4-27 女神の戯れ
「妖魔はね、生殖能力が無い代わりに、個々が様々な経験を積むことで、様々な姿に進化するんだよ。オトジ君、知ってた?」
「さわりだけなら、ヂマリちゃんから聞きましたけど…」
「大半の子達は強さを求めるあまり、怪物めいた形へと進化していくのだけど、希に別の姿を手に入れる子もいるの。例えばヂマリちゃんがそう。
ヂマリちゃんが進化の過程でヒトの形を得たのはね、感性が人間に近かったから。愛らしい女の子の姿になったのは、心根が優しかったから。だけど、ヂマリちゃんは人間に近づきすぎちゃったんだよね。そのせいで、とても傷つきやすい、繊細な子になってしまったの」
繊細か…。確かに、私にはヂマリちゃんがか弱い女の子のようにしか見えなかった。何故かエンジャ氏は怖がってたみたいだけど。
「ヂマリちゃんがヒト形になって間もない頃、人間の女の子と親しくなったの。2人はとても仲の良い腹心の友になったわ。でもね、ヂマリちゃんの何気ない一言が女の子を傷つけてしまい、2人は喧嘩別れしてしまった。自分が間違っていたと気付いて、謝ろうとした時は手遅れだった。女の子は死んでいたの。それがトラウマになっちゃったのね。ヂマリちゃんは大切な人を傷つけることを、極端に恐れるようになってしまったの」
そうか。それであんなことに……。
「それでその……、女の子の死因は、何だったのですか?」
「老衰」
「は?」
「だから老衰だってば。女の子はおばあちゃんになるまで生きて、天寿を全うしたの。享年75歳。幸せな人生とは言えなかったみたいだけど、当時の人間としてはかなりの長寿だね」
「え~~~~~~~」
「いやいや、オトジ君。これは決して笑い事ではないのだよっ。当時のヂマリちゃんは、人間の寿命がそんなに短いとは知らなかったからね。
知っていれば喧嘩別れなんてしなかったのに。知っていればずっと側にいたのに。知っていれば! 嗚呼、知っていれば!! クヨクヨ、クヨクヨ。メソメソ、メソメソ。エトセトラ、エトセトラ。
ヂマリちゃんが心を読む能力を身に付けたのも、そんな後悔がきっかけだったわけですよ。ところが今回は、知ったことが裏目に出ちゃった。余計なことを知ったせいで余計なことを口走って、オトジ君のトラウマを呼び起こしちゃった。そりゃあもう、ヂマリちゃんにしてみれば悪夢の再来ですよ。おまけにヂマリちゃんは記憶力がずば抜けているからね~。過去に犯した過ちが脳内で繰り返しリピートされて、決して逃れられないわけです」
「そりゃあ……地獄の苦しみですね」
「ヂマリちゃんの苦しみを分かってくれるなんて、さっすがはトラウマ大王だね♪」
そんなこと可愛い笑顔で言われても、ぜんっぜん嬉しくないんですが。などという私の思いを知ってか知らずか……いや、私の心の叫びは聞こえてるはずだから、すっとぼけてるだけだな……弁財天美は、ヂマリちゃんの頭を優しく撫でながら話を続ける。
「本来は妖魔に睡眠なんて必要無いんだけどね。でも、心を落ち着かせるにはこれが一番だから。ま、治療みたいなものかな」
ヂマリちゃんは今、地べたに座る弁財天美の膝を枕にして、泣き疲れたように眠っていた。実際には泣き疲れたわけではなく、天美が強制的に眠らせたのだ。
それにしても不思議な絵づらである。異形で人外な巫女姫様を、昭和なセーラー服を着た日本の女子高生が、膝枕しているのだ。何より天美の昭和セーラー服の自己主張が激しくて、異世界にいることに現実味が感じられないのだ。
実はヂマリちゃんはハジマリ神殿の巫女姫ではなく、お芝居で巫女姫役を演じる演劇部部員ではないか?
その巫女服や杖も、次のお芝居のために用意した衣装や小道具じゃないか?
部活中に何かやらかして、部長か顧問の先生にこっぴどく叱られて、大泣きしてたんじゃないか?
部活の先輩の弁財天美に慰めてもらっているうちに、泣きつかれて眠ってしまったのではないか?
「あ~♪ イイネ、イイネ♪ それ採用っ♪」
弁財天美が嬉しそうに微笑むと、突然ダンスホールが歪み始める。
あ、あれ? 目の焦点が合わなくなった? 両目をこすって改めて見直すが、歪みは酷くなるばかりだ。だけど不思議なことにヂマリちゃんと弁財天美にはちゃんと焦点が合っていた。そして周囲が真っ白になったかと思うと、再びぼやけた風景が戻ってくる。だけど焦点が定まってくるうちに、さっきとは別の風景が現れてきた。さっきまでいたのはダンスホールだったのに、今は八畳くらいの畳部屋にいる。入り口側には書き割りの草木が重ねて置かれており、右壁にはいくつもの衣装を掛けたハンガーラックが、左壁には台本や資料本が並べられた本棚がある。手前にはちゃぶ台があり、開いた台本が置かれている。その側に天美が座っており、膝枕されたヂマリちゃんは先ほどと同じポーズのまま、泣き疲れて眠っていた。
もしかして演劇部の部室か? だけどこれは………
「なんと言いますか、リアリティがないですね」
「あははは♪ やっぱり? オトジ君の記憶を頼りに精一杯作ってみたんだけどなぁ。現実に存在しないものを形にするのって難しいなぁ」
そもそも私が卒業した学校に、演劇部なんてない。だから私には、演劇部なんて想像するしかない。僅かな知識を頼りに無理矢理作り出せば、現実感や生活感のない、テレビドラマのセットのようになってしまうのも道理である。
だけど弁財天美には、現実感というか、存在感というべきか、『そこにいる』という生々しさがあった。私の黒歴史であるアイコラ写真が元だとはとても思えない。
「えっへっへ~~~♪ そうでしょそうでしょ♪ この身体を実体化させるのには、ホント苦労したんだから~~♪ オトジ君の思い出補正に匹敵する造型になるまで、三回も作り直したんだからねっ♪」
なるほど。なかなか現れなかったのは、そんなことに労力を使っていたからか。……いや、確かに、アイコラ写真をただ再現しただけでは、ここまで魅力的にはならないはず。
「イイヨイイヨ~♪ もっとワタシの造形美をもっと賞賛してちょうだい~♪」
はーん、なるほどー。褒め言葉以外の心の言葉は、聞く耳ナッシングってことですかそうですか。あ、目を逸らしやがった。なんてアバウトな女神様なんだ。まるで畏敬の念を抱けないぞ。親近感は感じまくりだけど。
「そ、こ、が、ね、ら、い、よ、カミサマン~♪」
「歌うな歌うな!!」
妖魔達の神にして大いなる母であるハジマリサマ。その正体は大地の女神ガイア。つまり、地球そのもの。
一体どう接すればよいのか、途方に暮れていたけど、何となく分かってきたぞ。
私の妄想キャラクター『弁財天美』を再現しているのだから、私の作った設定を活かせってことなのだ。
すなわち、幼なじみとして接しろと。
…………………。
いやしかし、推定年齢46億歳の幼なじみって……。冷静に考えてみたら、色んな意味で……キツイ。
と思ったその瞬間、笑顔の天美に、ちゃぶ台に置かれていた台本を投げつけられた。
てっきり無視されるかと思ったのに、年齢の話題はNGのようだ。
女神様ってのは、いくつになっても恋する乙女なのね。




