第7話 秘密の特訓①
翌日の土曜日。
学校が休みの日は、なんといっても二度寝に限る。
時間ギリギリまで惰眠をむさぼり、昼前になってようやくベッドから這い出すと、朝食も取らないまま、待ち合わせのファミレスへ向かった。
約束の時間の10分前に到着すると、みさきちゃんはもう来ていた。
僕の姿を見つけたみさきちゃんは、笑顔で手を振ってみせた。
「ごめん、待たせちゃった?」
「ぜんぜん。私も今来たばっかりだよ」
ヤバい。これはまるで、デートの待ち合わせみたいじゃないか。でも決して勘違いしちゃダメだ。これはあくまでもアルバイト。なのに、ちょっとだけ期待しちゃうのは、男の性なので仕方がないか。
「今日は予定どおり、トラノシンに慣れてもらうからね」
それから2人は近くの公民館へ。ここの体育館を3時間も貸し切ったらしい。そしてそこには、ウサギとトラの着ぐるみが置いてあった。
こんな広い空間にみさきちゃんと2人きり。それだけでも奇跡的なイベントなのに、彼女が体育倉庫の奥で着替えてきた衣装は、まさかの紺色の水着姿だった。
うおおおおお!?
引き締まったウエスト。そして健康的なヒップライン。それらすべてが水着を通して目の中に飛び込んできて、これこそが「ナイスバディ」と昭和のけしからん言語で誇示してくる。
ちょ、神様ッ! これって本気出しすぎじゃないですか!?
みさきちゃんは、僕が心の中でそんなことを叫んでいるなんて知らないまま、トラの着ぐるみを「うんしょ」と持ち上げ、僕に差し出した。
「これがトラノシンだよ。さあ、着てみよう!」
先輩からの命令は絶対なので、言われたとおり、トラの着ぐるみに身体を通してみる。想像以上に重く、そして中が暑い。こんなのを着て何時間も動き回るなんて。
着ぐるみアクター、侮るなかれ。顔だけ出した状態で着込んだ時点で、すでに汗でびっしょりになってしまった。
「空山くん、はじめてトラノシンを着た感想はどう?」
「暑くて重いです。時給1200円でも安い気がしてきた」
「でも頭を被ってフル装備になれば、涼しくて軽くなるよ」
んな、アホな。
百歩譲って、着ぐるみの中にエアコンが付いている可能性までは認めるとして、どう考えても軽くはならないだろ。
でもそんなことはわざわざ口にしない。このぬいぐるみを着けていると、突っ込むのも面倒なくらいの暑さなのだ。
「……で、次は何をすればいいの?」
「頭をかぶってもらう前に、注意事項があります」
「熱でキミの美しさにのぼせないように、とか?」
暑さで頭がのぼせてきたのか、のぼせた発言が口から飛び出す。みさきちゃんは唇を尖らせた。
「大事なお話なんだから、ふざけないで聞いてください!」
「はい、ごめんなさい……」
みさきちゃんは、足元に転がっていた鉄パイプを両手で拾い上げると、しょげている僕に差し出した。パイプの長さは1メートル弱。筒の直径は3センチくらい。暴走族が好んで振り回しそうな打撃用ウエポンだ。
「ショーで使うの?」
「違うよ。今から空山くんが曲げるの」
「僕を誰だと思ってんだ。曲がるわけないだろ?」
「いいから、みさき先生のいう通りにするの!」
「……はい、先生」
また怒られた。嫌われたくないので、もう逆らうのはやめにしよう。
言われるまま鉄パイプを両手で握り、力いっぱい曲げてみる。しかし、僕の力で曲げられるはずもない。
「ね? 曲がらないでしょ?」
必死に力んでいる僕を見て、みさきちゃんが満足げに言った。
「あ、あのなぁ……!」
揶揄われたことに気づいて、全身から一気に力が抜けた。ただでさえ暑いのに、力んだせいで汗が噴き出した。
「ところが、ここからがおったまげ! トラノシンをフル装備するとね。空山くんの身体能力が、今の20倍になっちゃいます!」
「に、20倍?」
「これこそが現代科学の総力を結集した、衣隠流隠れ蓑の真骨頂なのです!」
「う~ん……」
現実と虚構の境界線を見失い、僕はおもわず唸った。
たしかに僕は昨日、河原で地面が真っ二つに裂けるのを目撃した。地下にある秘密基地の存在も知った。そこまでの常識外れなSF展開は、たしかに現実だった。
だったら、これもマジなのか?
「……真実ですか?」
「真実です!」
疑うなら実際に着けてみればいい。それで真実かどうか分かるのだ。
「じゃあ被るよ」
意を決してトラの頭を装着しようとすると、みさきちゃんが僕の手を引っつかんで阻止した。
「だから、その前に注意があるんだってば!」
「あ、そうか」
「トラノシンの能力を使えるようになっても、はじめのうちは力の調節が難しいから気をつけてね」
「たしかに。なんたって20倍だもんね。でも、どう気をつければいいんだ?」
「何かに触ったり、掴んだり、力を加えたりするときは、ソッとやるの。じゃないと基地のドアが吹っ飛んだり、隊長が全治2ヵ月になっちゃうんだから!」
う~ん、たとえ話が具体的過ぎるんですけど。
おそらくはみさきちゃんの体験談。思わずゾクリとしたけど、ここでビビっている場合じゃない。
気を取り直し、覚悟を決めて慎重にトラの頭を被った。よし、これにてフル装備。全身トラまみれだ。
すると、さっきまでのサウナ地獄がウソだったかのように、身体全体がひんやりしてきた。
「うお、本当に涼しくなった」
「じゃあもう一度、鉄パイプを曲げてみてください」
両手で鉄パイプを掴んで、へし折るように力を込めた。ありえないことに、今度はそれが紙のスプーンのように、難なくグニャリとへし曲がった。
「エッヘン! これがトラノシンのフィジカルに特化した能力、『ニジュウニンリキ』だよ!」
「現代の忍者って、想像以上ににハイテクなんだな……」
「空山くん、今は21世紀だよ。100年後には、不思議な道具をポケットから出すネコ型ロボットが生まれちゃう時代だよ」
「それはそうだけど……いや、そうなのか?」
「隠れ蓑には他にも機能があるの。だけど空山くんには関係ないから、その説明は省かせてもらうね。じゃあ早速、今から練習しようか」
「ちょっと待ってくれ。その前に色々と頭の整理をしたいんだけど」
「頭の整理って?」
みさきちゃんは忍の一族。この漫画のような展開にして、このパワー・ド・スーツ。これまで疑心暗鬼だった情報が今になり、僕の中で真実に変わった。
それはつまり、僕が本当に忍の道に足を突っ込んだって証拠だ。昨日まではただの高校生だったのに、今じゃ忍者の下っ端候補になったのだ。
大体にして、次代さんは「身の安全は保証する」なんて言ってたけど、本当に信用していいのだろうか?
みさきちゃんを見ている限り、この子が僕を殺したり拘束したりするなんて想像できない。だからって、信じていいのかはまた別問題だ。
少なくとも僕は、昨日の出来事を誰にも話していない。それがせめてもの救いだ。だけど仮に今日が登校日で友だちと顔を合わせていたら、口が滑ってたかもしれない。
「みさきちゃん……もし僕がこのことを誰かに喋ったら、どんな目に遭わされるかな?」
不安に駆られ、そんなことを尋ねた。そしたらみさきちゃんは、ホラー映画に登場する生ける屍のような冷たい表情になって、口を開いた。
「忍びの秘密は絶対なの。もし秘密をばらしたら、死ぬほど厳しい罰が課せられるよ」
まさかそんな怖いことを言い出すと思わなかったから、背筋がゾクリと寒くなった。でも、今のみさきちゃんなら眉ひとつ動かさず、僕の心臓にナイフを突き立ててもおかしくない。そんな感じがしたのだ。
どうして昨日の僕は彼女の言う通り、大人しくあの場所から立ち去らなかったのだろうか。ほんの少しだけと、そんな後悔の念に襲われていた。
「でもね、いざとなったら私が空山くんを守るよ」
「えっ?」
「だって着ぐるみ団に誘ったのは私だもん。もし空山くんに危機が訪れても、私が命懸けで守るからね」
みさきちゃんの瞳に生気が戻り、いつもの彼女に戻った気がした。
だけど、思い返してみると違和感が残る。みさきちゃんが忍者なら、僕をあの場所から退かすなんて、いとも簡単だったんじゃないだろうか?
僕はその大きな疑問を、彼女にぶつけてみた。
「どうしてキミは僕を誘ったんだ? まさか本当に僕が退かなかったから仕方なく、なんてことはないよな?」
「そ、それは……」
「それは?」
「ずっと、あなたのことが気になってたから……」
「えっ?」
「私はあの河原から毎朝、高校に通う空山くんを見ていたの。そして……ずっとあなたから目が離せなかった」
ふ~ん……って、あ、あれ?
「そして私は……あなたを諦められなかったの」
ちょっと、待て。
これってもしかして……ももも、もしかするんじゃないか?
「そ、それってつまり、その……」
「ごめんね、こんなことに巻き込んで……こんな私の気持ち、迷惑だよね?」
まさかの愛の告白、キタァァァァァァァァ!!!!!!!
アドレナリンが大量に分泌され、脳内で花火が打ち上がる。体中の血液は沸騰して、もう爆発寸前だ。
くのいち忍者と侍の禁断の恋。時代劇の映画で観たことがある。この状況はまさにそのパターンだ。僕はただの高校生だけど、彼女はそんな僕を好きになってくれたのだ。
あれ?
でもそういう映画って必ず、どちらかに死亡フラグが立つんだっけ?
いいや、そんな理不尽なルールは、物語の世界だけの話だ。
「みみ、みさきちゃん! ぜ、ぜんぜん迷惑じゃないよ!」
今起きている状況に心が対応できず、僕は噛みまくった。
「本当に?」
本当に本当だ。これが夢じゃなければ、どんな状況も愛の試練として乗り越えられる気がした。
お読みいただき、ありがとうございます!
本作は毎週水曜日と金曜日に更新を予定しています。
これからも、着ぐるみだらけの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。




