2-6 わさび
結果は二勝一敗だった。事故率が3割だから、可もなく不可もない、妥当な結果ではないだろうか。
リュックの中からランダムに選び、ハナナちゃんが手にしたサンドイッチは三つ。二つ目までは問題無く食べ進めていた。だけど三つ目を口にした時、ハナナちゃんの笑顔が苦痛に歪む。
「グワァ! なんだこれ!? 鼻にツーンと来たぁぁぁ!?」
ツーン……だと?
ま、まさか、わさびだというのか!?
確かにロシアンルーレットものの料理で、たっぷりわさびは定番中の定番。王道中の王道。お約束中のお約束だ。
しかし日本製わさびが、ここオトギワルドで手に入るとは到底思えない。輸入するとかなり高額だし、管理人さんには手が出せないだろう。すると、……オトギワルド製のわさびが存在するのか?
もう一つ疑問がある。管理人さんには企画意図も話している。だから、たっぷりわさび入りのサンドイッチを用意してくれたことはグッジョブ! なのだけど…。管理人さんは本当に企画意図を理解できているのだろうか? もしかしたら、わさびのことを何も知らないまま購入して、「綺麗な緑色をしているから美味しいに違いない」と思い込んで、サンドイッチに使ったんじゃないのか?
もしそうだとしたら……昼食でリナリアちゃんが犠牲になるかも……? 大丈夫だろうか。わさびで死ぬことはないだろうけど、ちょっと心配。
涙目になりながらも完食したハナナちゃんに、ペットボトルを渡してやる。
元は生水を飲むと腹を下す私のために、王国が支給してくれたミネラルウォーターだが、ラベルを剥がし、水筒として再利用している。ちなみに中身は煮沸したこの国の水だ。
「プハ〜♪ 助かったよオトっつぁん。あんがと。それにしてもガングワルドの水って美味いんだな」
「お、おう」
口の中でわさび怪獣が暴れ回った後なら、何を飲んでも美味いと思うけど……まあ、夢を壊すのも可哀想だな。黙っていよう。
「それにしても、モモカ姐さん遅いなぁ」
「え? 遅れてるのか?」
言われてみればたしかに、そろそろやばいんじゃないの? …ってくらい行列も伸びている。もしかしたら酒を飲み過ぎて、二日酔いで寝込んでいるとか?
「仮にモモカさんが二日酔いで遅刻したとして…。他の職員さんはどうしたんだ?」
「早朝はモモカ姐さん一人っきりだよ」
「えええっ!!」
「ホントはもう一人いたんだけど、先週だったか唐突に辞めちゃってさ。後釜を派遣するまで一人でやらなくちゃいけないんだって。酒の場でこぼしてたよ」
改めて行列を見る。もう二百人は越えてるのではないだろうか。最後尾が見えない。これをモモカさん一人で切り盛りするのか? 過労で倒れるぞ! ……いや、回復魔法があるから肉体疲労は問題無しか。でもこれじゃあ、ストレス溜まりまくるよな。なるほど。これは酒に溺れたくもなる。
「オラオラどけどけ~い! モモカ様のお通りだ~! 道をあけろ~!」
「もう、リンゴったらっ! 恥ずかしいからおやめなさいっ! …あっ、えとっ、皆さんおはようございます♪ すぐに開けますから♪」
不意に背後から、聞き覚えのある二人の女性の声が聞こえてきた。見ると、コートを着た女性が挨拶をしながら、行列の隣を足早に通り過ぎていく。斡旋処の看板娘モモカさんだ。とりあえず元気そうで何よりだ。ホッとした。
そしてモモカさんに付いてくる発光浮遊生物が一人……いや、一匹と言うべきか? 虫の羽を持ち、女性の姿をした、手のひらサイズの妖精。種族はピクシー。名前をリンゴン・ベル。モモカさんの使い魔である。
プロポーションは出来の良い萌えフィギュアのようにエロいし、声も鈴のように可愛いのだが、やたらと毒舌な上に、ヘンなあだ名を付けたがる、すごく迷惑ななヤツだ。
「もう少し待っていてくださいねっ!」
モモカさんは斡旋処の入り口を鍵で開けると、発光浮游生物と共にそそくさと入って行った。室内の灯火が付き、壁に求職の紙が貼り替えられ、改めて観音開きのドアが開け放たれ……
「お待たせしました。どうぞ入ってください」
ようやく斡旋処が目を覚ました。




