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4-28 夢で現で幻で

 私はふと気になり、弁財天美に投げつけられた台本を拾う。

 こ、これは……!

 わら半紙とガリ版印刷じゃないか! 懐かしいな、おいっ!

 私が過ごした昭和時代、学校で配布されるプリントは、大体わら半紙にガリ版印刷だったな。当時はコピー機なんてまだ普及してなかったし、白い紙も高かったからね。

 台本はB5サイズ。B4サイズのわら半紙にガリ版で片面印刷し、半分に折ったものを大型のホッチキスで綴じたものだ。製本は綺麗ではないが、そこがまた良い。部員が人海戦術で作った手作り感がよく出てる。

 それで、これはどんなお芝居なのかな? 表紙に書かれていたのは……


 ユゴー作『ああ無情』より 

   ジャン・バルジャンとコゼット


『ああ無情』……最近は『レ・ミゼラブル』の方が認知度は高いか。その不朽の名作の舞台化で、しかも演劇部のオリジナル台本……と言う設定なのね。へぇ〜。面白そう。

 台本をめくると、最初のページに配役が書かれており、それぞれの役を演じる部員の名前が鉛筆で書き込まれていた。


 ジャン・バルジャン 大黒 雄斗次郎

 コゼット      巫姫 慈麻里

 テナルディエ    王宮 炎邪

 おかみ       唯神 奈里紗

 エポニーヌ     春風 花菜

 ファンティーヌ   弁財 天美


 日本名に無理矢理感があるけど、私ら全員演劇部員って設定なの? ヂマリちゃんのコゼット役は納得だけど……主役のジャン・バルジャン、私かよっ! ちょっと待ってよ! 台詞覚えられねぇよ! 戯れで書き込んでるだけなんだろうけど、それでもすげぇプレッシャーなんですけど〜〜っ!

 他のキャスティングは残った部員を無理矢理当てはめたって感じだけど、弁財天美がちゃっかり美味しい役をゲットしてやがりますな。

 台本を斜め読みしたところ、バルジャンがテナルディエからコゼットを救い出すエピソードに焦点が当てられていた。コゼット役の出来る可愛い子がいること前提だけど、短くまとめるならベストチョイスかな。

 コゼットのお母さんのファンティーヌはすでに死んでいるが、コゼットを見守る守護霊的立ち位置で登場。セットの移動でゴタゴタする場面転換で間を持たせるため、観客に向かって独り語りをするようだ。ナレーションも兼ねているから台詞が多く、長台詞もある。本来出番のないファンティーヌ役の負担がかなり大きいけど、構成自体は悪くない…かな?

 それにしても凄い作り込みだな。ただの戯れなのに、僅かな時間でここまでやるなんて。正に神の所業というわけか。


「そうそう♪ もっと賞賛してちょうだい♪ ワタシ、褒め称えられるの大好きよ♪」

「はいはい、天美ちゃんはスゴイですね〜って、ちょっ!?」


 幼なじみらしく憎まれ口を叩きながら顔を上げ、思わず息をのんだ。ヂマリちゃんの巫女服が茶色く黄ばんでボロボロになっていたのだ。


「もうっ、オトジ君は素直じゃないんだから〜」

「いや、そうじゃなくてっ! ヂマリちゃんどうしたんだよ、その格好!! ボロボロじゃんかよっ!!」

「え? ああ、このボロ着? コゼット役の衣装だよ♪」

「コ、コゼット役の衣装? ああ、そうか。衣装ね……」

「だから心配ご無用っ! デス♪」


 いやいや、マジでびびりましたわ。てっきりヂマリちゃんが枯れ葉のように朽ち果てているのかと。

 ホッと胸をなで下ろした私は、側に落ちていた別の台本を拾い上げる。すると唐突に、天美がプンスカと怒り始めた。


「あーんもおっ! そんなに食べ散らかすように見ないでよ! 作り込むの大変なんだからね!」

「え? なに?」


 台本には若草物語とある。しかしページを開くと何も書かれていなかった。白紙の台本だ。……と思ったら、徐々に文字が浮かび上がって来た。もしかして即興で台本を……。即興で小道具の一つ一つを作ってる? 私が興味を持った対象だけを作り込んでいるのか? じゃあ、あの本棚にある大量の台本や資料は……


「きゃ〜〜〜〜!! 本棚に興味持っちゃいや〜〜〜!! どうしても見たいなら時間をちょうだい!!」


 天美が涙目になるってことは、全部形だけで中身が無いってことなんだな。いやしかし……人の身としては、この具現化能力は十分凄いことなのだけどな。造物主としての……いや、表現者としてのプライドが許さないのか。凄いよそのこだわり。私も表現者の端くれなのだから、見習わなくちゃいけないけど、心が疲れると何も出来なくなっちゃうからなぁ…。

 

「オトっつぁ~ん! オトっつぁんどこだ~~~!!」


 私を捜す女の子の声が聞こえる。ハナナちゃんだ。どうやら窓の外からのようだ。私は畳みの部室に上がろうと上履きを脱…………えっ!? 上履き?

 私は今朝から、靴屋のククルリさんから譲ってもらった木靴を履いていた。だけど今は何故か、学校で使う上履きを履いている。もしやと思い、自分の着ている服をチェックすると、ズボンも上着も黒一色に変化している。これはどう見ても学ランだ。思い出補正も相まって馴染む服装ではあるのだが、流石に40越えてから着るのは恥ずかしいな。


「えっへっへ~♪ いいでしょう♪ 同じ学校の制服だよ~♪」


 どうやらハジマリサマは学園物をご所望のようだ。日本では王道過ぎてありきたりだけど…。確かにギリシャ神話の女神様には斬新なジャンルかもしれないな。

 それにしても、私の年で学ランを着るとなると、一体何年留年してることになるんだ? 25年くらいか? まいったね。これじゃあ『マカロニほうれん荘』のきんどーさんだよ。


「オトっつぁんどこだって聞いてんだよ~~~!! 返事しろや~~~~!!!!」


 おお、いかんいかん。ハナナちゃんが私を捜してるんだった。上履きを脱ぐと部室に上がり、私は窓から外を見る。外には見覚えのある光景が広がっていた。懐かしの我が母校だ。


「外はオトジ君の記憶そのままに再現してみたんだけど、どうかな?」

「懐かしすぎて泣きそう」


 嘘くさい演劇部の部室とは違い、外の景色には凄まじいまでのリアリティがあった。引用元が妄想と現実では、これほどまでに違うのかと感心してしまう。感嘆しながら見下ろすと、天美と同じセーラー服を着た女子高生がいた。ボーイッシュながら長いポニーテールの、健康優良女子高生だった。新一年生のように初々しい感じがする。

 私は窓を開けると、彼女に声を掛けた。


「おーい、ハナナちゃ~ん! こっちだこっち!」

「あ~~~~~~~~!!!! オトっつぁん、みつけた~~~~~~!!」


 振り返ったハナナちゃんは、購買部で買ったお総菜パンを両手一杯に抱えていた。花より団子な食いしん坊設定かっ! 確かにハナナちゃんらしいキャラ付けではある。


「すぐに2人を連れてくるからな~~!!! オトっつぁんはそこで待ってろよ~~!」


 ハナナちゃんはそう言うと、お総菜パンを抱えたまま、あっという間に走り去ってしまった。すごいな今の走り。超高校生級か? 陸上部の顧問が見たら放って置かないぞ。

 それにしても、私だけでなくハナナちゃんの武具までセーラー服に変わっているとは。もしかして他の2人も? いや、台本に全員の名前があった以上、全員学生服に替えられてるに決まってるか。


 このハジマリサマが作りだした世界…。懐かしい景色を見るのは夢の世界のようであり、五感から伝わる感覚は現実世界のようであり、ところところで現れるバグのような現象は仮想世界のようでもある。つまりもう、何が何だかわけが分からないってことだ。急に不安になって来た。私は元の世界に帰ることが出来るのだろうか。


「大丈夫だよ。ちゃんと帰してあげるから。オトジ君が望む世界に帰してあげる。夢の世界でも、仮想世界でも、現実世界でも、好きな世界に帰してあげる。ガングワルドは専門外だからワタシには無理だけど、それ以外ならどこにでも帰してあげる。『ハジマリ契り』が終わったら……ね♪」

「えっ! 『ハジマリ契り』って、もう始まってるの!? まさか今やってるこの茶番が『ハジマリ契り』?」

「今やっている事は、ただの戯れ、ただの茶番だよ。重要なのは、ワタシとオトジ君が立場を越えて対等の関係になること。それ自体が『ハジマリ契り』なの。茶番や戯れは、そのためのきっかけ作りね」

「対等の関係? それって、つまり……」

「そう! トモダチンコよっ!」

「ごら〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!! 女の子がそんな下品なこと言っちゃダメッ!!!」

「も〜、カタいこと言わないでよ〜♪ ワタシだって子供じゃないんだし」

「あのな! 弁財天美は女子高生で! クラス委員長で! クラスのアイドルで! 私の幼なじみって設定なのっ! 設定崩壊だけはお父さん、絶対許しませんからねっ!!」

「ハッ!! ご、ごめんなさいオトジ君。キャラ付けを自ら否定するなんて、創作キャラとしてあるまじき行為だわっ! ワタシってばなんてことをっ」

「……などという、くだらない会話が出来るような関係になれと?」

「そうそう♪ そんな感じ、そんな感じ♪ オトジ君がより親しくなってくれると、その分『ハジマリ契り』も早く終わるから、よろしくね♪」


 年を食ってからそういう友人関係を築くのって、結構大変なんだけど…まあ頑張ってみるか。早く帰りたいしな。

 そうさ。今の私には帰る場所がある。幸せすぎて夢か現か幻か判断が付かないけど、帰るべき場所が。

 管理人さん、なるべく早くボルゴ荘に帰ります。リナリアちゃん、お土産楽しみにしてるんだぜっ!

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