真夜に狙いを定め、新たな技で火龍は彼女へ攻撃を行なう。火炎放射ではなく、大きく開いた口の中から、連続して三発の火球を放ったのである。
放たれた三発の火球は、真夜と華夜を狙って襲い掛かった。直撃すれば彼女達の命はないが、回避は間に合わない。
「火炎防壁!」
避けられないと瞬時に悟った真夜は、技で火球を迎え撃った。彼女が技の名を叫んだ瞬間、二人の前面に大きな炎の壁が出現する。現れた炎の壁に全ての火球が衝突し、激しい炎を巻き上げる。炎の壁は火球を受けてもびくともせず、二人を無事に守って見せた。
「華夜は私が守る!相手がドラゴンだろうが火を吐こうが関係ないわ!!」
櫂斗と悠紀に続き、真夜も秘宝の真の力を解き放ち、火龍相手に反撃を開始した。しかし、状況は大きく変化したものの、火龍相手に決定的な一撃を加える事は出来ず、戦況は膠着している。勝利の望みは、必殺の一撃を準備している、櫂斗の技に託されていた。
悠紀と真夜は、その技に全てを懸けるしかないため、自分達の技を操り、全力で櫂斗を援護する。悠紀は水圧による攻撃を放ちながら、水流に乗って高機動戦闘を行ない、真夜はそれを炎の矢で援護した。水と火の波状攻撃は、完全に火龍を撹乱しており、櫂斗への注意を逸らす事には成功している。だが、自分の火炎攻撃が当たらない事に怒りを覚えたのか、火龍は大暴れを始めてしまう。
ただでさえ大きな魔物であるため、尻尾を振り回すだけでも巨大な凶器である。悠紀と真夜を攻撃するため、尻尾を振り回し、走り回り、噛み付き攻撃まで繰り出した。その巨大な体格を活かし、全身を武器として使われてしまうと、近付く事すら不可能になる。今の火龍は、小さな台風が地上で暴れるかのような、言わば災害なのである。近付けば、確実に殺されるだろう。
そんな状況の中、二人はどうにか火龍の攻撃を躱し続け、櫂斗の準備が整うまでの時間を稼ぎ続けた。時間は稼げたものの、このままでは闘技場が破壊され、観客席の人々にまで被害が及ぶ。悠紀と真夜、そして華夜の命と、闘技場に集まった人々の命は、櫂斗ただ一人に託された。
「櫂斗、早くして!!これじゃもたない!」
「有馬君!まだか!?」
悠紀と真夜が時間を稼ぐのは、もう限界であった。大暴れしながら、火龍は確実に二人を追い詰めていく。
必死に戦う二人に応えたのか、櫂斗の剣はようやく準備を終える。剣は黄金に光り輝き、櫂斗はその剣を大きく振りかざす。狙いは当然、自分達を苦しめた最強の魔物であった。
だが、櫂斗の動きに火龍が気付いてしまう。野生の勘なのか、自分が攻撃されると直感した火龍が、急いで狙いを彼に絞り、大口を開けて火球の発射態勢に入る。
そして、櫂斗と火龍が技を放つのは、ほぼ同時であった。
「くらええええええええええええっ!!!金色聖剣波!!」
雄叫びと共に振り下ろされた剣が、身に纏う黄金の輝きを、火龍目掛けて放出した。光の衝撃波と呼ぶべきか、それとも光の波と呼ぶべきか。余りにも眩し過ぎる大きな光が、火龍の放った火球とぶつかる。放たれた黄金の光は火球を簡単に打ち消し、あっという間に火龍へと迫った。
「いっけええええええええええええええええええええっ!!!」
黄金の光は火龍に直撃し、眩い大きな光が火龍を呑み込んでいく。それだけでなく、光は火龍の体を削り取っていった。正確に言うと、光は火龍を消滅させようとしていた。
削られている言うべきか、それとも溶かされているという表現が正しいのか。例えるならそれは、物質を分解しているような、そんな光景だった。輝き続けるその光は、絶叫を上げる火龍に容赦する事なく、確実に火龍の全てを消滅させていく。
ローミリア大陸最強の魔物種であり、人間の大きさを圧倒的に凌駕していたこの火龍は、たった一撃の光によって瞬く間にその全てを呑み込まれ、分解し尽くされ、光と共に消滅したのだった。
「やっ、やったの・・・・・・?」
「あの光は、一体・・・・・」
「華夜達・・・・・、助かったの・・・・・?」
悠紀も真夜も華夜も、自分達が生き残れた事実が、未だ信じられないでいた。櫂斗の放った奇跡の一撃で、四人は助かったのである。
言葉を失う三人と、静まり返る観客。
そんな最中、収まらぬ興奮に、空に向かい高らかに拳を上げた櫂斗が、闘技場全体に響き渡る声で叫ぶ。
「俺達の、勝ちだ!!!」
高らかな勝利宣言。
その言葉で、観客全員が闘技場全体を震わせる大歓声を上げた。




