2-9 命が大事!
ちょっと脱線しそうです。まあ、いつものことですが(^^;
人は普段、80%程度の力しか出せていないが、非常時や興奮状態にある時、100%だか120%だかの力を発揮する事がある。いわゆる『火事場の馬鹿力』というやつだ。
トップアスリートなんかは『火事場の馬鹿力』を自在にコントロールして、新記録を樹立しているのだろう。大げさかもしれないが、『火事場の馬鹿力』を制する者が、世界を制するのだ。
しかし、常に『火事場の馬鹿力』を出し続けていると、身体を壊してしまう。だから脳は全力を出さないよう身体に命令して、無意識に力をセーブしているのだ。「近年のアスリートは新記録を次々と樹立しているが、ガラスのように壊れやすい」…なんて話を、映画だったか、ドキュメントだったかで観た記憶があるけど、きっとそれも『火事場の馬鹿力』を出し続けていたせいなのだろう。
ゴム紐を限界以上に引っ張り続ければ、切れてしまうだろう。切れなくても、伸びきって使い物にならなくなる。『火事場の馬鹿力』に頼り続けるなら、怪我は避けられない。怪我をすれば、完治するまでトレーニングに支障をきたし、長いブランクは記録どころか選手生命にも影響する。
確かに怪我は避けられない。だけど、ただちに怪我が治るとしたら?
回復魔法で簡単に治ってしまうとしたら?
オトギワルドの人達は、並外れた運動神経の持ち主が多い。特殊な訓練を受けた戦士だけでなく、一般人でもアスリートクラスの強者ばかりである。全ては回復魔法のおかげなのだ。
幼い頃から常に全力を出し、怪我や疲労は回復魔法でたちまち完治。これを何十年も続けていれば、子供の遊びや毎日の労働、日常生活のちょっとした運動だけでも、アスリートクラスの身体能力が身についてしまう。
斡旋処に訪れている男性陣は、大半が現役を引退したご隠居ばかりだが、誰もが私より数倍強いタフガイばかり。
腕相撲で私が勝てたことは一度も無く……っていうか、おばさま方にも勝てないのだが……軟弱坊やとあざけられる毎日である。
……前置きが永長くなってしまった。本当に申し訳ない。
そんなタフガイじーさん達が、である。
揃いも揃って、モモカさんの頼みを断っているのだ。どんだけキツイ仕事なんだよ!
「あー…。そうか、あれかぁ…。まいったねぇ。そう言えば今日って月曜日だっけ?」
窓の左横からコッソリと受付の様子を見ていたハナナちゃんが、嫌そうな顔をして呟いた。
知っているのか雷電!
「そーだねー。判りやすくいえば、キツイ、キモイ、そして臭い…かな? あ、でもオトっつぁんのレベルだとちょっと危険かもね」
「具体的には何すんのよ?」
「ダンジョンに潜って〜、遭難した冒険者の〜、死体回収〜♪」
「うえええええええええっ! マジっすか!」
「そうそう♪ マジっすよ〜♪ だからオトっつぁんにはムリムリ〜♪」
確かに無理っぽい。無理っぽいのだが……同時に興味もあった。だってダンジョンだよ? RPGでおなじみの地下迷宮だよ? ロマンそのものじゃん!
王都ノイバラの外に出れば、そういった場所がいくつかあることは話には聞いていた。だけど、戦闘能力のない私では死にに行くようなものだからね。諦めるしかなかったわけだけど…。もし安全が確保されているのなら、是非行ってみたい。
もう少し具体的な話を聞こうとハナナちゃんを見ると、腕を組みながら私をジロジロと見ていた。なんだか品定めされているようで、良い感じはしない。
「ん? なに?」
「ああ、気にしないで。考え事してるだけ」
「考え事? ……私を見ながら?」
「そう。だからオトっつぁん、話しかけないで」
「お、おう」
何なんだ? 何か企んでいるのか?
しょうがないので黙っていると、突然ハナナちゃんが口火を切った。
「やややっ! なんということでしょう! オトっつぁんの靴がボロボロじゃないですかぁ! これは一体どうしたわけですかぁ!」
「えっ! いや、まあ、確かにボロボロだけど。向こうの世界で買った安物だし、この一ヶ月、酷使しまくっていたからね。明日にでも市場に行って新しい靴を買うつもりなんだ」
「そりゃあいかん! 市場ならもう開いてるし、今行こう! すぐ行こう!」
「いや、でも…仕事をもらわないといけないんですが…」
「仕事なめんなー!」
「さ、さーせん!」
「装備品はねっ! 常に万全の状態に保ってないといけないの! 足回りは特にそう! 特にモンスターとの戦いでは、命取りになりかねないんだからねっ!」
「いや、私、モンスターと戦う予定は無いんですけど…」
「だまらっしゃいっ!」
「さ、さーせん!」
「仕事よりも命が大事! 死んだら元も子もないの! だからこれから靴を買いに行こう♪ だいじょぶ、だいじょぶ♪ アタシが良いお店紹介してあげるから♪」
ハナナちゃんの口ぶりが明らかにおかしい。何か企んでいるに違いない。しかし紛う事なき正論で、反論の余地がなかった。そして抵抗は無駄である。
ハナナちゃんは私の右手を掴むと、しゃがんでいた私を無理矢理引っ張り起こす。ハナナちゃんの華奢な手は、見た目とは裏腹に握力がとんでもない。一度掴まれたらもう逃げられないのだ。
諦めた私は、手を引っ張るハナナちゃんに足並みを揃え、道なりを歩いて行く。心なしかハナナちゃんは早足だった。まるで斡旋処から少しでも早く離れたいみたいだ。
「なんだいハナナちゃん。朝っぱらから逢い引きかい? いいねぇ」
「あははは、そうそう! これからデートなの!」
行列にいた知り合いらしき中年女性達に、冗談で返すハナナちゃん。………冗談だよね?
などと考えているうちに、私達はどんどん斡旋処から離れてゆき、ついには行列も見えなくなってしまった。




