↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/10

第8話 秘密の特訓②

「でも僕は忍者じゃないから、その気がなくても口が滑るかもしれない。それだけが心配だ」


「大丈夫。空山くんには私が催眠術をかけたから」


「催眠術って……いつの間に?」


 みさきちゃんは答えるまでもなく、グッと僕に顔を近づけた。


挿絵(By みてみん)


「催眠術をかけるときはね。こうやって相手の顔をジッと見るの」


 これは昨日の河原でされたのと同じ……って、そういうことだったのか。


「催眠術って、どんな暗示をかけたんだ?」


「術がかかっている間はね。空山くんはどんなに話したくても、私たちの正体を他言できない。そんな内容だよ」


 そうか、僕はすでにあのとき、彼女の術中にあったんだ。


「忍者って、そんなこともできるんだな」


「催眠術は、衣隠流(いがくれりゅう)幻覚術(げんかくじゅつ)の中でも基本中の基本なの。黙っててごめんね。急に話したら怖がると思ったから」


 落ち込む彼女に、僕は苦笑して答えた。


「その方が秘密が漏れる心配もないし。かえって安心したよ」


「伝説の着ぐるみのことも、話せる時が来たら全部話すからね」


「わかった、僕はみさきちゃんを信じるだけだ」


「ありがとう……」


 お礼を言うのはこっちだよ。こんな取柄もない僕を好きになってくれて、本当にありがとう。


「で、これからどんな練習をするんだ?」


 みさきちゃんは胸の前で両手を祈るように組むと、まっすぐ僕を見つめて言った。


「今から、私を抱いてください」


 ……は?


 え、えぇぇぇぇぇぇっ!?


「い、今なんて?」


「私を抱きしめてほしいの。そっと、優しく」


「も、もちろん優しくするけど……」


 みさきちゃん、キミはなんて大胆な子なんだ。数秒前に愛の告白をしたと思ったら、いきなり次のステップを求めてくるなんて。これじゃまるで、お付き合い期間0日婚並みの急展開じゃないか!


「あの、でもそれはさすがに性急すぎるって言うか……ちゃんとデートもしたことないし、まだそんな関係じゃ……」


 僕は生まれつきの草食系なので、彼女の積極性を受け止められるだけの準備ができていなかった。みさきちゃんはビビッている僕を見て、顔を真っ赤にして慌て出した。


「いやいやいや……そ、そうじゃなくて! これはアルバイトのための練習だから!」


「へっ? アルバイトの練習?」


「そうだよ! トラノシンの性能をコントロールするための練習!」


「あ……だよな? 僕もそうだと思ってたんだ。うん、冗談だよ、冗談」


「……」


「……」


 気まずい沈黙が続く。ふたりとも耳まで赤い。沈黙を破ったのは、先輩のみさきちゃんだった。


「衣隠流隠れ蓑はね、力の微妙なコントロールが命なの。じゃないと基地のドアが吹っ飛んだり……」


「隊長が全治2ヵ月になるんだよね?」


「そう、それ!」


「でもなぁ……いくら練習だからって、みさきちゃんを抱きしめるなんて」


「うぅ……やっぱり私みたいなちんちくりんじゃイヤ? クールでかわゆいモエミちゃんの方が良かった?」


 みさきちゃんは、ありえない勘違いをして泣きべそをかいた。それにちんちくりんって、いつの時代の人なんだ?


「違うって。もし力加減をミスって、先輩をポキッてしたら洒落になんないだろ?」


「大丈夫だよ。私もうさぴょン着るし」


「着れば大丈夫なの?」


「隠れ蓑は丈夫なの。小さいミサイルくらいなら、余裕のよっちゃんだよ」


 小さいミサイルって……すごいけど、基準がアバウトだよなぁ。


 みさきちゃんは慣れた仕草でウサぴょンを装着すると、僕の前に立った。


「じゃあ、早速はじめようか」


 着ぐるみを着けたみさきちゃんが両手を広げ、バッチ来いとばかりに、僕を受け入れる体勢をとった。


 否応なく押し寄せる緊張の波。着ぐるみを付けた者同士とはいえ、今から女の子と抱き合うのだ。


 でも、こうなったらやるしかない。ここで逃げたりしたら、末代までの笑い者だ。


 ついに覚悟を決めて、ブリキ人形のようなぎこちない足取りでウサぴょンに近づくと、僕は彼女をギュッと抱きしめた。


「イタタタタ! タンマ、タンマ!」


挿絵(By みてみん)


 途端にウサぴょンが痛がり、僕はまるで痴漢の冤罪で慌てるサラリーマンみたいな勢いでパッと飛び退いた。


「ご、ごめんなさい! そんなツモリはありませんでしたっ」


「今の強さだと、生身の人間だったら全身の骨が砕けちゃう。もっとやさしくしなきゃ」


「本当に大丈夫? だんだん怖くなってきたんだけど」


「平気平気。さ、もう1回やってみよ?」


 そんな感じで何度か練習を繰り返しているうちに、段々と力加減がわかってきた。


「うん、だいぶいい感じ。どう、コツつかめた?」


「う、うん。まあね。このくらい楽勝だよ」


 みさきちゃんに気の弱い男だと思われたくなくて、不安で心臓がバクバクだったにも関わらず、イキがってみせた。


 ところが、みさきちゃんは何を思ったのか、おもむろに自分の着ぐるみを脱ぎだした。


「ちょっ! み、みさきちゃん、なにしてんの?」


「慣れてきたみたいだから、今度は生身の人間でやってみよっか」


「ままま、まさか、着ぐるみなしで?」


「うん。これがうまくいけば、今日のレッスンは終了です」


「でもうまくいかなかったら、大変なことになるだろ?」


「でも空山くん、今、楽勝って言ったよ」


「う……」


「大丈夫だよ。空山くんのこと、信じてるから」


 いやいや反則だろ、それ。こんなときに人生で一度あるかどうかのセリフを聞かされるなんて。


 言葉を失った僕に、みさきちゃんが水着姿で両手を差し伸べる。


「さあ空山くん、来て……」


 ごくり……。


 僕はここに来て、これまで味わったことのない緊張感と恐怖心に襲われていた。だって力加減を間違えれば、彼女のか細い身体が砕けてしまうかもしれないのだ。


「空山くん、どうしたの?」


「ちょっと待った、深呼吸させてくれ」


「うん、わかった」


 心臓が暴走してるのかってくらい跳ねて、自分の体温まで上がっていくのがわかった。トラの着ぐるみがそれを感知したのか、ひやりと冷気を送り込んできた。僕は目を閉じ、呼吸を整えるように深く息を吐いた。


「そろそろ、いけそう?」


「ああ、もう大丈夫だ」


「じゃあ、来て」


 ゆっくりと、みさきちゃんの背中に両腕を回した。


「そう……やさしくね」


 みさきちゃんが目を瞑って僕を待った。温度調節されている着ぐるみの中で、僕の両脇から汗が滴り落ちる。


「世界で一番好きな人を抱きしめるような気持ちで、優しく……」


 世界で一番好きな人……それはまさに今、この瞬間に抱きしめようとしている君だよ、みさきちゃん。


 フワッ……。


 抱きしめたみさきちゃんの身体は、とても細くて柔らかかった。


挿絵(By みてみん)


「うん。合格です」


 僕の腕の中で、みさきちゃんが囁いた。


 これにて今日のレッスンは、無事に終了。汗を掻いてすっかりのどが渇いた僕たちは、ファミレスでドリンクバーを注文していた。


「空山くん、飲み込み早すぎ! 私が目をつけたバイトくんだけあるよ!」


「お褒めいただけて光栄です、みさき先輩」


「もしかしてさ、普段から女の子抱きしめるの慣れてるとか?」


「はぁ!? そんなわけないだろ! はじめてに決まってるし!」


「ふ~ん、はじめてなんだ?」


 しまった、口が滑ったと思ったけど、ときすでに遅し。


 案の定、みさきちゃんは向かいの席で、「ニヒヒ」とイタズラっぽく笑っている。くっ……この小悪魔め!


「そ、それよりも! あんなすごいスーツ、誰が作ったんだ?」


「あれはね。私のお父さんが作ったの」


 気のせいか、彼女の表情が少しだけ翳ったように見えた。


「じゃあ、みさきちゃんのお父さんって技術者なの?」


「違うよ、マッドサイエンティストだよ」


「マッドって……そんな危険ワードをサラッと言わないでください。すごく怖いから!」


「父さんはね、衣隠流忍の中でも、隠れ蓑の開発専門の研究者なの」


「へぇ、じゃあ天才なんだね」


「うん、天才だったよ」

 

 だった?


 今の過去形はどういう意味だろう。


 まさか……彼女のお父さんは、もう……。


 だとしたら、とんでもなく余計なことを聞いてしまった。僕はすぐに話題を変えた。


「そういえばさ。さっき着ぐるみに他の機能があるって言ってたけど」


「空山くんにはあまり関係ないよ?」


「でも一応は知っておきたいかな。もしかしたら使うときが来るかもしれないし」


「空山くんがそこまで言うなら話すけど……あの着ぐるみにはね。幻覚術の効果を増幅させる機能もあるの。隠れ蓑を着た状態で幻覚術を使えば、通常の5倍の効果が得られるんだよ」


「なんかすごそうだけど、確かに忍術が使えない人には関係なさそうだ」


「しかも、着ぐるみショーにはまったく関係ない機能だしね」


 そうして話題は再び、アルバイトの話へ。


 着ぐるみショーのアルバイトは、駅近くにある三丸百貨店の屋上で行われるらしい。本番は再来週の日曜日。その日はみさきちゃんとモエミさんと僕の3人で舞台に立つのだという。


「舞台の前に練習はしないの?」


「簡単な寸劇だから、本番前に読み合わせすれば十分だよ」


「キミたちは大丈夫かもしれないけど、僕はド素人だ」


「へーき、へーき。じゃあこれ、読んでおいてね」


 そんなこんなで渡された台本は、わずか6ページ。しかもトラノシンの台詞はたった4つだ。なるほど。たしかにこれなら、ぶっつけ本番でもなんとかなりそうだな。


「当日は、本番の1時間前に来てね。じゃあ今日はお疲れさまでした!」


「お、おつかれさま……」


 楽しかったデート……じゃなくて、初日のアルバイトが終わろうとしていたそのとき、伝票を取ろうとした僕とみさきちゃんの手が重なった。


「あ……」


挿絵(By みてみん)


 慌てて先に手を引っ込めたのは、みさきちゃんの方だった。


「えっと……この前おごってもらっちゃったから、今日は私が」


 みさきちゃんは頬を染めて僕の手から伝票を抜き取ると、慌ただしく会計を済ませ、小走りで店を出ていった。


「くっ……くうぅぅぅ……!!」


 残された僕は、テーブルに突っ伏して悶絶。ずっとリア充だった今日の自分を反芻して、ひとときの幸福にのたうち回ったのは言うまでもない。


お読みいただき、ありがとうございます!


本作は毎週水曜日と金曜日に更新を予定しています。


これからも、着ぐるみだらけの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。