4-18 巫女姫ヂマリ 【8/24挿絵追加】
巫女姫ヂマリと名乗った少女は、何も言わずに私を見つめている。その瞳には陰りがあり、どこか悲しげだ。沈黙を続けているのは、私の言葉を待っているからだろうか。
ああ、そうか。挨拶には挨拶で返さないと失礼だよな。
「み、巫女姫様、この度は神殿にお招きいただき、ま、誠にありがとうございます」
「そのような心にも無い事、仰らずとも良いのですよ。大黒雄斗次郎サマ。ワタクシ、心と言葉のズレが酷いと頭痛がしてくるのです。どうぞ本心で語ってくださいしまし。」
「は、はぁ?」
「突然連れて来られて、迷惑しているでしょう」
「それはまあ…確かに」
「神殿で何をされるのかと、不安でしょうがないでしょう」
「その通りです…ね」
「そしてワタクシを見て、えっちな事を考えてらっしゃる」
「ファッ!! そ、そ、そんなことは無いです…よ?」
「これは失礼いたしました。ワタクシの勘違いでしたか。今し方、『巫女にしては露出度高くてエロ可愛いなぁ』と、言葉が走ったように感じましたが…」
「ごめんなさい!ウソでした!許してください!事案は勘弁してください!ロリコンじゃないです!」
私は驚くと共に焦った。彼女は人の心が読めるのだ。しかもなんと言うことだろう! 私の妄想がダダ洩れに伝わっている! これを焦らずして何をあせろと言うのか!
「大黒雄斗次郎サマ、どうかお気になさらずに。ワタクシはこの姿に進化して以来、地上ビトの殿方からは、いつもヨコシマな目つきで舐めるように見られ、吐き気を催す邪悪な妄想に何度もドン引きさせられてきました。それに比べましたら、貴方サマの妄想は、とても可愛らしいですよ♪」
「え〜っと、それって褒められてるんでしょうか?」
「ですから遠慮は無用です。お好きなだけ妄想してください♪」
「いや、え〜、は、はい」
「それで少しでも貴方サマのお慰みになるのであれば、ワタクシも救われますから……」
そう言って微笑む巫女姫様は、どこか悲しげだった。私の行く末を案じてのことなのだろうか…
「ああそうだ。巫女姫様、一つお願いがあるのです。私の名前ですが、苗字の大黒は付けず、ただ雄斗次郎と呼んでいただけませんでしょうか。名前が大黒天に似てるってだけなのに、七福神の関係者だと誤解されるのは凄く迷惑ですから」
「承りました雄斗次郎サマ。でしたらワタクシのことも、どうかヂマリと呼んでください」
「え~っと、でしたら……ヂマリたん♪」
「それは馴れ馴れしすぎますね」
「調子に乗ってサーセンシター!!!」
呼び捨てだと「さんを付けろよデコ助野郎!」って怒鳴られそうな気がしたので、結局『ヂマリさん』で落ち着いた。
「では改めて、雄斗次郎サマ。《ハジマリ》の神殿にご足労いただき、まことにありがとうございます。心から感謝いたします」
「あの…ヂマリさん。私を呼んだのは貴方ですか?」
「エンジャ殿にお迎えをお願いしたのはワタクシですが、貴方様をお呼びしたのはハジマリサマご自身です」
「その…ヂマリさん。ハジマリサマって神様なんですよね? 一体どのような神様なのですか?」
「一言で表すなら地母神ですね」
「地母神……ですか」
「そしてワタクシ共にとっては、実の母親でもあります」
「え? 実の母?」
そこで私はヂマリさんの顔や身体を、じっくりと見回した。それは断じて妄想のためではない。ヂマリさんから感じる違和感の正体を確かめるためだ。ヂマリさんもそれを待っていたようで、恥ずかしがることもなく、見られるままにしている。
ヂマリさんの柔肌は色白できめ細かい。だけどはたして、服に隠された部分も同じなのだろうか?
腰から伸びるワニ皮のような飾り、装飾品の一部かと思ったけど、尻尾のようにも見えるけど?
ツノの形をした髪飾りも、もしかしたら本物のツノじゃないのか?
「あ、あの、失礼を承知でお尋ねいたしますが……。もしかしてヂマリさんって、人外…なのですか?」
「それは確かに失礼ですね。雄斗次郎サマでなければ怒ってましたよ」
「す、すみません」
「ワタクシはご覧の通り人間です。ですが、地上ビトとは違います。何しろワタクシは、地上ビトが忌み嫌う存在。
妖魔ですから……」
ヂマリさんが、妖魔!?
にわかには信じがたいが、確かに辻褄は合う。この神殿にいるのは迷宮の主。妖魔窟の支配者なのだから。
驚く私に、ヂマリさんはニコリと微笑む。どうやら私は、期待通りの反応をしているようだ。
「いや、でも、妖魔って怪物のこと……ですよね? ですがヂマリさんは……え〜っと、とてもエロ可愛いくてらっしゃいます」
「ありがとうございます雄斗次郎サマ♪ そのように心と一致したお言葉は、とても心地よくい響きますよ♪
それはそれとしまして……。怪物は妖魔の一部に過ぎません。
雄斗次郎サマは哺乳類ですよね? では、人間だけが哺乳類でしょうか? 違います。鼠や豚、象や鯨もまた哺乳類ですよね。進化の過程で手に入れてきた、様々な姿です。
妖魔も同じです。おのおのが進化の過程で様々な姿を手に入れてきました。雄斗次郎サマや地上ビトを、仮に《哺乳人類》と呼ぶとします。その場合、ワタクシ達は《妖魔人類》となるわけですね。
《ハジマリ》の神殿は、進化によって人の姿と知性を手に入れた妖魔が集い、護っています。ワタクシもその一人。たまたま、地上ビトに受けの良い容姿に進化したので、巫女姫なる役職を与えられました。ですがまだまだ若輩者です」
「これも失礼な質問かと思いますが…ヂマリさんって、おいくつなんですか?」
「何を基準に年齢を定めればよいか悩んでしまいますね。地上ビトの使うグレゴリオ暦で換算するなら、ハジマリサマに産んでいただいたのが、大体五千年前。人の姿へ進化したのが約二千年前。巫女姫の職に就いたのが五百年ほど前になります。ですが見た目が見た目ですものね。ここは間を取って永遠の12歳ということでいかがでしょうか?」
予想外にユーモアセンスのあるお人でほっこりする。
しかし年齢事態は大した問題ではないんだ。もっと重要なことがある。
「これは私にとってすごく大事な質問ですが! ヂマリさんは女の子でいいんですよね!」
「えへへへ♪ どうなんでしょうね~♪ 外見上の特長で判断するのでしたら、紛れもなく女の子ですよ♪
………そんなに深刻な問題なのですか? 本当に面白い方ですね、雄斗次郎サマって♪ ハジマリサマが興味を持たれたのも分かるような気がしてきましたよ♪ フフフ…
厳密に申しますと、妖魔に性別は存在しません。ワタクシの知る限り、繁殖能力を身に付けた妖魔がおりませんから。何万年も生き続ければ、いずれは進化の過程で身に付ける者も現れるかもしれませんが、そこまで生き続けている妖魔なんて数えるほどしかおりませんし…
今現在、女性と呼べますのは、妖魔を産み続けているハジマリサマのみですね。もっとも、ハジマリサマは妖魔ではなく、神様ですが……」
ヂマリさんからは他にもいろいろ聞かされ、色々と衝撃を受けたが、長くなるので省略する。
だけど妖魔についてはかなり重要なので、情報を整理しよう。
妖魔の母は地母神であるハジマリサマのみ。ハジマリサマが単体で世界中に蔓延る妖魔を産み出している。
妖魔は生物から外れた、生命の別の可能性。マナを吸って物理的な身体を形成するので、捕食も排泄も繁殖も老化もしない。
妖魔の寿命は不明。誰かに倒されるか、マナが尽きない限り、永遠に生き続けられるのかもしれない。
妖魔は経験を積むことで、それぞれが独自に進化し、姿を変え、より強く、より賢くなってゆく。進化次第では恐ろしげな怪物にも、ヂマリさんのような萌え萌え美少女にもなる。
妖魔は倒されても、厳密な意味で死ではない。倒された妖魔の魂は、ただちにハジマリサマの元へと戻り、新たな肉体を得るからだ。これまでの経験を継承して生まれ替わるので、進化も早く、短期間で元の姿へ戻れるらしい。
これら妖魔の特長を私の知識に当てはめると、一つだけピッタリ符合するものがあって驚いた。
オンラインRPGだ!
妖魔は自分の分身キャラクター、アバターに喩えられる。経験値を貯めると進化という名のレベルアップ。その際にキャラメイクをして姿を変えられる。
妖魔に宿る魂は正にゲームプレイヤーだ。倒されて肉体が滅んでも経験値は継承、しかも新たな肉体ですぐに再スタートなんて、ゲームで何度も経験してきたことだ。
するとハジマリサマはゲームマスターもしくは運営。そして私達はノンプレイヤーキャラという訳か。
なんなのだこれは! 偶然の一致か? それとも知らぬうちにオンラインゲームの世界に入り込んでいたのか? オトギワルドは現実世界なのか仮想世界なのか。どうなってるんだ一体!
……いや、いやいや、落ち着け雄斗次郎。この世界は現実だ。ゲームのような仮想世界なら、私だって自分のアバターを作ってたはず。鏡を見る度に厳しい現実を突き付けられたりなんかはしない。
皮肉なものだな。情けなく太ったこの身体が、私にとって現実の証明になるとは。
「雄斗次郎サマ、雄斗次郎サマ、お心が乱れているようですが、大丈夫ですか?」
「すみませんヂマリさん。ご心配おかけしました。もう大丈夫です。最後に一つだけ確認しても良いですか?」
「何なりと」
「唯一神教の解釈なら、ハジマリサマは紛れもなく邪神です。そして地上ビトには妖魔を邪悪な存在と考える者も少なくありません。妖魔王の侵攻を何度も経験していますからね。妖魔を産むのがハジマリサマと知れば、妖魔を滅ぼすべく、神殺しを目論む輩も現れるのではありませんか?」
「そうさせないためのワタクシ達です。それに、ハジマリサマの正体を知る者なら、そのような大それた事など考えるはずがありません。何故なら………
ハジマリサマはこの世界そのものなのですから」
その一言で、私は気付いてしまった。ハジマリサマの正体に……
「ヂ、ヂ、ヂマリさん! それって、もしかして…ハジマリサマが生まれたのって約46億年前ってことですか!」
「そうですね……。大体それくらいだと思いますよ」
「カオスの中から生まれた最初の神様で、多くの神々や怪物を産んだ女神様ってことで間違いありませんか!」
「妖魔を産み始める前の事でしたら、正にその通りですよ」
「それってつまり、大地の女神ガイアって事じゃないですか!!」
「よくご存じですね♪ 確かにガイアは、ハジマリサマの昔の名前の一つでした。他にもテルースとか…」
「ぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「なっ、一体なんですか! お、落ち着いてください、雄斗次郎サマ!!」
ギリシャ神話における大地の女神ガイアは、ローマ神話ではテルースもしくはテラと呼ばれている。そしてラテン語のテラ(Terra)は英語ではアース(earth)のこと。
つまりハジマリサマとは、地球そのものだったのだ!!
なんてこったい…。私は地球に興味を持たれてしまっていたのか。
もう、トンデモナイ事になりすぎて、訳わかんね〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!




