2-20 爆発寸前 【8/26挿絵追加】
2時間ほど前、人の行列で溢れ返っていた斡旋処の受付には、誰もいなかった。みんなはもう、それぞれの職場で働き始めているのだろう。さて、肝心のモモカさんはどこだ?
「まあっ! オトジローさん! オトジローさん!! オトジローさん!!!」
すると私達に気付いたか、奧に引っ込んでいたモモカさんが、感嘆の声を上げながら現れた。
そして走り寄ってきたかと思うと、私の左手を両手でギュッと握りしめる。モモカさんは手袋をしていたが、それでも華奢で柔らかな感触は十分に伝わってきた。ハナナちゃんの手とは大違いだ。
ちなみに私の右腕は、いまだハナナちゃんががっちりとホールドしたままである。そういえば、ハナナちゃんの視線が痛いのだが、もしかして私の顔がゆるんでいるのか?
「ああ、本当に来てくださったのですね! ありがとうございますオトジローさん!
おお、守護女神ガラテイア、心より感謝いたします!」
それにしても、仕事を引き受けに来ただけなのに、この大歓迎ぶりは一体何だ? よく見ると、モモカさんは外套を着て帽子も被っている。外出する気だったのだ。一体どこへ?
「聞いてくださいっ! 聞いてくださいよオトジローさん!」
「は、はい」
「マロークスさんがですね、マロークスさんが、もう身体が付いていかないからと、いきなりドタキャンしたんですよ! 昨日言ってくだされば対応できたのに、今日になっていきなりですよ! 酷いと思いませんかっ!?」
「そ、そうですね。ドタキャンはいけません。社会人としてあるまじき行為です!」
「仕方なく、他の人にお願いしてみたのですけど、皆さんとても嫌がって、誰も引き受けてくれなくて……。もう、私が行くしか無かったんです!」
「ええっ! モモカさんが!?」
なるほど、それでモモカさん、外出着姿だったのか。
「そんなことしたら、斡旋処のお仕事はどうなっちゃうんですか?」
「昼や夕方の受付は他の職員が来ますけど、その間にやらなくちゃいけない書類整理は、この仕事を終えてからになります。また夜遅くまで残業しなくちゃいけないんです!
もうイヤ! どうしてみんな私にばっかり仕事を押しつけるの?」
そう呟くと、モモカさんはうつむいてしまった。もしかして、泣いている?
これはまずい。爆発寸前じゃないか!
確か先週、斡旋処の職員が一人辞めちゃって、後釜が来るまでの間、モモカさんが業務を引き継いでいたんだよな。そのせいで残業が続いて、ストレス発散のために深酒をして……。
何とか力にならなくちゃ、このままじゃモモカさん、壊れてしまうぞ。
「任せてください! その仕事、私がお引き受けします! だからモモカさんは、書類整理に戻って大丈夫ですよ」
私はそう言って胸を張る。なるべく力強く、自信たっぷりに言ってみたつもりだけど…。どうかな。
「あ、あ、あ、
ありがとう!! オトジローさんは私のナイト様よっ!!」
…と叫ぶや否や、感極まったモモカさんが全力で抱きついてきたっ! うわわわっ!
こ、これはっ、どうすればいいんだ? 私もモモカさんを抱き返してあげるべきなのか?
あ、無理か。ハナナちゃんが右腕にしがみついたままだ。しかも殺気めいた闘気を出しながら、もの凄い形相で睨み付けてるし。ギギギって。
しかし、これは一体どういう状況なのだろう。右腕には殺気をまとったハナナちゃん。左腕には感極まったモモカさん。身動きが取れないまま、怖い思いと嬉しい思いの板挟みで、何とも言えない気持ちにさせられている。
もしやこれが、都市伝説と言われた『両手に花』ってやつのなのか? なんか違うか……。
と、とりあえず、誰か助けて〜〜。
「あ、そうそう、ハナナも行くってさ。別にいいよね?」
リンゴン・ベルの思わぬ助け船だった。ありがとうナイスバディ。
「ま、まあ、ハナナちゃんも私を助けてくれるの?」
モモカさんが私を解放してくれた。ああ、なんだか名残惜しすぎる。
「別に、モモカ姐のためじゃねーよ。オトっつぁんがあの女にたぶらかされないよう見張るために、付いていくだけだから」
ふてくされながらも、ようやくハナナちゃんも右腕を解放してくれた。ハナナちゃんには申し訳ないが、ホッとした。
「つまり、オトジローさんが私のナイト様で、ハナナちゃんがオトジローさんのナイト様なのね♪
うふふ、頼もしいわね。ハナナちゃんにも是非お願いするわ♪」
先ほどとは打って変わり、コロコロと鈴のような声で微笑むモモカさん。
モモカさんに笑顔が戻って、本当に、本当に良かった。
それはそうと……
私は調子に乗って、どんな仕事を引き受けてしまったのだろう?
野薔薇ノ民の男達すら嫌がる仕事とは一体……
生きて……帰れるのだろうか?
これにて第2章終了。次回より第3章『迷宮全滅回収業』編が始まります。
タイトルは予告無しに変更する可能性があります。ご了承くださいませませ。




