第6話 研修のはじまり
「じゃあ早速、研修を始めますね」
それから1時間後。僕とみさきちゃんは、近所のファミレスにいた。
彼女はすっかり私服に着替えていて、黄色のジャケットに赤のミニといういで立ち。またインナーのおしゃれなTシャツが、これでもかと彼女の存在感を強調している。きっとこんな子に笑顔でナンパされたら、僕はどこにでもついて行ってしまうに違いない。それが得体の知れない団体のアジトだとしてもだ。
それにさっきから、まわりにいる男性客たちの視線を感じている。というか、明らかに睨まれている。その目は完全に「リア充爆発しろ」である。僕はできるだけの平然を装って、メニューをめくるフリをした。
「改めて自己紹介するね。私は衣隠みさき。今後はみさき先輩って呼んでください」
「先輩? 僕より年下じゃないの?」
「社会に出たら年は関係ないの。先にいた人の方が先輩なの」
「ということは、モエミさんも先輩になるのか」
モエミさんはみさきちゃんより年下に見えるけど、まあそれは妙に納得できる。
「そういえば、隊長さんも同じ苗字だよね」
「隊長は私の親戚。叔父さんなの。というワケでよろしくね、空山くん」
得意げに胸を張るみさきちゃん。その勢いでジャケットの下の膨らみが揺れる。
いや、ちょっと待てよ。僕の幼馴染によれば、女性は男が自分のどこに視線を向けているのかが、よくわかるらしい。だったらこのままじゃダメだ。落ち着け、視線をコントロールするんだ。
う~ん、それにしても目のやり場に困るな。
…………。
…………。
ダメだ。
どんなに自重しようとしても、視線が禁断の地へ……。
「空山くん?」
「そ、それで……僕の役目って、何をすればいいの?」
みさきちゃんがきょとんとした表情で覗き込んできたので、僕は咄嗟に誤魔化した。
「空山くんには、トラノシンを着て貰います」
「トラノシンって、さっき次代さんが着てたヤツ?」
「うん、呑み込みが早いね! さすが私が目をつけた新人くんだ!」
「再確認だけど。着ぐるみ団のトップは、次代さんで合ってるよね?」
「そしてナンバーツーが、この私なのだ!」
冷静に考えてみれば、着ぐるみ団は僕を入れても3人の組織だ。さらにそのうちの2人は僕と同い年くらいの少女。
だから、ついつい思ってしまう。
この程度の組織なら、僕ひとりでも潰せるんじゃなかろうかと。まぁ彼らが本物の忍者なら話は別なのだが。
「で、さっきの忍者って話なんだけどさ」
「ふっふっふ。やっぱり気になるよね。なんたって、忍者だもんね!」
みさきちゃんは一度姿勢を正してから、真剣な表情で語り始めた。
「信じられないと思うけど、私たちの先祖は江戸時代から続く、忍びの一族なの」
「今で言うならスパイ……いや、この呼び方は古いな。エージェントってヤツか?」
「そう、彼らのような職業もね。じつは忍びの一族の出身者が多いんだよ」
戦国や江戸時代に、幕府が忍びを使ってスパイ活動をしていたのは紛れもない事実だ。しかしその末裔が目の前にいるといわれても、実感が沸かない。
「もし、それが事実だとして……」
「紛れもない事実なんだよ、空山くん!」
みさきちゃんが「信じて!」と言わんばかりに、僕の手をギュッと握りしめる。まわりの男どもの視線がさらに厳しくなったけど、でもそんなの関係ない。むしろ優越感に浸れて心地よいくらいだ。
それにしてもみさきちゃんの手、柔らかくてあったかいな……。
あっ、いやいや!
これくらいで動揺していたら、完全に童貞認定されてしまう。僕は事実を隠すように、質問を浴びせた。
「そもそも、どうして忍びの末裔がアルバイトなんかしているの?」
「隊長も言っていたけど、あの着ぐるみは忍者用の衣装なの」
「ごめん、今だにそれが信じられないんだけど」
「だからいいんだよ」
「え?」
「誰にも存在を知られてはいけない忍びが、これ見よがしに忍者の格好をしていたらどう思う? 私は忍びですよ~って、自らアピってるようなものだと思わない?」
「でも忍者が着ぐるみなんか着てたら、余計怪しいんじゃないか?」
「今の世界はね、どこも衛生装置で監視されているの。どんなに目立たない格好で屋根の上を忍んでも、衛星カメラにしっかりと映り込んじゃう。だから私たちは、忍び衣に隠密性を持たせるのには限界があるって結論に達したの。だから最終的には、敵と戦う装備に特化させることにしたんだよ」
一理ある気もするが、やはり着ぐるみである必然性が見えてこない。
ん? それ以前にちょっと待てよ?
「敵? キミたちには、敵がいるの?」
「あっ……まあ、それはさておきまして!」
「重要な質問だから、さておかないで欲しいんですけど……」
彼女は不信感をあらわにした僕から視線を逸らすと、次の話題に移った。
「忍者用の衣装って、刀で切られても平気なように頑丈な鎖カタビラが仕込まれてたりするでしょ。私たちの着ぐるみも、そういう特殊な仕様になってるの」
「その前に聞かせてくれ。忍者用の衣装がどうして着ぐるみなんだ?」
「それはね、開発者の趣味です!」
「はい?」
「衣隠流隠れ蓑の設計者が、大の子ども好きだったの。それとね。これは人間工学なんちゃらに基づく、研究成果から導き出された科学的な答えなんだよ!」
「つまり、みさき先輩もよくわかってないんだね」
「えへっ☆」
可愛いなぁ。もういいや、こうなったらぜんぶ許しちゃおう。
「そしてここからが本題。空山くんに頼みたいお仕事なんですけど、まずはデパートの屋上で着ぐるみショーに参加して貰います」
「伝説の着ぐるみは探さなくていいのか?」
「それは私とモエミちゃんでやってるから大丈夫。だから空山くんは着ぐるみショーで活躍しちゃって下さい」
「で、伝説の着ぐるみってなんなの?」
質問されたみさきちゃんが、3秒ほど凍りつく。それからストローを咥えて炭酸飲料を啜ると、すぐにむせた。
「言いたくないなら、聞かなかったことにするけど」
みさきちゃんは、拝むように両手を合わせて頭を下げた。
「もう少ししたら話すから。本当にごめんなさい!」
「で、敵ってなんなんだ?」
「うううっ……空山くん、私を質問で苛めないでよぉ~」
いかん。泣かせてしまった。知ったところでどうなるわけでもなし、無理に聞かなくてもいいか。余計な秘密を増やしてモエミさんの奴隷にされるのは、もう少しバイトに慣れてからにしよう。
「わかった、これ以上は聞かない。そもそもキミたちが忍者だって話も怪しいままだし」
「それは後で、空山くん自身がトラノシンを着れば信じると思う」
「だけど、着ぐるみショーなんてやったことないけど」
「誰だって最初ははじめてだよ。このみさき先輩が手とり足とり教えてあげるから、空山くんは安心してていいよ~」
みさきちゃんに手とり足とり教えてもらえるのは嬉しいけど、バイト自体はとても不安だった。なんたって僕はあがり性で、人前でスピーチをしたり演じたりすることが昔から苦手なのだ。
「そういえば、モエミさんってアルバイトなの?」
「隊長以外は、みんなバイト扱いだよ」
「じゃあ、みさきちゃ……みさき先輩も?」
「そうだけど私が一番古株なの。モエミちゃんの時給がさっき上がったから、時給は一番安くなっちゃったけど」
「今でも時給300円……とか?」
「スゴイ! なんでわかっちゃったの? 空山くんって超能力者?」
この子、どうやら純粋培養の天然育ちらしい。
よく考えてみれば、あのクールなモエミさんもこれまでの間、時給300円で文句ひとつなく働いていたのだろうか。そう考えると彼女が急に可愛らしく思えてきた。みさきちゃんもモエミさんも、特別な忍びの一族というわりには、かなりぞんざいな扱いを受けているようだ。
「みさき先輩も、時給を上げてもらえばいいのに」
「それは無理だよ。みんなの時給が上がっちゃったのは私のせいだし、やりくりしてる隊長にも悪いし……」
これでもか、というくらいに切ない顔をするみさきちゃん。だいぶ経済的に苦しい立場なのだろうか。そういえば彼女、ドリンクバーしか頼んでいなかったっけ。仕方ない。ここは僕のおごりにしておこう。
「では気を取り直しまして、明日からの予定だけど……」
みさきちゃんの説明によると、まず僕は隊長の「トラノシン」を借りて、アクションレッスンを受けることになるらしい。
「このアルバイトは、私たちの隠密行動をカモフラージュする意味もあるの。だからとっても大事な仕事なんだよ」
みさきちゃんは最後にそう告げると、伝票を持って立ち上がった僕に天使のような笑顔を向けた。
「空山くん……もしかしておごってくれるの?」
「うん、みさき先輩にはこれからお世話になるし。これくらいはさせてください」
「ゴチっす、空山くん!」
みさき先輩はキラキラした目で僕の顔をまじまじと見つめてそう告げると、前傾60度の角度で深々と頭を下げた。
天然系貧乏美少女、衣隠みさきちゃん先輩。
僕の中で、彼女のキャラクターが着々と固まりつつあった。
お読みいただき、ありがとうございます!
本作は毎週水曜日と金曜日に更新を予定しています。
これからも、着ぐるみだらけの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。




