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復讐は正攻法で  作者: コーヒー牛乳


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風化


 本社ビルにはフロアごとに男女別の休憩室を設けている。

 出入りは自由で、昼食を食べるものやソファで休憩するものと様々だ。


 普段は憩いの場として機能しているのもの。

 営業フロアの端にある女子社員用の休憩室は寂しいものだった。


 以前は賑やかだった昼休憩の時間だが、ここ最近は決まった顔ぶれが定位置に座っていた。


「───あいつ、今度は花田さん狙ってんじゃない?」

「手当たり次第じゃん(笑)」


 狭い室内を牛耳るかのように、休憩室の中心でいつもの陰口が飛び交っている。

 発言者は営業アシスタントの清水と、営業の中村だった。


 それをいつも困った顔で見ているのが、流川だった。


 それに付き合っていた面々は目配せし合い、中座のタイミングを伺っていた。


「ねぇ、もうやめなよ。ただでさえ今の営業部の空気悪いんだからさ。いつまでも……」


 数か月前は同調していたはずの同僚が他人事のように諫めた瞬間に、ギラリと二つの視線が射抜いた。

 

「なにそれ、私がいじめてるみたいに言うのやめてよ」

「別に悪くしてるのは私たちじゃなくて、森田が悪いんでしょ」


 一事が万事この調子でおさまらない様子に、休憩室にいた外野たちに白けたような空気が流れ始める。


「まあまあ、ほどほどにね。私、ちょっとごはん買ってくるね」

「私も」

「じゃあ、また後でね」


 一人、また一人と休憩室から面子が減っていく様子もまたヘイトが特定の人物へ向く要因でもあった。


 おそらくもう戻ってこないだろう同僚たちを見送り、清水と中村は顔をしかめた。


「なんか、ずるいよね。悪いことをしたのは森田なのに、時間が経つと『いつまでも』とか過去の話みたいに許されてさ」

「こうやって悪事が風化するのって良くないよね。傷ついた方は忘れられないのにさ」


 ね? と二人の視線が流川に向いた。

 流川はその視線を困ったように受け止め、俯く。


「でも本当に、もう終わったことだから……。それに結局、夫が選んだのは私だし、もう一人じゃないし」


 流川は愛しそうに、存在感が増した腹を撫でた。

 梯子を外されたかのような流川の言葉に眉を寄せた清水と中村だが、顔を上げた流川の瞳が潤んでいることに気を取られて過った感情が霧散する。


「わかってるんだよ。終わったことだけど……やっぱり、森田ちゃんを見てるとつらい気持ちもあって……ごめんね、こんなこと」

「っ、ううん!大丈夫だよ!」

「泣かないで、私たちはわかってるから。ね」


「ありがとう……。森田ちゃんは仲が良かったから、あの頃みたいに戻りたいって気持ちもあるんだけど、上手くできなくて……あはは、弱音ばっかりだね」


 流川の演説に、感じ入った二人は目を潤ませた。

 二人の心には流川の傷ついた気持ちが流れ込んでくるかのようだった。


「彩さんがこんなにつらい気持ちをおさえて頑張ってるのに、森田は昇格ってずるいよ」

「そんな、森田ちゃんは頑張ってるから……」

「あんなの、人の仕事を自分がやった風に見せてるだけだから!」


「え、なにそれ」


 清水の言葉に、中村がピクリと反応する。


「そういえば営業部会議で、やたら森田の資料が出てくると思ってたんだけど……あれって人の成果物を横取りしてたの?それってやばくない?」


 中村は営業部隊の人間で、普段はオフィス外にいることの方が多い。


 だから清水からオフィスで起きている、森田の傍若無人さを聞いて驚いたのだ。

 あの大人しそうな森田が裏ではそんなことをしていたのかと。


 中村の中では、森田は営業部の花形ともいえる花田のお気に入りのアシスタントとして認識していた。

 ただ、営業という立場から見れば、使えるアシスタントであれば関係を保つことは普通のことだった。現に中村は営業アシスタントを束ねるリーダー格の流川とは特別親しくしていた。親しくしておけば何かと便利だったからだ。

 中村にとって地味で自己主張もしなければ仕事に不足も無い森田は、特別目に余ることも無い。敵視するほどの存在とは認識していなかった。


 その程度だったのだ。


 それなのに、最近では部長である二宮からの評価も上々で、なんでたかだかアシスタントが評価されるのかとも思わなくもなかった。

 会社に直接利益を運んでくる営業でもない、誰でも出来るアシスタントが。何を評価されるというのだろうか。


 だから、目についていた森田の醜聞を知った時は笑ってしまった。そして、その醜聞を加速させたのは、流川の男も略奪しようとしていたという構図だった。


 社歴の長い流川と、その後輩である森田。

 仲が良さそうに見えた二人の間にあった泥沼の展開。

 困難に打ち勝った勝者と略奪敗者。


 身近で起きたドラマチックな事件は、周囲の驚きと興味と嘲笑で瞬く間に広がった。


 中村が本来の仲間だと認識している営業たちの中でも、もちろん噂は知るところだった。

 だが、花田の『暇か?』と言い鶴の一声でこの話を社内で口にする営業はいなくなった。


 中村も花田に睨まれないように、営業仲間の前では森田の話は封じてきた。

 だから、中村は森田の話をする時はアシスタントたちの間だけと決めてきた。


 そうしているうちに、徐々に森田の印象が変わっていく。

 地味で印象の薄い女から、諸悪の権化に。

 利をもたらす存在の流川を害する敵へ。


 正義側へ立つのは気分が良かった。

 風化させるなんて勿体ない。


「これから営業部会議があるから、そこでもちょっと聞いてみるよ」


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