幻界を超えて
55話目です。少しずつ、焦らずに…
(…マズイ)
先程とは比べ物にならないほど密度を増した不可視の鞭がベディに迫る。それらは半数を彼本体を狙ったモノであったが…
-クソッタレ、包囲されてやがる!
残りの半数はわざと彼自身ではなく、その周囲を包囲するように『配置』されていた。だが、これを掻い潜れなければ叩き潰されるのみ。即ちこの場合の最適解は!
「必要経費ってことか…突破する!」
被弾前提の突撃である。だが、今の彼の敏捷では降り注ぐ丸太のような鞭の束に追いつかれてしまう。故に彼は、アーツを移動手段として使用することにした。
「《ミーティア》ッ!」
半ばヤケクソ気味の咆哮と共に発動されたのは、前方へ向けての突進。技の内容はたったこれだけとシンプルだが、発動中はスーパーアーマーがつく上、発動時1秒だけ無敵がつくのである。この無敵時間で鞭をやり過ごし射程距離から抜ける算段だったが、どうも鞭…と言うか触手は伸縮自在のようで、先に空を切り、地面を打った何本かがさながらバリケードのように囲みを抜けてなお突進中のベディの前に立ち塞がった。これでは振り出しである。
「逃がしはしないってこと⁈」
吐き捨てたベディに答えるかのように、塞がれた前方から何かが高速で迫る。どうも枝分かれするように壁から『生えた』触手がベディを串刺しにしようと迫っているようだ。だが、ここで『はい、そうですか』と貫かれる様なタマでは無いのは皆様ご承知の通り…当然、彼はマフラーの下で薄く微笑んだ。
「…《シーラスラスター》」
触手の主がこれを見ていたら訝しんだだろう。『なんだ、さっきと同じ突進じゃないか』と。だが、このアーツはそのような二番煎じでは終わらない。このアーツは、発動時の無敵こそない代わりに…
「いぃッ…けぇええッ!!」
突進しつつ、前方へ向けさながら風車の如く槍を回転させているのである!
「??!」
ベディの身体を貫かんとしていた触手は、高速回転するレシプロ機のプロペラの如き槍の竜巻に呑まれ哀れブツ切りに、彼の前に立ちはだかっていた肉の壁も、さながら削岩機のような回転の前に脆くも穿たれ大穴を晒している。
そしてどうやらそこが触手の届く限界点だったようで、先ほどまで少女の姿を借りて対話していた何者かも、盛大に削り飛ばしたことで透明化が解けたのか肉の赤を晒した触手を悔し気に蠢かせるにとどまった。
だが、それでも無傷での突破とはいかなかった。
ーどんな感じだ?
(…正直、右腕はしばらく使い物にならなさそう。腕ごと落とされるよりどっちがマシだったかな)
-ハン、なら問題ねえ。こちとら最初から片腕みたいなもんだ。持ってかれなかった分儲けものとでも思っとこうぜ。
どうも突破の際、後ろから追いすがった触手を避け損なったらしい。したたかに打ち据えられた右腕は痺れ、わずかに震えていた。もし現実なら確実に骨が折れていただろう。それを考えれば5分間の右腕部位の麻痺のデバフで済んだのは幸運と言えるかもしれない。
「とは言え、どうしたもんかな…」
先程発生した緊急クエストの内容は、『討伐』では無く『無力化』。ここに何かしら突破口があるとベディは睨んでいた。
ところがどうだ。目の前の名状し難き何者かはどう見ても殺す気マンマンではないか。これを無力化で済ませるのは困難を極めるだろう。なにしろこちらも殺す気でやってトントンの可能性が高い。…あるいは。
(殺す気でやっても問題ないくらい強い、とかかなぁ…はぁ~あ、勘弁してほしいよ)
現状、相手のHPは表示されていない。恐らくある程度…この場合『ボスエリア』と仮称するが、ある一定の範囲内にいないと表示されないのだろう。つまり、奴のHP量を知るにはボスエリア…すなわち、あの触手の射程圏内約150mに嫌でも踏み込まねばならない。しかも、ベディは現在事実上片腕を封じられている状態で長物を振り回す必要がある状況でだ。
(弱ったなぁ…少なくとも左腕だけは確実に無傷って解っててても、流石に片腕しか使えない状態じゃ槍は使えないし…仕方ない、フールミネを出そうか)
思い立ったら即行動。考えを纏めたベディは《アームズチェンジ》で左腕に抱えていた槍をしまい、新たにほのかに雷を纏ったヌンチャクを装備する。
左手から槍が消えると同時に走り出したベディ。当然、射程圏内に踏み込んだ彼を打ち据えんと極太の触手が迫るが、
「《フロート》それから《プレッシャー》」
臆することなく唱えられた魔法。一小節の詠唱でありながら、それらは瞬く間に効果を発揮した。
(??!)
ボスからしてみれば、いきなりベディが加速して触手の雨を回避し、己の触手が何者かに上から強烈に押し付けられているように感じただろう。それこそがベディの狙いであり、彼が使用した魔法の効果であった。
《フロート》。他人に対して使用する《プレッシャー》と違い、こちらの対象は自分自身。《闇魔法》特有の重力制御を自分自身に行使する事で体重を減少させる効果があるのだ。これにより、発動より1分間だけ通常より楽に行動することが出来るのである。なお、敏捷のステータスが良くなるわけではないので、急に彼が加速したように見えたのは彼の戦闘経験が着実に蓄積されている証左と言えるだろう。
(こうすればある程度は近づけるけど…やっぱり大体70m位まで近づくと触手の動きが苛烈になって…ッ⁈)
瞬間、ベディの感覚が危険信号を発する。本能の赴くままに左脚で踏ん張り後方に飛び退こうとするも一歩遅く、地面を気破って急襲した触手に足を絡めとられ、そのまま投げ飛ばされてしまった。
そして、その先にはさながら馬房柵よろしく槍衾…もとい先端を針のように先鋭化させた触手の群れが待ち構えているのである。…しかし、敢えてもう一度言おう。
彼は、ひとりじゃないッ!
《どおぉぉりゃぁぁああ‼‼》
咆哮一発。突如巻き起こる土煙びにより一瞬にしてベディの姿が立ち込める砂の霧の向こうに隠されると同時に、土煙の発生源…直径1mほどの穴から一抱えもありそうな飛翔体の大群が高速で発進する。行き掛けの駄賃とばかりにベディを引き寄せていた触手を切断した『彼女たち』は、その勢いのままに自分たちの『ご主人様』の身体を上空に押し上げた。
《ハァ、ハァ…待たせたわね、やっと出番よ!ていうか、何でワタシたちの初仕事が穴掘りなのよご主人様~!しかも、余計な『虫』までくっついて来てるし~!アンタ穴掘れないのに何しに来たのよ冷やかしに来たんなら金取るわよォ!?》
「シュウ(意訳:黙りなさい駄蟲。ご主人様が必要だと仰るならばそれは常に正しいのです。ならば我ら下僕はそれに粛々と従うのみ。その理屈すら分からぬ蟲であるなら大人しくハイクを詠みなさい。カイシャクしますので)」
「キシャァァァ!(意訳:アンタ一遍処したろかァア⁈)」
…地上10mで展開されているカオス領域はさておき。
《割って入るタイミングが遅くなり申し訳ございません、ご主人様。この咎は後で如何様にも》
「ううん、これ以上無いって位グッドタイミングだったよみんな。やっぱり後詰めで地中に待機してもらってて良かった。ありがとうね。…それじゃあ…詰めにいくよ。あ、そうそうレイ、君は右腕に。ちょっとの間動かなくなっちゃったから、任せる」
「…⁈…シュイ」
スルスルと水銀の肉体を持つ蛇が彼の右手に移動すると、さながら手甲のように彼の右手を覆った。…これにて、準備完了。
「よぅし…じゃ、行こうか」
その言葉が紡がれた瞬間、滞空していた蜂の一群が一斉に急降下した。もちろん、ベディを抱えたレギーナも含めて。
当然、迎撃としてCIWSよろしく触手の弾幕が森の木々の間から迫る。普通なら百舌の早贄よろしく串刺しは必至だろうが、(制限時間が近いが)《フロート》で体重を軽くし、《飛行》も併用した状態で、オマケにレギーナに抱えられている今の彼ならば…突破は、十分可能である。
(それでも避けるのでいっぱいいっぱいだけどね!)
頬を掠める触手に内心慄きながらも、しかしそれを顔には出さず、さらに加速を続ける。
(どこだ…どこにいる…触手の集中しているところに必ずいるはずだ…奴の本体が!)
いくら触手を輪切りにしても、ボスのHPゲージはピクリともしなかった。ならばボスエリアのどこかにいるボス本体を叩くしかない。レギーナ達を地中に潜らせていたのは地下に潜んでいることを考慮した結果だったが、咄嗟の行動が今になって別方向に功を奏したようだ。
(違う、ハズレ、…アレはダミー、アレは…偶々集まってるだけ、…そこだ)
そうこうしているうちに、ベディは本体を見つけたらしい。彼の視線に捉えられたことを察知したのか、触手が彼に殺到するが、遅い。
「そこを、動くな!」
急降下の勢いと、遠心力をたっぷり乗せた一撃がボスにクリーンヒットしたのを認識した瞬間、ボスのHPゲージが少し削れる。本来ならやっと攻撃が通ったことを喜ぶところだろうが、今の彼らにその余裕はなかった。
「ッ⁈地面に…亀裂⁈」
《もしかしなくても…アタシたちやり過ぎた~⁈》
「…シュゥゥ…(訳者注:罵詈雑言の嵐につき解読不能)」
そうして、彼らはその勢いのまま、レギーナの謝罪の声をBGMにボス諸共地面に口を開けた大穴の中に飛び込むことになったのである。
《ごめんなさ~い‼》




