第5話 モエミさんとパンツロー
ボーイッシュで端麗な顔立ちのその少女が着ていたのは、みさきちゃんのウサギと同様、そのスレンダーなボディラインがはっきりとバレてしまう、スタイリッシュなパンダの着ぐるみだった。
「モエミくん、アルバイトごくろうさま」
猫なで声のトラが、パンダの少女をねぎらった。僕の勘がポンコツでなければ、どうやら彼女が3人目のメンバーらしい。背が高くてすこし大人びた雰囲気だけど、童顔で控えめな印象に見える。結論、僕やみさきちゃんより年上だろう。
「コイツをここから出したら、外で全部喋るに決まってるわ」
モエミさんは視線の先の虚空を見つめたまま、冷ややかに苦言を呈した。これで両手にパンダの首を抱えてなければ、クール系少女と呼ぶにふさわしい佇まいだ。
えっ? どうしてみさきちゃんは『ちゃん』付けなのに、彼女は『さん』付けなのかって?
それはモエミさんに『ちゃん』付けでは許されない、ただならぬオーラを感じるからだ。今のみさきちゃんには感じない、負のオーラを。
「空山くん、紹介するね。私たちの仲間のモエミちゃん。装着している着ぐるみの名前は、パンツローくんです」
「あ、どうも……」
兎にも角にも相手は怒っているみたいなので、友好的に振舞いたくて頭を下げた。するとモエミさんは、友好的じゃない物騒な言葉を口にした。
「もう二度とあなたは、ここから出られない。一生、私たちの虜として生きるのよ」
オー、マイガット。
ここにきて、イヤな予感が的中してしまった。みさきちゃんを助けに来たつもりが、今となっては自分の身が危うくなっているじゃないか。
自・己・責・任。
そんな言葉が僕の脳裏をかすめる。
「僕をどうする気だ? ここに閉じ込めるのか?」
「そんな悪いことを、私たちがするわけないじゃないですか!」
ウサぴょンが、ぴょンぴょン跳ねながらわめく。
「なら、どうするつもり?」
モエミさんが相変わらずの低いトーンで、トラに詰問した。
「う~ん、弱ったなぁ」
トラはさっきからずっと頭を抱えている。こんなに困りっぱなしのトラなんて、生まれてこの方見たことがない。
「だから空山くんは私たちと契約して、ここでバイトをすればいいんだよ。それで全部解決でしょ?」
「イヤだと言ったら、僕は監禁されるのか?」
「奴隷になってもらうわ。そして毎日、私の足を舐めるの」
「モエミちゃんだけずるい! 私だってそういうのして欲しいし!」
うむ、なるほど。いやいや、ちょっと待った。
モエミさんたちの脅し文句を聞いて、「それも悪くないかも」と思ってしまった自分がいちばん怖い。
「ねえ、空山くん」
トラは何かを決心したのか、事務机に両手をつくと、椅子から重い腰を上げた。
「な、なんですか?」
「本当にここでバイトしてみない? けっこう楽しいと思うよ?」
「そうだよ空山くん、一緒に働こうよ!」
みさきちゃんが胸の前で手を握りしめながら、明るい声で叫んだ。モエミさんは黙ったまま、氷みたいな怖い視線をこちらに送っている。正直、どうすればいいのかわからなくなっていた。
「ところで、バイトの内容はなんですか? 伝説の着ぐるみを探しているって聞いたんですけど」
すぐに結論が出せず、時間稼ぎに聞いてみた。
「ちょっとみさきちゃん、そんなことまで喋っちゃったの?」
「エヘヘ……」
「コイツ、やはり生かしたままでは帰せない」
「エヘヘ……」
いや、(*´σー`)エヘヘじゃないよ、みさきちゃん!
モエミさんの殺気が、本気と書いてマジっぽい。どうやら聞いてはいけないことを聞いてしまい、話してはいけない人に話してしまったらしい。
「モエミくん、そういう悪者っぽい発言はダメでしょ。我々はあくまでも正義の味方なんだから」
「そうだよ、私たちはホワイトな正義の味方なんだよ?」
「フン、なにがホワイトな正義の味方だ……」
言いながら、少しだけ顔を赤らめるモエミさん。世間一般的には、こういうのをツンデレと呼ぶんだろうな。
「伝説の着ぐるみの件はともかく、空山くんには着ぐるみショーに出演してもらいます。要は、着ぐるみアクターです」
着ぐるみアクター?
「あの、僕にそういう経験値は全然ないんですけど……」
「大丈夫だよ、そんなのはすぐに慣れるから」
トラは自分の頭に両手を添えると、ズボッと上に引っこ抜いた。その奥から出てきたのは、雑誌の表紙を飾りそうな、チョイ悪中年の渋い顔だった。
「紹介が遅れたけど、僕の名前は、。着ぐるみ団の隊長です。あっ、なんで団なのに団長じゃないの? って突っ込みはやめてね。みんながそう呼ぶから、そうなってるだけだから」
くそ。今まさに突っ込もうとしていただけに、ちょっと悔しい。
「あと僕はね。キミがバイトを断っても、虜にするツモリはありません」
「でも隊長、コイツは私たちの秘密を……」
抗議するモエミさんを、次代さんが「まあまあ」となだめる。
「みさきくん。キミがなんの保険もなく、僕らの秘密を他言しないことくらい、よくわかってるよ」
「うっ……それはその……」
次代さんに突っ込まれ、目を伏せてゴニョるみさきちゃん。でも話の中心にいるはずの僕には、なんのことだかわからない。
「保険って、なんのこと?」
「えっと、それはその……」
「拘束はしないけど、ここでの出来事は、すべて忘れてもらうってことさ」
みさきちゃんに代わって答えたのは、次代さんだ。
「それってまさか、スパイドラマに出てくるような、記憶を消すクスリを注射する気じゃ……」
「フッ……そんなまどろっこしいことなど」
モエミさんが不敵な笑みを浮かべ、吐き捨てるように言った。
「キミの頭を巨大なハンマーでぶっ叩く」
「えっ、えええぇぇぇっ!!!!!」
「という冗談はさておき、空山くん。信じられないと思うけど、僕らは忍びなんだ」
それも冗談にしか聞こえない。次代さんは、みさきちゃんと同じようなことを言い出した。
「衣隠流なんちゃらって話なら、さっき、みさきちゃんに聞きました。だけどその格好で言われると、余計に説得力がありません」
「これは昔で言うところの、忍者装束ってヤツだよ」
「えっと……ただの着ぐるみですよね?」
「いいや、これは現代版の忍者装束だ。そして、衣隠流忍びの最大の武器は2つある。それがこの着ぐるみと、幻覚術だ」
「幻覚術?」
「催眠術の一種だ」
じれったくなったのか、モエミさんが口を挟む。
「僕らは忍びとして、敵に幻覚を見せる術を会得している。それを使えば、人の記憶を消すことも可能だ」
忍術が催眠術の一種? なるほどね。そんな風に説明されると、まったくの作り話ではないような気もしてくる。
「じゃあ僕が断ったら、その催眠術で記憶を消されるんですか?」
「悪いけど、そうさせてもらうことになる」
僕を見る次代さんの目が、ギラリと不気味に光った気がした。みさきちゃんはさっきから、心配そうに僕を見つめている。記憶が消されれば、彼女のこともすっかり忘れてしまうのだろうか。
「隊長、どうしてこんなひ弱そうな男をわざわざ仲間にするのだ。仲間を増やすなら、もっと強いヤツを選ぶべきだろう」
モエミさんが反対したけど、次代さんは自分の肉球を彼女の口元に持ってきて、無言のまま彼女を制した。
「空山くん、どうする?」
「僕は……」
何もかもが怪しいバイトであることは確かだ。それも雇い主は、自分たちを忍びだと言っているアブナイ連中。となれば当然、僕が取るべき行動はひとつしかない。
「時給1200円なら、やってもいいかな……」
背後でモエミさんのため息が聞こえる。それでもみさきちゃんは、期待していた天使の微笑みを浮かべてくれた。僕はそれだけで、自分の判断が間違っていなかったと確信する。
「よし。じゃあ後の説明は、みさきちゃんにお任せします」
「がってん承知の助! じゃあこれからもよろしくね、空山くん!」
うさぴょンに抱き着かれ、着ぐるみ越しに、生まれて初めて女の子の柔らかさを知った僕が興奮で気絶しかけたそのとき、モエミさんがなごんだ空気を引き裂いた。
「隊長、私も時給1200円を要求する。異論は認めない」
彼女は吐き捨てると、部屋から去って行った。
「弱ったなぁ、この不景気だっていうのに……」
その場に残された次代さんはうなだれて、自前の頭を机に打ちつけた。
お読みいただき、ありがとうございます!
本作は毎週水曜日と金曜日に更新を予定しています。
これからも、着ぐるみだらけの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。




