4-26 トラウマ
「大丈夫、大丈夫だよヂマリちゃん。片膝を付いただけだからさ。別に戦士じゃないから恥ずかしいことじゃないし…」
「………」
「むしろカッコイイポーズだからっ! ハリウッドのアメコミ映画でよく見かける、スーパーヒーロー着地と同じポーズだからっ!」
「………」
「だからさ、だから、そんなに気に止む必要なんて無いんだよっ!」
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
なんだか妙な事になってしまった。
ヂマリちゃんの何気ない一言がトラウマの琴線に触れてしまい、私は意識を失うほどの精神的負荷を受けたわけだが、意識を手放したのはほんの一瞬だ。多分長くても1秒くらいだろう。倒れそうになった途端に我に返ったので、片膝と片手を地に付けただけで身体を支えることはできた。
とはいえ、このままではヂマリちゃんが心配するだろうと思い、「自分は大丈夫」アピールをしようとヂマリちゃんを見ると、ヂマリちゃんの方が大変なことになっていた。両膝を付いてしゃがみ込み、泣き崩れてしまったのだ。どうやら私を傷つけてしまったことがショックだったらしい。
それ以来、どんなに慰めても、どんなに励ましても、ヂマリちゃんは「ごめんなさい」を繰り返すばかりだった。
そもそも、私が平然を装い笑顔を作っても無意味なのだ。心が読めるヂマリちゃんには全てお見通しなのだから。無理して笑っていることが、余計にヂマリちゃんを苦しませていた。やることなすこと全部裏目だよ。
あっ! そうだ、エンジャ氏なら! エンジャ氏ならきっと何とかしてくれる! 私なんかよりはるかに女性の扱いに長けているエンジャニキならきっとっ!!
そう思ってエンジャ氏にアイコンタクトで助けを斯うと、両手でバッテンを作り「無〜理〜!」と返されてしまった。あくまでハナナ&ナリザというコマッタチャン2人を抑えるので精一杯…という建前を貫くつもりのようだ。
ちくしょ〜め! ニキなんか絶対息子として認知してやらないんだからねっ!
後でエンジャ氏から弁解を聞かされるのだが、精神不安定な状態のヂマリちゃんにだけは絶対近づきたくなかったそうだ。実は巫女姫は、ハジマリ神殿を護る守護者達の長でもあり、とてつもなく強いのだ。人だろうと妖魔だろうと神だろうと、ハジマリサマを支配しようと目論む者を、巫女姫はことごとく退けてきた。敵対勢力からすれば、ラスボスのような存在である。そしてヂマリちゃんの強さは、歴代の巫女姫の中でもトップクラス。私のように気に入られた者ならともかく、そうでない者が精神不安定な状態のヂマリちゃんに近づいて、苛立ち紛れにぶっ殺されてはたまらない!…のだとか。
私にはおおよそ信じがたい話だが、エンジャ氏にとっては、ヂマリちゃんはそのように恐ろしい存在らしい。誰だって死にたくはないものな。しょうがない……。
いや、しょうがないじゃねーよ! 何とかしなくちゃ、このままじゃヂマリちゃんが可哀想だよ! でもどうすりゃいいんだよ! 私が頑張っても、やることなすこと全部裏目じゃんかよ!
嗚呼、今なら理解できるよ犬のおまわりさん! 困ってしまったあんたもこんな気持ちだったんだな? 私もワンワン泣きたいよっ! 助けて女神様っ!
すると突然、背後から歌声が響いた。大人とも子供とも言えない女性の声だった。
「ゆ〜ちゃろ♪ こ〜ちゃろ♪ せ〜んせーに言うちゃ〜ろ〜♪」
な、なにぃぃぃ!!
小学生時代を思い出させる懐かしいこの歌はっ!!
くっ! この私をノスタルジックな想いにふけさせるとはっ! 何やつっ!
「ちわーっす,三河屋でーす。じゃなくて……お待たせ〜♪ 女神様降臨ですよ〜♪」
振り返ると、そこには女神とは似つかわしくない服装の少女が立っていた。ぶっちゃけると昭和を連想させるスカート丈のセーラー服を着た美少女だった。いや、地方の学校なら同じくらいのスカート丈はありそうだけど、とにかく昭和臭溢れる美少女が、微笑みながらそこにいた。
「いや、まさか……。そんな……。天美ちゃん?」
「そうだよオトジ君♪ 弁財天美だよ♪」
そんな馬鹿な! ありえない! これは現実ではない? 夢の続きなのか? もしかして私はずっと眠り続けている?
湧き上がる数々の疑念。答えを知りたいという欲求。しかし天美はそんな私を手で制する。
「オトジ君ごめんね〜♪ 疑念に応えたいのは山々なんだけどさ、今はヂマリちゃんが最優先だから」
「え? あ、そ、そうだな。うん……」
私は黙って見守ることにする。弁財天美はヂマリちゃんの側に歩み寄ると、側にしゃがみ、優しく抱きしめる。
「ヂマリちゃん。ヂマリちゃんは何にも悪くないんだよ。だからもう泣かないで」
「……で、でもお母サマ、ワタクシ、お父サマの優しい心を傷つけてしまいました」
「そりゃあね、確かにオトジ君はトラウマの固まりだよ。だけどね、普段のオトジ君はそこまでナイーブじゃないの。今はオトジ君の記憶を読みやすくするために、脳を活性化させているから。オトジ君が過敏に反応してしまったのはそのせい。だから、悪いとすればワタシだよ。絶対ジマリちゃんのせいじゃない」
え〜。ええっと……天美さん? 今さりげなく、とんでもないことを口にしませんでしたか? 記憶を読みやすくする? 脳を活性化? でもって、ヂマリちゃんのお母さん!!
つまり……弁財天美の姿をした彼女こそが……ハジマリサマ!?
すると笑顔の彼女は私を見てこう言った。
「ねえねえオトジ君。萌え四コマ漫画で『お母サマは女子高生』ってどうかな? アニメ化決定?」
そのボケに、私は一体どんなツッコミを入れればいいのだろう……。




