4-13 第5階層
階段を下りると、15m×15mくらいの広間が現れた。広間と言えばボス部屋。それが妖魔窟の定番だが、ここは明らかにボス部屋とは違っていた。どこか生活臭がするのだ。
「ここはですね〜、ナノミノノ妖魔窟唯一の、安全地帯なんですよ〜♪」
「安全地帯? この広間では妖魔が襲ってこないんですか?」
「第5階層はですね〜、第5階層には雑魚妖魔が一切現れません〜♪ ラスボス妖魔しかいないんですよ〜♪ きっと第5階層全体が、ラスボスの縄張りなんでしょうね〜♪ ですけど〜、ラスボスは奥の部屋から出てきませんから〜」
「結果的に、この広間は安全地帯になったと」
「正確には、ラスボス部屋に続く通路までが全部安全地帯ですね〜♪ こういう場所のことを、冒険者は『オアシス』と呼んでます〜♪」
なるほどオアシスか。正に迷宮のオアシスだな。
フカフカのベッドこそ無いが、誰が持ち込んだかゴザが複数枚あるので、冷たい床に横たわらずに済む。野宿よりは快適に休めるだろう。
先に進めば通路の途中で地下水が染み出ている場所もあるので、飲み水も確保できる。
そしてなんと簡易トイレもある! 男女混合チームでも、恥ずかしい思いをせずに済みそうだ。
他の冒険者チームがいれば、情報交換や物品売買の交渉もできるだろう。噂によると、根性のある商人がここに店を出していた事もあったらしい。
だから第4階層でのバトルで疲弊したり、ラスボス討伐に挑む者達は、体力を回復させるためにこの広間で休息を取る。
逆に考えると、冒険者がここで回復することをラスボスが許しているということになる。心にあるのは余裕か慢心か。
冒険者達は万全の体制で挑まねば……いや、万全の体制でも倒せるかどうか分からない。ラスボスはそれほどまでに強いのだ。見事倒せば一気に知名度が上がるのも道理である。冒険者達は心して挑むべし。
「ところでさ、オトっつぁん。何でそんなに平気そうな顔してんの? 怖くないのかよ」
「そうだな……確かに怖くないよ。ナリザさんとハナナちゃんがいがみ合ってた時の方がよっぽど怖かった」
「わ、悪かったよ。いつものことだったからついやっちまったんだよ」
「ナリザも反省してま〜す♪」
あのいがみ合いが冒険者の日常なら、私に冒険者は無理だな。肉体的にダメージが無くても精神的にキツイ。それはもう、引き籠もりたくなるほどに。
「それにこの迷宮ナビに邪念が無いってのは、二人の一致した見解だろ? 私も同じ考えだからさ」
もちろん、邪念が無いから安全なんて事は決してない。チョウチョの羽を毟ったり、アリンコを踏みつぶす程度の大虐殺なら、天使の顔したお子様だってやりかねないわけだし。待ち受ける者の正体が邪神なら、もっとえげつない行為をさわやかな笑顔でやりきってしまうだろうな。
それでも、私は危険は無いように思えた。少なくとも、命を奪われるような危険は無いと。根拠はない。強いて言うなら『オッサンの感』ってやつか。そんなものが当てになるのか怪しいものだが。
「どのみち行くしかないんだし、覚悟を決めるしかないんじゃないかな」
「そりゃそうなんだけどさ。でもさ、シロウトのはずのオトっつぁんから、そんな言葉が出てくるから驚きなんだよ」
私が怖がらないのはもう一つ理由がある。オトギ生活を始めて約一ヶ月が過ぎたが、いまだにこの世界が夢か現実か、判断が付かずにいるのだ。
だってそうだろう?
街を歩けば、通りすがる女性はご高齢も含めて美人だらけ! 女の子は萌え萌え美少女だらけ!!
慢性的な男不足のせいで、特に何をしたでもないのに、どの子も私に好意を抱いてくる!
どこを見ても、簡単にオトせそうな、チョロそうな空気をかもし出したヒロインばかり!
そう! 野薔薇ノ王国はチョロインしかいない国!! チョロインの王国なのだ!!!
こんな世界がっ!! 現実にっ!! あり得るものか〜〜っ!!!!
これは夢だ。きっと夢に違いない。私は覚めない夢を見ているのだ。…などと日常的に考えているせいなのだろう。今回の呪いパニックも現実味を感じられずにいるのだ。
逆に、ナリザさんとハナナちゃんのいがみ合いが泣くほど辛かったのは、生々しい現実を突き付けられた気になったからだと思う。
私達が時計回りに一本道を進むと、途中から人工建造物が無くなり、天然の洞窟へと変わった。
洞窟の地面は人口建造物と比べると柔らかいので、道の端に穴を掘り、簡易トイレに溜まった糞尿を埋めているそうだ。そのおかげか妙な植物が、洞窟のあちこちに生えていた。光合成も出来ない暗闇なのに、よくも成長するものだと感心せずにはいられない。ど根性植物とでも命名すべきではないだろうか。
そのまま歩いて行くと、やがて開けた空間が現れる。ラスボス部屋だ。ただ広いだけでなく天井も高いから、飛行&浮遊能力がある者なら、立体的な戦闘も可能だ。
さて……。ここに人がいるはずだけど……。どこかな? そして誰だろう?
いざという時、すぐに後退できるよう、私達は入り口付近からラスボス部屋を見回す。目を凝らすが見つからない。しかし迷宮ナビには、入り口付近に私達三人。ラスボス部屋の中央に謎の一人と、ちゃんと表示されていた。必ずここにいるはずだ。これまでの人工的なボス部屋と違い、ここは天然の洞窟。岩やくぼみが随所にあるので、きっとどこかに隠れているのだろう。
仕方ない。もう少し入ってみるか。
私達は用心しながら5mほど進んでみる。すると突然、ラスボス部屋に声が響いた。
「よぉ! 遅かったじゃないか。待ちくたびれたぜ♪」
親しげに話しかけてきたのは若い男だった。誰だ? 少なくとも私は知らない。野薔薇ノ王国に来て知っている若者と言えば、アルビン氏と、バルカス一家のフランツ君くらいだが、どちらとも違う感じだった。
謎の青年は突然姿を現すと、こちらに歩み寄ってくる。恐らくこれまで見えなかったのは、岩場に座って待っていたからだろう。遠くで見えにくいが炎のように逆立った髪と、マントをしているのは分かる。冒険者だろうか?
冒険者なら、ハナナちゃんやナリザさんなら知っているかもしれない。そう思って振り返ると、後ろにいた二人は目を丸くして青年を見つめていた。知っている……のか?
すると、言葉を失っていたハナナちゃんが、声を振り絞ってこう言った。
「エンジャ…ニキ………
エンジャニキじゃねーか!」




