1-11 乙女
ああ、また予定したところまで話を進められなかったよ……
多分、あと二回くらいで第1章が終わるのではないかと
「…やっぱり熱っぽいわ」
「だいじょうぶだよぉ。だからリナもオトジくんのオミオクリする」
「いけません。外の風は冷たいのよ。お部屋に戻りましょ」
「やぁだ! オミオクリするの!」
懸念していたことが的中してしまった。
朝食を終えて間もなく、リナリアちゃんがまた咳をした。熱も出てきたようだ。
リナリアちゃんがぐずる気持ちはわかる。元気が余っているのにベッドに戻りたくないだろう。けど、本格的に風邪を引いてからでは大変だ。可哀想だけど、ここは我慢してもらうしかない。よし、ここは管理人さんの支援だ!
「よし! じゃあまた背中におぶってあげよう。オトジロー丸出港準備完了であります」
「リナ、こどもじゃないもん。せんちょうさんごっこなんてしないもん」
ありゃりゃ、支援任務失敗か。
「う〜ん。…じゃあ、何だったらしたいのかな?」
「あのね………うんとね………」
おや? いつも歯に衣着せぬリナリアちゃんがためらうとは珍しい。気まずいことなのかな?
「おひめさまだっこがいいな♪」
「へ?」
「おひめさまだっこだよ。…オトジくん、しらない?」
「いや、知ってるよ」
「じゃあ、して♪」
「はっはっはっ、お姫様だっこをご所望とは、リナリア姫様はおませさんですな」
「だってリナ、オトメだもん♪」
ええっと……。い、いいのかな?
概念としてのお姫様だっこなら知っているけど、実際にやったことは一度もない。機会自体があるわけなかったし。女の子にとっては特別な行為だという認識で間違いないと思うけど、安易にやって良いのだろうか?
私は思わず管理人さんの顔を伺う。視線に気付いた管理人さんは、愛想笑いで返してきた。えっと…どういうことだ? 少なくとも、明快な否定ではないようだけど。判断はお任せしますってところかな? えーい、ままよ。
というわけで、嬉し恥ずかし初お姫様だっこチャレ〜ンジっ!
椅子に座ったリナリアちゃんの横に片足立ちをすると、右腕を背中に回し、左腕で太ももの裏を持つ。本来は首に抱きついてもらった方が安定するが、体の小さいリナリアちゃんだと普通のだっこになってしまうので、そのまま持ち上げた。
「ははっ♪ リナリアちゃんは軽いなぁ♪」
実は、持ち上げられなかったらどうしようかと、内心ヒヤヒヤだった。
私は中高時代の6年間、毎朝の自転車通学で遅刻ギリギリの全力疾走を続けていた。おかげで図らずも太ももが鍛えられ、40代となった今でも筋肉でパンパンである。しかし文化部に在籍していたので、両腕の筋肉は残念なカンジだったのだ。
いやほんと。リナリアちゃんが軽くて良かったよ。
あれ?
ふと気になった。リナリアちゃんはどこで『お姫様だっこ』なる概念を知ったのだろう?
リナリアちゃんは病弱美少女だから、一人で屋敷を出ることはお母さんの管理人さんに固く禁じている。だから友達と呼べる人は私一人しかいない。つまり、耳年増な友人からの入れ知恵…なんて事は無いわけだ。
リナリアちゃんは管理人さんと同じく読み書きが出来ないから、本から知識を得る事も出来ない。うっかりドキドキしてしまう本を見て、余計な知識を得てしまうなんて事も無い。
すると……お母さんの管理人さんから教えてもらったってことか。まあ、夜伽話に王子様やお姫様の物語でも聞かされれば、自然と出てくるキーワードなのかもしれないな。
「じゃあ管理人さん。お部屋に行きましょう。……管理人さん?」
「えっ! …あ、はい。そうですね、行きましょう」
あれれ?
今の管理人さん……。とっさに笑顔で誤魔化したけど、リナリアちゃんを見る目がちょっとおかしかったぞ。
心配そうな顔じゃなくて、なんだか羨ましそう……だったような……。
気のせい? 気のせいなのかな? きっと気のせいだな。うん。私は何も見ていないぞっと。
……だけど、はたして私の腕力で管理人さんをお姫様だっこできるだろうか………。
いやいやいや! これは己の非力さを嘆いているだけであって、管理人さんの体重が重いんじゃないか…とか、そう言った疑念を抱いているわけでは決してないのであって………………
早くリナリアちゃんを運ぼう。な。




