4-20 大地の記憶
「雄斗次郎サマは記憶がどこに蓄えられているか、ご存じですか?」
唐突な問いかけである。
「記憶…。記憶ですか。普通に考えれば、脳の中ですよね。あとは外部記憶装置。コンピューター…はこの世界にはありませんから…。そうなると、書物ですね。ノートや本。図書館は人類の記憶や知識の宝庫と言えるでしょう」
「なるほど、図書館ですか。確かに書物は知的生命体が産み出した素晴らしい記憶装置ですね。書物に書き残せば、人の命は短くとも、その記憶は未来永劫残り続けます。ですが、その記憶を読み解くには、書物に書かれた言語を理解していなければなりません」
「確かにそうですね。古代遺跡の石版に刻まれた文字を読むには、古代文明で使われていた言語を理解する必要があります。オトギワルドには現在の書物すら読めない子もいますし…」
「実はですね、雄斗次郎サマ。記憶を蓄えているのは脳髄や書物だけではないのですよ。この世に存在する全ての物質が、それぞれ記憶を蓄えているのです」
「……すみませんヂマリさん。仰ることがよく分かりません。物質の全てということは、例えば、空や山や海にも記憶があるって事ですか? 道ばたに転がっている小石すらも記憶を蓄えているということですか?」
「その通りです♪ これをワタクシ達は《大地の記憶》と呼んでいます」
そう言うと、ヂマリさんが微笑んだ。うん、かわいい。
「……そんなこと言われましても、小石は話してくれませんし、読むことも出来ませんよ?」
「それは単に、記憶を引き出す方法を知らないだけです。言語を知らなければ書物が読めないのと同じで、読み解く方法が分からなければ、記憶を引き出すことは出来ません」
読み解く方法か…。確かに天気予報士なら雲の状態から天気を読み解くわけだし、地質学者なら断層を読み解いて太古の地球の姿に思いを巡らせる事も出来る。いずれも専門知識が必要だが、道を究めれば人の身でも習得可能だろう。
「いえ、その程度の事ではありません」
人類の叡智があっさり否定された~~~!! いやまあ確かに、神様の前では無力ですけども。
「小石から引き出せる記憶なんて微々たるものです。しかし、世界中に転がっている小石の記憶を合わせればどうでしょう? 小石だけでなく、岩や、山。星そのものの記憶を全て合わせれば? それがワタクシの言う《大地の記憶》です」
大地の記憶。星の記憶。地球の記憶。ガイアの記憶。……つまり、ハジマリサマの記憶か!?
「はい。ハジマリサマは《大地の記憶》を読み解くことが出来る唯一無二のお方です。ハジマリサマの記憶と解釈されてもさし支えないと思いますよ。
これが何を意味するのか。察しの良い雄斗次郎サマなら、理解できるのではないでしょうか?」
そう言うとヂマリさんは、期待を込めた瞳で私をじっと見つめる。
もしかして私、過大評価されてます?
「ちょ〜っと、考えさせてくださいね。う〜ん、う〜ん…
はっ!
も、もしかして! ハジマリサマは過去、現在、未来の全てを知ることが出来るんですか!?」
「惜しいっ♪
ほぼ正解ですけれど、《大地の記憶》からは流石に未来は分かりませんね。未来は流動的ですもの。ですけど、過去と現在の記憶を分析することで、精度の高い未来予測をすることは可能ですよ。
ですが、ハジマリサマにとっては無意味な能力です。過去の記憶を分析したところで神王ゼウスには敵いませんし、高精度の未来予測も、予言という形で未来を確定させる、チート能力持ちの神がいて歯が立ちません。何よりハジマリサマご自身が面倒くさがりでして、興味の湧いた対象でないと分析しようなんて考えもしませんから」
ヂマリさんは大きくため息をついた。話の後半は説明と言うより愚痴に近い気がする。きっと巫女姫としての気苦労が絶えないのだろう。
「ですけど! ハジマリサマにとっては無意味な能力ですけど!
人にとってはどうでしょう?」
「人にとって…ですか?」
「人の身で《大地の記憶》に触れ得る事ができるとすれば! この世界の過去と現在を知り、未来予知が出来るとすれば、どうでしょう?」
「太古の地球を知る事が出来れば、恐竜好きにはたまらんでしょうなぁ。過去の歴史がより詳しく分かれば歴史研究家は大喜びですよ」
「それだけ、ですか?」
「え? いや、結構凄いことだと思うんですけど…。そ、そうですねぇ、現在の記憶ですと……、あっそうか! 遠く離れて暮らす家族の近況とか確かめられたりしますよね! これは助かりますわ♪」
「本当にそれだけ、ですか?」
「ええっ? これも違います? でしたら……あああっ! そうだ! そうですよ! 精度の高い未来予知が出来るなら、地震や津波の予知だって出来ますよね! 多くの命を救うことが出来ますよ!」
「う〜〜ん……それはまあ、ありかもしれませんが…」
これもヂマリさんの期待とは違うのか。じゃあ一体何が正解なんだろう?
「いえ、まあ、《大地の記憶》に触れ得た者が、それをどうしようと自由ですから、決して間違いではありませんけど……。大抵の地上ビトは違うことを考えるようですよ」
「と、言いますと?」
「情報による世界征服です」
「は?」
「ですから、《大地の記憶》から得た情報を利用して、世界の王になろうと目論む地上ビト多数、なんですよ」
情報で世界征服って正気か?
確かに有用な情報は金になるし、金では買えない取引にも活かせるだろう。スキャンダラスな情報なら、人を利用したり、陥れるのに役立つ。情報戦で翻弄すれば、最小限の軍勢でも戦争に勝てるかもしれない。だけどそれって、口八丁手八丁の詐欺師の手口じゃないか? よっぽど腹が据わってないと出来そうにない。少なくとも、私には無理だ。
「雄斗次郎サマは、世界を狙うおつもりは無いのですか? 地上ビトの世界では、一国一城の主を目指すのが殿方の生き様と聞きましたが…」
「やですよめんどくさい! 世界征服なんてしたら、色んな人から恨みを買いまくりじゃないですか! 疲れちゃうんですよ、心が!」
「は、はあ……。そう……ですね。そうかもしれませんね…。無闇に恨まれると、疲れちゃいますよね」
何か思い当たる節でもあるのか、ヂマリさんは寂しそうに微笑んだ。
「雄斗次郎サマ、前置きが長くなってしまい申し訳ありませんでした。《大地の記憶》が地上ビトにとり、いかに有益か、いかに欲する者が多いか、ご理解いただけましたでしょうか?」
「まあ大体は」
「それでは先に進めさせていただきます。
本日は百年に一度開催されます『ハジマリ契り』の日。ハジマリサマとの契りを結ぶ殿方を選ぶ大切な日です。契りを結んだ殿方には、ハジマリサマの加護が与えられます。すなわち《大地の記憶》に触れ得る権利を得るのです。
『ハジマリ契り』に参加する条件はただひとつ。期間中に《ハジマリ》の神殿に辿り着くこと。ただし、神殿の入り口は全て世界中の妖魔窟の最深部にあるため、ラスボスを倒す腕があるか、腕の立つ用心棒を雇うだけの財力が必要です。
神殿に辿り着いた参加者は、この『契りの間』に集められ、開催を待ちます。
参加人数に制限はないのですが、毎回百人未満で落ち着きます。どうやらこれまでの参加者が、余計なライバルを増やさないため、情報に制限をかけているようですね。ハジマリサマも「参加者が前回の子孫ばかりで変わり映えがしない」と嘆いておられました。
王座に姫君が現れれば『ハジマリ契り』が始まります。参加者の誰もが王座の姫君を見て驚くことでしょう。その姿は記憶の中で輝き続ける初恋の人そのものですから。
実は、姫君の正体はハジマリサマの分身です。この時点では姿は定まっておらず、参加者一人一人で見える姿が違います。参加者一人一人の心を読み、参加者一人一人の瞳に干渉して、一人一人にとっての大切な思い出の人のふりをするのです。思い出の人が他の男と楽しそうに踊っている姿は、さぞかし腹立たしいことでしょう。過去には殺し合いに発展したこともあったとか。
姫君姿のハジマリサマは、参加者とダンスに興じながら心を読み、じっくり品定めをします。相手を気に入れば『ハジマリ契り』はそこで終了。気に入らなければ別の参加者とのダンスに興じます。もし全員と踊り、気に入った相手が見つけられなければ、一番最後に踊った参加者で妥協します。
…ここまでが『ハジマリ契り』の大まかな流れですが、ご理解いただけましたでしょうか?」
「はあ、まあ大体は……
ところでヂマリさん、参加者は男限定なんですか?」
「別に女性でも問題無いはずなのですが、ハジマリ様の好みの問題だそうでして。性別の概念がないワタクシには理解不能です」
「はあ、はあ、なるほど…」
私は改めてダンスホール『契りの間』を見渡した。
なるほど、立食パーティーのテーブルは、参加者のためだったか。それに楽団に、姫君が座る王座…か。
「それでその……ヂマリさん、参加者はいつ到着するので?」
「はい?」
「いや、ですから、今日が『ハジマリ契り』の日なんですよね? 何時頃から開催されるんですか?」
「もう終了しましたよ」
「なんだ、そうだったんですか。それで参加者が誰も残ってないんですね。最初に踊った参加者に一目惚れって感じだったんですか?」
「……そうですね。一目惚れだったみたいです。ただ、『ハジマリ契り』が始まる前に終了してしまいまして…」
「えっ!?」
「参加者の皆さん、それはもう怒り心頭で、ワタクシは平謝りするしか無くて…、ただただ辛かったです」
「一体どういうことです? 何があったんです?」
「…………まだ分かりませんか? それとも、分かりたくないのですか?」
「え? ええ?」
「神殿にすら辿り着いていない方を選ぶなんて、これまで前例の無いことですけれど、ハジマリサマのお望みとあらば、ワタクシ共は従うしかなく、ナノミノノ妖魔窟を閉鎖した次第です。つまり…」
「つ、つ、つまり?」
「おめでとうございます♪
雄斗次郎サマは見事、ハジマリサマと契りを結ぶことと相成りました♪ ちなみに拒否権はありません♪」
「ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
私の叫び声がダンスホールに虚しく響く。この先、どう考えても波乱の人生しか見えないよ! 大いなる力には大いなる責任が伴っちゃうよ! ヤバい。メンタルが保たない! 救いは、救いはないんですかっ!
オトギ生活。完。次回からはハラハラドキドキのオトギ活劇が始まってしまう……のか?




