第10話 突然のロマンス
キーンコーン カーンコーン……
放課後。
今日は教師同士の学習会とかいう理由で、すべての部活が活動禁止。生徒はみんな、午前中の授業が終わったら全員下校というレアな日だ。帰宅部の僕には関係のない話だが、仁志にとっては久しぶりの骨休みらしい。
カバンを手にした僕のところへ、仁志がやって来た。
「んじゃ、帰るか」
「勝手に帰れば?」
「まもっちの、いけず~」
仁志が腕を絡めてジャレついてくる。周囲の女子生徒たちの殺気に満ちた視線が、僕に向かって一斉に突き刺さる。
やめろ。マジでやめてくれ。このままじゃ、仁志推し女子軍団の暗殺リストの中に、僕の名前が載ってしまうじゃないか。
2人して校門に向かう途中、仁志が「おっ」と声を漏らして前方を指差した。なんとその先には、白河女子の制服を着た女子生徒が、校門の柱に寄りかかって誰かを待っている姿があった。
「あの子待たせてるヤツ、もし男だったら超死刑!」
目に涙を溜めた仁志が、わなわなと声を震わせながら口走った。
「でもそれがお前じゃなくて安心したよ」
「俺以外のヤツが伝説達成してたとは、世も末だぁ~!」
おい、やめろ。僕の制服で涙を拭くんじゃない。
門柱にミニスカートをペタンと押し付けながら立っている女子生徒は、ここで泣いているアホに気づいたのか、それまで地面を見ていた視線をこちらにゆっくりと向けた。
あれ、あの子は……。
見覚えのある顔。それも遠い日の記憶じゃなかった。
「み、みさきちゃん……」
しまった、声に出してしまった。案の定、すかさず仁志が反応する。
「みさきちゃん? まさかあの子はお前の彼女……いや、さすがにそれはないよな? だったら知り合いの知り合いか何かか!?」
みさきちゃんは僕に気づくと、周囲の男子の視線なんかお構いなしに、輝くような満面の笑みで手を振ってきた。
か、可愛い! 可愛すぎるよ! 悶え死んでしまうほどニダ!
もしこのシチュエーションで、手を振った相手が僕以外の人だったなら、きっと悔しすぎて、3日3晩、眠れなくなっていたに違いない。
それでいくと、今晩眠れるかどうか瀬戸際の仁志は必死だ。
「おい、なんなんだよあの子! どう考えてお前に手を振っているじゃないか! まさか今になって、昔のラブコメや韓国ドラマみたいに、白女に行き別れの妹がいましたってオチじゃないよな!?」
「いや、そうじゃなくて……」
「じゃあ、あの子はおまえのなんなのさ! うえ~ん!」
また泣き出した。それも今度は号泣だ。
「えっとだな……」
本当のことは口にできないので、説明に詰まる。
「まもっち、どうして弁解しない? まさか、本当に伝説を達成しちまったんじゃ……」
そんなこんなしているうちに、みさきちゃんが小走りでやって来た。
「うわぁあああ、こっちに来る! まもっち、ウソだと言ってくれ。じゃないと俺は、おまえを殺さなければならなくなる!」
「物騒だな。僕は伝説なんて達成してないよ」
その言葉にウソはない。たしかに先週、僕はみさきちゃんに目の前で告白された。しかし付き合っているのかと問われれば、そんな事実は、まだどこにもなかった。
だけど「バイト先の先輩です」と正直に答えたら最後。仁志だけではなく、周りで耳をそばだてている男子どもまでが、そのバイトを紹介しろと殺到してくるに違いなかった。
そんな考えが頭の中で空回りしているうちに、みさきちゃんが僕たちの前に到着した。
「も~遅いよぉ~。待っちゃったじゃんかぁ~」
どこから見ても可愛いみさきちゃんは、こぼれんばかりの笑顔で、僕のおでこを人差し指でツンと突いた。
なんなんだ、この状況は?
これじゃまるで、ラブラブなカップルみたいじゃないか。
「あの……キ、キミは?」
完全に蚊帳の外にいた仁志が、挙動不審丸出しでみさきちゃんに聞いた。
「はじめまして、みさきって言います」
「白河女学院の……だよね?」
おい、念を押すな。恥ずかしいじゃないか。
「白河に通ってますけど、それが何か?」
それにしても、みさきちゃんが白女の生徒だったなんて。僕の中にあった貧乏系美少女の設定が、早くも崩壊してしまった。
いや、ちょっと待て。忍びなのに白河女子?
ま、いっか。
忍びだって人間だ。学校に通って何が悪いと言うんだ。うん、そんなのは大した問題じゃないよな。
「それで……ここにいる空山守とは、どんなご関係で?」
「空山くんとは、その……ただのお友だちです」
仁志に詰め寄られ、みさきちゃんは断言した。
ただのお友だち……。
ちょっとガッカリだけど、彼女の言う通りだ。だって僕は告白されたにも関わらず、付き合おう、とはっきり答えていないのだから。
「くっそ~! いったい、どこで知り合ったんだよ!」
両手のグーで僕の頭をグリグリしてくる仁志。かなり痛い。すぐ反撃したいところだが、今は無難な答えを用意しなければならない。
ところが僕は痛みに耐えかねて、つい安易なウソを口走ってしまった。しかも、すぐにばれそうなヤツを。
「じつは……幼馴染なんだ」
「ウソつけ~」
「ウソじゃないよ。なあ、みさき?」
さっきはちゃん付けだったのに、焦って今度は呼び捨てにしてしまった。
「うん……そう、幼馴染。幼稚園のときからの……ね、マモル!」
あげくには、みさきちゃんもこちらを呼び捨てにする始末。ウソくさい空気が流れたけど、みさきちゃんに呼び捨てにされるのは、正直言って悪くなかった。
「マジかよ! じゃあじゃあ、まもっちの親友である俺も、今日から君のお友だちってことで、よろしくな!」
少しも疑うことなく、みさきちゃんに握手を求める仁志。彼女は苦笑いしながらその手を取った。
おお、神よ。
コイツをアホとしてこの世に送り出してくれたことに感謝します!
「でも今日はどうしたんだよ。珍しいじゃん」
僕は幼馴染設定を守りつつ、できるだけ自然に問いかけた。自分でも驚くくらいに自然な演技。これなら本当に、着ぐるみアクターとしてやっていけるかもしれない。
ところがみさきちゃんは、頬をほんのりと赤く染め、指先をモジモジしながら少し照れくさそうに言った。
「うん……久しぶりにね。マモルの顔が見たいなって思って……」
おい、それは反則だろ。まるで王道のラブコメ一直線のような、あま~い台詞じゃないか。
「おまえら、本当にただの幼馴染か……?」
仁志が疑いを口にしかけた瞬間、僕は慌ててその言葉をさえぎった。
「まあいいじゃん! 学校も早く終わったことだし、3人で遊びに行こうぜ!」
そう言いながら、2人の背中を軽く押し、僕たちは校門を後にした。
夕方まで歌ってカラオケボックスを出た後、僕とみさきちゃんは帰り道が違う仁志と別れて2人きりになった。夕焼けに染まる街並みを背に、初めて出会った河原沿いの通学路を並んで歩いていた。
「楽しかったね、空山くん、アニソンすごく上手」
「でも正直、かなりビビったよ。だって急に来るからさ」
「ゴメン。迷惑だったよね」
「まさか、迷惑なもんか!」
恥ずかしいから口に出しては言えないけど、僕だってこの1週間、ずっと会いたくてたまらなかったんだ。
「ねぇ空山くん。この制服、似合うかな?」
「すごく似合ってるよ。でも驚いた。まさか君が白女だったなんて」
「あ、それはちょっと違うの。本当はね、高校通ってないの」
「えっ? じゃあその恰好って……」
「ごめんね。私もちょっとだけ、学生気分を味わってみたかったんだ」
みさきちゃんは立ち止まり、視線を地面に落とした。夕陽を背にした彼女のシルエットが、金色に縁取られて幻想的に見えた。
そっか……やっぱりみさきちゃんは、普通の女の子のようには生活できないんだな。
お読みいただき、ありがとうございます!
本作は毎週水曜日と金曜日に更新を予定しています。
これからも、着ぐるみだらけの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。




