4-21 一生懸命
「お、雄斗次郎サマ! どうか落ち着いて! 落ち着いてくださいまし!」
私の両手をギュッと握り、懸命に落ち着かせようとするヂマリさんを見ていると、不安や恐れがどこかへ行ってしまう。ああ、一生懸命な女の子って良いよねぇ。
「ありがとう。おかげで落ち着きました。もう大丈夫です」
「よかったです」
「不思議ですね。ヂマリさんを見ていると、癒されるというか、和やかな気持ちになります。もしかしてヂマリさんには人を和ませる特別な能力があるのですか?」
「は? い、いえ、そのような力は持ち合わせておりませんが。和やかな気持ちになるだなんて……。そのようなことを言われたのは、生まれて初めてです。地上ビトは決して口でも行動でも示しませんが、彼らがワタクシを見る目は常に、憎悪と悪意で満ち溢れておりますから…」
それは酷い話だけど、私はオトギワルドに来て日が浅いから、実感が湧かないだけなのだろう。
どんなに素敵な女の子でもヂマリさんは妖魔。そしてオトギワルドの人々は、何度となく妖魔軍の侵攻に苦しめられてきた。恐怖や嫌悪感を覚えたとしても、それは仕方の無いことなのだ。悲しいなぁ…
「特殊だとすれば、それはワタクシではなく、雄斗次郎サマではないでしょうか?」
「えっ!? それってつまり、私は相手が可愛い女の子なら誰でもオッケーな節操無しって事ですか?」
「トンデモありません! 節操無しだなんて! ワタクシには雄斗次郎サマが、己の信じる主義主張を貫き通す、信念の固まりのようなお方と確信しておりますよ」
「な、なんだかもの凄い持ち上げようですけど、ヂマリさんの言うところの私の信念って一体何なんです?」
「それはもちろん『女の子大好き♪ DV男は死ね!』です」
「い、いや、それって信念なんでしょうか?」
「つまり『弱きを助け、強きを挫く』という事じゃないですか。底抜けにお人好しな感じで良いと思いますよ♪」
これは褒めているのか? けなしているのか? 少なくともジョークを言っているような感じではないが…
ああ、異文化コミュニケーションって難しい。
そこで突然、ヂマリさんがブツブツと独り言を始めた。聞いたことのない言語で何を呟いているかは分からない。しかし呟きながら何度も小さくうなずいているところから察するに、無線かテレパシーで指令を受けているようだった。
「雄斗次郎サマ、申し訳ございません。どうやらハジマリサマがお出ましになるまで、今少しかかるようです」
「女の子はおめかしに時間がかかるってヤツですか」
「そのように受け止めてくださって結構です。
せっかくですので、今のうちに懸念材料を検証して、雄斗次郎サマの不安要素を軽減したいと存じますが、いかがでしょう? お話しいただけますでしょうか?」
「その前に一つお願いがあるのですが……」
「はい。なんでしょう?」
「そろそろ手を離していただけませんでしょうか。リュックを下ろしたいですし、背中がかゆくなっちゃいまして…」
「逃げません?」
「逃げ場がないのは承知していますから、パニックさえ起こさなければ……」
「それでは片手で手を打ちましょう」
「ははは…助かります」
私達はダンスホールの中央から、 右端のバイキングコーナーへと向かう。そこには壁沿いに椅子が並べられているのだ。私は背負っていたリュックを椅子に下ろすと、その右隣の椅子にヨッコラセと座る。ヂマリさんは更に右隣の椅子にチョコンと座り、私の右手を両手でしっかり掴んだ。何ごとにも一生懸命なところがヂマリさんの魅力かな。
「ひとまずの心配事は……『ハジマリ契り』の正式な参加者達から、恨みを買ったのではないかってとこですか。何しろ私は正式な参加資格すら無かったわけですし」
「なるほど、恨みですか。それなら確かに買いましたね♪」
「え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!?」
「参加者の半数くらいでしょうか。ワタクシも八つ当たりされちゃいましたよ♪
ですけど心配はご無用です。
もし、ハジマリサマの加護がある者に危害を加えれば、その一族ごと参加資格を失います。永遠に。
もし、悪質な犯罪に及んだ場合は、犯罪に関わった者全員を祟り、一族ごと滅ぼします。ハジマリサマはご自分の子孫なら、どんなに醜い怪物でも愛します。ですが、地上ビトは神々の造形物。ハジマリサマの血族ではありません。情けをかける道理がありませんから、女子供でも容赦なく殺しますよ。
もし、誰かを雇って犯行に及んだとしても、その記憶は大地に刻まれますから、必ず依頼人を突き止めます。『大地の記憶』を消し去ることは決して出来ませんからね。
もし、雄斗次郎サマの命が狙われたとしても、心配はご無用です。ハジマリサマは加護を当たれた者を決して見捨てません。必ず護ってくださいますよ♪」
なるほど、ハジマリサマはとても怖い女神様なのね。超絶理解しました。
泣いて……いいですか?
「世界の全てを知る権利…。そんなものもらっても手に余るんですが、私にどうしろと?」
「権利は義務でも責任でもありませんから、強制はいたしません。権利を行使するも、放棄するも、雄斗次郎サマの自由です。ただ、権利を行使してただいた方が、ハジマリサマはお喜びになります。雄斗次郎サマのお役に立てることは、ハジマリサマにとって喜びなのですから」
あれ? ハジマリサマってめっちゃ怖そうなんけど、私にはデレるってこと? ヤンデレなの?
「『大地の記憶』を活用するにしても、一体どんなことに活かせば良いんですか?」
「それこそ雄斗次郎サマの知りたいことを、自由に検索していただけましたら良いかと。
それともジャンル的な問題ではなく、モラル的な問題でお悩みでしょうか? それでしたら何の問題もありません。人助けのために使うも、悪事を働くために使うも、私利私欲のために使うも、雄斗次郎サマの自由です。ハジマリサマは雄斗次郎サマのお考えを最大限に尊重いたしますから、どうぞお好きなように活用してください」
いわゆる、神にも悪魔にもなれるってヤツですか。若くて才能溢れる野心家が手にしたら「オレは新世界の神になる」とか言っちゃうんだろうなぁ。あ〜、怖い怖い。
ハジマリサマも「ニンゲンってオモシレッ♪」とか言っちゃいそうだ。
「『大地の記憶』という凄まじい情報を、赤の他人である地上ビトに、タダで与えるわけ無いですよね。私は何を代償として支払うのですか? もしかして魂ですか?」
「はあ、魂ですか。地上ビトの魂にどれほどの価値があるのかワタクシは存じませんが……。ハジマリサマがあ望む物は魂よりも重要だと思いますよ」
「それは一体……」
「加護する対象……つまり今回は雄斗次郎サマ。貴方の全てを覗き見する権利です」
「は!?」
「喜び、怒り、悲しみ、楽しみ、苦悩、希望、絶望、閃き、知性、感性、そしてリビドー!
人間のありとあらゆる心の揺らぎを共有し、学習したい。それがハジマリサマのお望みなのです」
「リ、リビドーは堪忍してつかーさい!」
「何を仰いますかっ! 欲望的な感情はハジマリサマにとって一番の大御馳走なんですよ!」
そりゃそうだよなぁ。ギリシャ神話の女神様だもんなぁ。
ふええええ、は、はずかしいよう。
「ハジマリサマは、何のために人間を学んでいるんですか?」
「それは……その件はワタクシからは差し控えさせていただきます。ハジマリサマのプライバシーに関わることですので……」
「プ、プライバシー??」
そりゃまあ、神さま達にだってプライバシーの百や二百あるだろうけど、人を学ぶこととどう関係するんだ?
……気になる。
「あとは……ああ、そうだ。私の連れは今どこにいるんでしょう? 神殿に来てから一度も会っていないのですけど」
「エンジャ殿が連れている2人の娘の事ですか? それでしたら扉のすぐそこまで来ていますよ」
すると大きな扉がギィィと開き、聞き覚えのある騒々しい声が聞こえてきた。
「なんじゃこりゃ〜、ダンスホールじゃん! エンジャニキよぉ、なんで神殿にこんな部屋があるのさ?」
「知らねーよ。宗教儀式で歌ったり踊ったりするためなんじゃね?」
「ハ、ハナナさん、辺り構わず開けるのは止めましょうよ〜!」
「ははっ、なんだよナリザ、ビビってんの? らしくねーな♪」
「言ったるなハナ坊。ナリザにしてみれば異教の神殿は敵地なんだよ。ビビってとうぜ……ん?」
「早くお父さん探して帰りましょうよぉ……お?」
「あ〜〜〜〜〜〜!!! オトっつぁん!!」
なんだかとても懐かしい、元エンジャーズのお三方であった。




