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第4話 衣隠流着ぐるみ団

 地面にぽっかり開いた入口から、地下へと続く階段が続いていた。


「こんなとこに穴なんか掘って、誰かに怒られないの?」


「バレたらきっと、いろんな人に怒られると思うよ」


 あっけらかんとした様子で答えるみさきちゃん。ウサギの顔は、笑顔のままだ。


「よく今までバレなかったね……」


「ほら、この下が秘密基地だよ」


 秘密基地。


 小学校以来、完全にご無沙汰だったワードが、今になって登場するとは。みさきちゃんと一緒に階段を降りながら、僕はまだこの状況を受け入れられずにいた。


 これはきっと夢だ。そうに違いない。


 だからお約束のように、自らのほっぺをつねってみた。


 うん、すごく痛い。


「あれあれ~。まだ信じられないのかな~?」


 赤く腫れた僕のほっぺを見て、ウサぴょンがニヤリとする。さっきまでの頼りなさはどこへやら。完全にドヤ顔モードだ。


 凄いな。最近の着ぐるみって、こんな表情までできるんだ。しかも少し前から、何気にタメ口になってる。


 地上から20メートルほど下ったあたりで、穴の底に到着した。


「空山くん。ようこそ、我々の秘密基地へ!」


 そこは直径10メートルほどの円形ホール。壁はコンクリートがむき出しで、ファンタジーRPGに登場する地下廊のようにも見える。気がつけば、みさきちゃんは再びウサギの頭を装着していた。


挿絵(By みてみん)


「でもなんでこんな場所に作ったの? 入口があんな場所じゃ、ステルスなんちゃらがあったとしても、バレるのは時間の問題だと思うけど」


「少し前まではあの辺り、背の高い雑草で茫々(ぼうぼう)だったんだよ。なのに最近になって草刈りがあって。入口の部分の芝生が周りから丸見えになっちゃったんだよね」


「でもそのくらいのことは、作る前から想像がつきそうなものだけど」


「それにね。ここは作ったって言うより、最初からあった空間を利用して秘密基地にしたんだ」


「最初からあったって、どういうこと?」


「日本にはね、こういう風穴が色んな場所にあるみたいだよ」


「なんのために?」


「つまりは、都市伝説的な……謎の地下通路的な……ミステリー的な、なにか……とか?」


「何も知らないんだね」


「空山くんってば、さっきから難しい質問ばっかり。さぁ、着いたよ」


 みさきちゃんは頑丈そうな扉の前に来ると、立ち止まって大きく深呼吸をした。それから「うんしょ」と、力いっぱい大きな扉を両手で押し開けた。


「最新技術っぽいダンジョンの入口だったくせに、ここは手動なのかよ」


「空山くんはさ、経費削減って言葉知ってる?」


 みさきちゃんに続いて扉をくぐると、中は灰色のコンクリートで覆われた中途半端な空間だった。どのくらい半端かと言えば、大げさな扉のわりには学校の教室くらいの広さしかない。部屋の中には、雑然と四つの事務机が置かれていた。


 巨大宇宙人が活躍する70年代の特撮番組でも、もう少し基地っぽいセットが用意されていたと思うのだけれど、僕の記憶違いだろうか。


 部屋のいちばん奥にある事務机の前には、トラの着ぐるみがちょこんと椅子に腰掛けていた。トラはこちらに気づくと、パソコンをパタリと閉じた。


「隊長、戻りました」


 みさきちゃんは、トラの着ぐるみに向かってウサギのまま敬礼した。


「で、その隣の人は誰なの?」


 トラの着ぐるみが、猛獣とは思えない弱々しい声で聞いた。声からすると、中身の人は男性だろう。


挿絵(By みてみん)


「空山くんです。さっき入ったばかりの新メンバーです」


「新メンバーって……誰がそんなこと決めたの?」


「えっと、それはその……なんちゅうか、本中華……」

 

 おい、そこの日本語。


 みさきちゃんが昭和のCMの名フレーズを口にしてごまかした。つーか、この空気から察するに、みさきちゃんに人事権なんてものはゼロのようだ。


「本中華じゃないよ〜。そういうの勝手にされると困るんだよ~」


 トラの着ぐるみが椅子に座ったまま、手足をバタバタさせて抗議した。トラを着込んでいるわりにはこの人、さっきからあまり強そうじゃない。みさきちゃん同様、この組織の下っ端だろうか。


「空山くん。この人が着ぐるみ団のボスだよ」


「あ……そうなの?」


 いきなり予想を覆され、僕は唖然とした。


「ちなみにね、ナンバーツーはこの私なの!」


 えっ?


「あの……聞いていいかな。着ぐるみ団って全部で何人いるの?」


「隊長と私とモエミちゃんの3人だよ。あ、今は空山くんもいるから、これで4人に増えたね!」


 な~るほど、よくわかった!


 僕が地上で勝手に想像していた「巨大で邪悪な秘密組織」なんて、ここには影も形もなかったんだ。目の前にいるのは、ただのウサギとトラの着ぐるみコンビ。正体こそミステリーに包まれたままだけど、僕の出番は終わったも同然だろう。


「じゃ、僕はこれで失礼します」


「え、なんで?」


「だって、お呼びじゃないみたいだし」


「そんなことないよ。空山くんは、すご~くお呼びな人だよ!」


 みさきちゃんのヘンな日本語はさておき、話を進めるとしよう。


「時給1200円のバイトだって聞いて、ここまで来たんですけど」


「1200円? みさきちゃん、どういうことなの?」


 トラが「ありえない」といわんばかりに動揺している。


「あれは、その場の勢いっていうか……なんちゅうか、本中華……」


「みさきちゃん、だからさぁ。本中華じゃわからないよ~」


 CMネタを繰り返すウサギを相手に突っ込むトラ。薄々気づいていたけど、やっぱり適当だったんだな、この子。


「あの……話が違うようなので、これで失礼します」


「え~、そんなぁ~ん」


 へい、そこのみさきさんよ。そんな風に可愛い声で、可哀想アピールしたって無駄だ。ここに居続けたらロクなことにならない。普段は眠りこけている僕の野生の勘が、そう告げていた。


 所詮、僕は男版アリス。不思議の国からはさっさと退散して、現実に帰るのが正解だろう。


「でも隊長、空山くんは我々の秘密を知っています」


「それはわかってるよ。現にここまで来ちゃったんだし」


 トラの着ぐるみは肉球部分をアゴに当てて、首をかしげてみせた。


「だから空山くんは、今さら引き返すことはできないんです!」


「たしかに、このままってわけにはいかないかなぁ……」


 えっ、そうなの?


「でしょ? だからもう、ここでバイトするしかないんですよ!」


「でもモエミくんに時給のこと知られたら、また怒られるよ」


「じゃあ、モエミちゃんには秘密にしておきましょう!」


「また秘密を増やすの? いずれ絶対バレるのに?」


「どうせ後でまとめて怒られるんですから! 今さら少しくらい増えても、ノープロブレムです!」


「あの、ちょっといいですか?」


 いつまでも終わりそうもないので会話に割り込むと、ウサギとトラが同時にこっちを見た。2匹まとめて動物の着ぐるみに見つめられると、どういうわけかちょっと照れくさい。


「ちなみに、僕の意思はどこへ行っちゃったんでしょうか?」


 こっちを向いていたウサギとトラは、2人同時に首をかしげた。うん、これはこれで可愛い。いや違う、そうじゃない。


「そんな顔されても、困るんですけど」


「空山くんは時給が1200円なら、ここでバイトしてくれるよね?」


 ウサギ姿のみさきちゃんが、僕の手をとって懇願した。


「だって、そんなの無理なんだろ?」


「無理じゃないですよね、隊長!」


 しかしトラの着ぐるみは、首をかしげたまま、なにも言わなかった。


「隊長! 寝たふりしないで下さい!」


「……ああ、いかん、いかん。ついウトウトしてしまった。こいつは、うっかり八兵衛だな」


 ウソつけ。今のは明らかに寝てなかっただろ。


「隊長、ご決断を!」


「仕方ないなぁ。モエミくんには内緒だよ?」


「やったね、空山くん! ついに時給1200円、ゲットだよ!」


「あの……せっかくですけど、辞退させていただきます」


 僕は彼女のせっかくの申し出を断った。


「えっ? なんで? 時給1200円だよ? なんなら私が代わりたいくらいなんだよ?」


 みさきちゃんは、顔を挟み込むように両手を頬の部分に押し当て、信じられないという驚愕の表情を演出してみせた。どうやら、ウサぴょンは本当に時給300円で働いているらしい。


「なら、謹んで代わってあげるよ。これで文句ないだろ?」


「でも空山くんは、私たちの秘密を知ってしまったんだよ?」


「大丈夫、誰にも口外したりしないよ。それにこんな話をしたところで、誰も信じるとは思えないしね」


「それ、ウソね」


 そのとき、後方で背筋が凍るような、低く冷めた声が聞こえた。


「あ、モエミちゃん!」


 ウサぴょンがウサギの耳をピンと立てて、僕の後方に声をかけた。振り返るとそこには、首から下がパンダ姿の少女が、コンクリートの壁にもたれかかって立っていた。


お読みいただき、ありがとうございます!


本作は毎週水曜日と金曜日に更新を予定しています。


これからも、着ぐるみだらけの物語を楽しんでいただけたら嬉しいです。

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