4-8 情けない仲裁 【8/21挿絵追加しました】
思えばネット掲示板での論争なんてかわいいものだ。どんなに汚い言葉で罵りあい、憎み合ったところで、殺し合いには発展しようがないのだから。まあ、怒りのあまりキーボードクラッシャーになるかもしれないけど。
普通の女の子同士であれば、直接相対していても、殺し合いに発展することはまずないだろう。
だけどこの二人は違う。かわいい顔をしていても、これまで冒険者として命のやりとりをしてきたのだ。殺ると決めたら必ず殺るだろう。それだけは何としてでも阻止しなければ! だけど止められるのか? ただの町人に過ぎない私に、この二人が止められるのか?
「ふ、二人とも、喧嘩は止めようよ!」
案の定二人とも、私の訴えなど聞く耳ナッシングである。煽り合いはヒートアップする一方で、取り付く島も無い。
しかもお互い女の子が使っちゃいけない言葉の応酬で、聞くに堪えない。世の変態紳士諸君の中には女の子にお下劣な言葉を言わせることに喜びを感じる者もいるだろうが、私には無理だ。キツイ。つらい、痛々しい。
とはいえ、何も書かないでは何も伝わらないので、しばし二人の会話を標準的な言葉に同時通訳してお送りする。
「ナリザ=サン、これだから私は一神教の方々が好きになれないのです。何故簡単に邪神と決めつけるのですか? そうやって過去にどれだけの宗教を滅ぼして来たのですか? あなた方にとっては花の女神クロリスすら邪神なのでしょう?」
「それは誤解ですハナナ=サン。確かに唯一神教には過ちを犯した過去があります。権力闘争で穏健派が失脚し、過激派が実権を握った時は本当に最悪でした。弾圧は異教どころか穏健派にまで及び、異端として多くの司祭が火あぶりにされました。ですが、それは何百年も前の話です。今の私達は違います。あのような過ちは二度と起きないし、起こさないと誓って言えます」
「ナリザ=サン、それはどうでしょうか? 過激派は表舞台から去っただけで、今もなお、唯一神への信仰で世界を満たそうと、暗躍しているのではありませんか? 度々起こされる妖魔王の世界侵攻。それに立ち向かうために人類が結束していなければ、」
「そこまでおっしゃるなら言わせていただきます。ハナナ=サン、野薔薇ノ王国が保護している魔道士達は、極大魔法の開発という禁忌を犯していることをご存じですか? それは一歩間違えれば世界が滅ぶ、とても危険な行為なのですよ。あなた方の寛容さには敬意を表します。ですが、ものには限度があるのではないでしょうか?」
「禁忌を犯しているとおっしゃいますが、それは唯一神教の信者の間での話であり、信者ではない魔道士達には関係ないのではありませんか?」
「皆さんは騙されているのです。彼らは己の知的好奇心を満たすために魔法科学を探究し、必要とあれば世界を滅ぼすこともいとわない『狂信者』なのですよ?」
「それこそ決めつけであり、偏見ではないですか。何故簡単に『狂信者』と決めつけるのですか? そうやって過去にどれだけの宗教を滅ぼして来たのですか? あなた方にとっては花の女神クロリスすら邪神なのでしょう?」
これは……この論争は、不毛だ! 不毛な上に、論争が微妙にループしてやがる。
どちらにも言い分はあるし、ここで言い負かしたところで何も解決しない。だけど、どちらにとっても決して負けられない戦いなのだ。このままでは物理的論争に発展するのも時間の問題だろう。
だけど聞く耳を持ってくれないのでは、私には打つ手がない。もう、なるようになるのを見守るしか……
いや! それは違うよ!
思い出せ雄斗次郎!
私はモモカさんになんと言われた? 「もしもの時は、ハナナちゃんをいさめてくださいね」だ!
そしてミュリエルラ司祭さんになんと言われた? 「どうかよろしくお願いいたします」だ!
私を信じてくれた二人になんて謝る気だ? ここで諦めたら試合終了どころか、殺し合い開始だよ?
止めるんだよ! たとえ命に替えてでも! 聞く耳を持ってないなら、無理矢理にでも聞かせるんだ!
…クソッ、なんてこった。足が震えて動かない! 殺意を抱いた二人がこれほどまでに恐ろしいなんて…
《だったら、手伝ってあげるよ♪》
心の奥底で、女の子の声が聞こえた気がした。今のは、天美ちゃん…?
同時に胸のあたりが熱くなっていく。思いを届けようと、何かが心の底から叫びたがっている。
迷うな! 叫べ! 魂の雄叫びを上げるんだ!
「こ、こ、このバッキャヤロ〜〜〜〜!!!」
自分でも驚くくらいの声が出た! 迷宮内で繰り返し反響するくらいの大声だった。
驚いたのは二人も同じで、罵り合いはピタリと止まり、何ごとかと私を見ている。
チャンスだ! 今のうちなら私の言葉に耳を傾けてくれる! だけどなんて言えばいい? なんと言えば矛を収めてくれる? ああ、考えてる時間なんて無いぞ! 今すぐに言わなければ!
私は心に溢れ出た言葉を、そのまま口にした。
「てめぇらの馬鹿さ加減にはなぁ、父ちゃん情けなくて涙が出てくらぁ!」
あ、あれ?
これって……あばれはっちゃく…か? あばれはっちゃくの父ちゃんの口癖じゃねーかっ!
いや、確かに子供の頃、夢中になって観てたけど! この年になっても覚えているものなのか? ビックリだよもう!
昔気質の父ちゃんと決定的に違うのは、私の場合、マジ泣きしてしまっているところだろうか。
「怖がらせる気は無かったんだよ……。ゴメン、オトっつぁん…」
「ごめんなさい、お父さん。ナリザ、怒鳴る気なんてなかったのですけれど……つい」
めっちゃ効いてる〜〜〜〜〜〜っ!!
何でっ? 何でなのっ? 二人とも中年オヤジに叱られたい年頃なのっ? 訳が分からないよっ!
「お、お父さん〜? もしかして、本当に泣いてる…ですか?」
「えっ! マジで!?」
「な、泣いてねーし! 目から汗が出てるだけだし!」
「悪かったよ、泣かないでくれよ。ほ、ほら、アタシらの間じゃ、いつものことだからさっ」
「お前らいつもあんなに殺気立ってるのかよっ! おかしいだろ! 色々とっ! それからな! 二人とも仮にも女の子だろっ! 女神の子孫と修道女だろ! あんな下品な言葉使っちゃダメッ! ゼッタイッ!」
「は、はい…ナリザ、海より深く反省します…」
「わ、わかったよ。悪かったってば。本当にゴメン…なさい…」
まさか二人がこんなにしおらしくなるなんて……。はっちゃくの父ちゃん、貴方は偉大だ! 心より尊敬いたします!
それにしても……涙の訴えで二人の喧嘩を止めるって、これじゃまるで可憐な美少女ヒロインじゃねーか!
なんでオッサンにヒロイン補正が付くんだよ! 自分が情けなくて涙が出てくらぁ!




