第9話 仁志とユナ
あれから、1週間後の土曜日。
午前中の授業さえ耐え抜けば、お昼にはあの河原へ行ける。そしたら今日こそ、みさきちゃんに会えるかもしれない。そんな期待で胸が膨らんで、授業なんかうわの空。黒板の文字も、まるで頭に入ってこなかった。
本日の授業よ。どうか頼むから、さっさと終わってくれ。
1時限目の休み時間。窓際の席で青空を眺めながら、そんなことを考えていると、背後から声が飛んできた。
「まもっちさ、最近ボケッとし過ぎじゃねぇの?」
声の主は安東仁志。ただのクラスメイトと言いたいところだけど、残念ながら昔からの腐れ縁。それでいて、僕とは正反対のリア充予備軍でもある。
「ボケッとなんかしてないだろ?」
「今だってアホ面下げて、青空を視姦してたじゃねぇか」
「視姦ってなんだよ!」
青空の中に水着姿のみさきちゃんを想像していたせいで、ムキになって声が大きくなる。
「……お? もしかして彼女でも出来た?」
「ど、どうしてそうなるんだよ?」
いつもなら「アホか」で流せる冗談なのに、今日は違った反応をしてしまった。つい先日のデート……いや、みさきちゃんとの練習風景が蘇ってきて、ドキリとしてしまったのだ。
「えっ……ウソ。今、動揺した?」
「し、してないし!」
「まさかお前、白女の女子とお付き合いをはじめたんじゃないだろうな!? 本当にそうなら死刑だぞ、死刑!」
勝手に勘違いして、勝手にキレる仁志。うん、平常運転。いつもどおり安定のアホさ加減だ。
「バカバカしい。白女の子が僕なんかと付き合うわけないだろ?」
白河女学院。通称『白女』といえば、泣く子も黙るセレブ御用達のお嬢様学校だ。しかも、ルックスと水着の審査でもあるんじゃないかと疑いたくなるほどの美女ぞろい。
僕ら公立の共学高校の男にとって、白女の生徒と付き合うことは、まさに『伝説』だった。周囲の男子から一目置かれると同時に妬みも買い、体育会系の先輩にも目を付けられ、容赦ないシゴキが待っている。それも部に所属してようがいまいが関係なく、卒業までずっとだ。
だがしかし、白女の彼女を作るということは、そんなリスクを背負ってでも挑む価値があるライフワークといえた。
「ありえないだろ。白女はハードルが高すぎだし」
「じゃあ、まもっちは、ウチの女子くらいで手を打っとくのが無難だって言いたいのか?」
そんなしょうもないやり取りをしていると、突然、仁志の後ろから小さな拳が飛んできて、ゴンッ、と彼の頭を直撃した。
「ウチの女子くらいって。なに様だ、お前ら」
頭を抱える仁志の後ろに立っていたのは、クラス委員の佐倉ユナ。彼女は僕らの幼馴染だ。
ユナは身長147センチという小動物系キャラでありながら、ウチのクラス委員の座を勝ち取った。というか、誰もやりたがらなかったから、僕が推薦したのだ。ユナとは小学校からのよしみなので、礼には及ばない。
「僕はそんなこと言ってない。殴るなら仁志だけにしてくれ」
「守はさぁ。最近、放課後になるとすぐ教室からいなくなるよね? 昨日なんか、掃除当番サボったでしょ」
先週の土曜以来、僕は放課後になると決まって、あの河原へ足を運んでいた。行けばきっと、みさきちゃんに会える気がしたからだ。
けれど、それから今日までの間、彼女の姿を見ることはなかった。告白されたはずなのに、連絡先すら交換していない。基地への入り方も知らない僕は、ただ芝生に寝転がって空を眺め、虚しさだけを持ち帰る日々だった。
昨日なんかは、彼女と初めて出会った時間を狙って、わざわざ掃除当番を仁志に押しつけたのに……それでも会えなかった。
「掃除当番は、仁志に代わってもらったはずだけど」
「悪い、すっかり忘れてたわ」
「仁志、おまえなぁ……」
「このポンコツコンビ、マジでダメダメじゃん」
胸の前で両腕を組みながら、ユナはあきれ顔で僕らを切り捨てた。
「うるさいな、お前は小学生か」
いつものクセで、僕も負けじと言い返す。
「小っちゃくて悪かったな!」
「そうじゃなくて。そんなことをイチイチ注意しにくるなよ」
「今日の当番はサボんなよ! これは委員長命令! わかった?」
「は~い……」
ユナはやる気のない僕を不満そうに睨んだけど、それ以上はなにも言わずに去っていった。
「アイツは結局、なにしに来たんだ?」
「本当にニブチンだなぁ。佐倉はまもっちに構って欲しいんだろ?」
仁志が頭を掻いて言った。でも悪いけど、僕はお前ほど鈍くはない。
僕と仁志とユナは、小学校から続く幼馴染だ。3人そろって同じ高校に進んだのも偶然じゃない。僕と仁志は似た偏差値と腐れ縁補正でこの学校を選んだけど、ユナは違った。
彼女は昔から勉強熱心で、今も学期末テストでは必ず学年トップ3に入る。普通ならもっと上の高校に行けたはずだ。僕がユナをクラス委員に推薦したのも、適材適所だと思ったからだった。
なのにユナは、どうしてこの学校を選んで受験したのか。
理由は簡単。仁志だ。
仁志は昔からの長身で、中学時代はバスケ部のエース。女子人気はバカみたいに高かった。顔もそこそこイケメン。そんな彼に、ユナはバレンタインのチョコを渡せなかった。
そんな話をユナ本人から聞いて笑い転げた僕は、その場でタコ殴りにされたあげく、誰にも言うなと口止めまでされた。そのとき、ワイロ代わりに渡されたチョコが、僕の人生初のバレンタインチョコだったのは、まさに黒歴史である。惨めすぎて、今でも死ぬほど根に持っている。
結局ユナは卒業まで想いを伝えられず、今に至っている。仁志は、僕がユナからチョコをもらったという事実だけを知っていて、「ユナが僕に本命チョコを渡した」と盛大に勘違いしているのだ。
そう……意外と僕は、口の堅い男なのだ。
「僕はどうせニブイよ」
本当のことを知っていながら言えないのは、とてももどかしい。でもこんなやり取りにもすっかり慣れてしまった。でも、ユナが早く告白してくれさえすれば、この秘密を抱え込む必要もなくなるのに。
「アイツ、結構カワイイと思うんだけどなぁ」
「そう思うなら、仁志が告れよ」
「親友の彼女にか?」
仁志が白々しくユナを推してくる。でもそんなの、言われなくてもわかってる。彼女がこの学校で、すでに3人の男子に告白されて断ってることもだ。僕だってあの忌まわしい「口封じチョコ」のトラウマがなければ、ここまで意固地になんてなってないさ。
「だから彼女じゃないって」
「もったいないなぁ」
「だったらおまえが……」
そこまで言いかけたところで、仁志がいつもの決め台詞を言い放つ。
「でも俺は、『伝説』を作るから」
「それ言い始めて、はや1年だな」
「この1年間、なんのためにバスケ部で努力して、エースの座を獲得したと思う?」
「伝説のためとか言うなよ。ファンが泣くぞ」
「まもっちくらいには、ズバッと言わせておくれよ」
「まぁたしかに……仁志なら本当に、伝説を達成できるかもな」
「だろ? くれぐれも応援ヨロッ!」
バカタレが。誰がそんな応援なんかするもんか。
だけど願わくば……。
ユナの想いが一日でも早くこのバカに届きますように。
でなきゃ、わざわざランクを落としてまで同じ高校に来たユナが、あまりにも報われないじゃないか。
お読みいただき、ありがとうございます!
本作は毎週水曜日と金曜日に更新を予定しています。
これからも、着ぐるみだらけの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。




