#ハインツ3
ハインツが退院を認められた頃、司令部からの出頭命令が来た。内容は、司令官との面談だった。入院中も司令部の人間とはやりとりはしており、任務の報告も済ませていたので、ハインツからすればやはり意図が判明しなかった。だがすぐに、まだ任務失敗の処分を下されていないことを思い出した。それでも、司令官との面談に至るのは異例だ。
軍服に着替え、司令部に速やかに出頭したところ、面談室に案内された。面談室にはすでに司令官が待っていた。亜麻色の長い髪の女性だった。
「ハインツ・アズマであります。命令に従い、出頭しました」
「ミア・オートマイヤーです。知っているとは思いますが、一応司令官です」
「存じております」
「堅苦しいのは結構ですので、座ってください」
促されるまま、ハインツは司令官の前に座った。
なんだか調子が狂う。形式的には部下であるハインツに対する丁寧な態度に、居心地の悪さを感じていた。
ミア・オートマイヤーは言わずと知れた、救世軍のトップだ。全ての作戦の命令は、彼女が下すことになっている。このエデンという社会における、唯一の権威だった。
救世軍の兵士たちは十代後半くらいの容姿をしている。司令官を始めとする司令部の人員も例外ではない。地球時代にはありえない光景らしいことは、ハインツも知識でだけは知っていた。もっとも、ハインツたち救世軍の兵士たちからすれば、老人が指導層を占めていた地球時代の人類の慣習は相当に奇異に見えるのだが。
「ハインツ飛行士は、緑茶は好きですか?」
「緑茶、ですか」
「はい。私、緑茶が好きなんです。数少ない趣味と言っても過言ではないでしょう」
「はあ」
「折角ですから、ハインツ飛行士にも味わっていただきたいと思っています」
控えていた男性兵士が、ハインツの目の前にあった湯呑にお茶を注いだ。飲めということらしい。
「いただきます」
熱々の緑茶をわずかに啜る。
独特の苦みが口の中を広がった。好んで飲むものではないなと、ハインツは思った。
緑茶はともかくとして、ハインツは目の前の女性にわずかに視線を移した。覗き見するようで微妙な良心の呵責を覚えつつ、ミア司令官のことを考えた。
美しい女性だと思った。
亜麻色の長髪は、女性的魅力に溢れている。微笑むようにわずかに口角を上げる仕草が、精神的な余裕を感じさせる。
ハインツが想像したのは、地球時代の人類の女性崇拝だった。女神や聖女のような偶像を崇めていたのは、偏執的というよりはずっと普遍的な愛情なのではと、真剣に考えていた。
実際のところ、救世軍内でのミア司令官の立ち位置はそのような存在に近かった。司令官という実務上の役割以上に、エデンという社会にある偶像としてのカリスマがあったのである。
ハインツも今まで直接会ったことはなかったが、今日に至って目に毒だと思った。というよりも、精神に毒だ。眩しい光に晒されたようでさえあった。
「ところで、今日の面談の要件は?」
呼び出された理由は、今日に至るまで結局のところわからずじまいだったのだ。今後の処遇の件ではあると覚悟はしているのだが。
「まずは、怪我の件についてお見舞い申し上げます」
「いえ、それはしかし、」
ハインツが言い淀んだのは、あまりにも予想外の光景に接したからだ。だが、気を取り直して応えた。
「怪我については、任務失敗の結果だと考えています。最善を尽くしたつもりですが、作戦失敗に至った責任は自覚しています」
「救世軍の作戦は全て司令部で立案され、司令官である私が命じるものです。ハインツ飛行士が怪我を負った責任は、私にもあります」
「いえ、そんなつもりで言ったのでは、」
「最善を尽くしたのでしょう? 戦闘データを拝見しましたが、あなたの主張に偽りはないと考えます」
ハインツは何も言えなくなった。一体、自分は誰を相手にしているのか?
「今後の処遇を気にされているのは察します。結論から言いますが、処分を下すつもりはありません」
「ですが、俺は任務に失敗しました」
「元々、特務隊の任務は特殊です。そのための部隊ですから。常に失敗と隣り合わせでした。司令部としても、特務隊への扱いにある種の甘えがあったことは認めざるを得ません」
だが、それは特務隊への期待の裏返しではある。特務隊が特別な敬意を持って兵士たちから扱われるのは、そういう事情がある。危険な任務を達成することによる結果的な敬意なのだ。困難な任務を恐れるのであれば、一般部隊への転属も希望できる。
「俺は特務隊の一員であることを、誇りに思っています。不満を持ったことはありません」
司令部の作戦に不満を抱いたこともない。困難だからこそのやりがいを感じていた。
「そう言っていただけると、助かります。――実は、今日あなたを呼んだのには別に理由があるのです」
一瞬、ハインツは怪訝に思った。処分ではないのなら、なぜ司令官が直接自分に会いに来るのか。
「ハインツ飛行士、パイロットを辞めて、私の副官になっていただけませんか?」
背後から殴られたような衝撃だった。一瞬、これまでの経歴を否定されたようにも感じたが、それが身勝手な錯覚なのは理解できた。
「――副官、ですか?」
「はい、副官です。端的に言うと、私の秘書になっていただきたい」
秘書という説明に、ハインツは困惑した。処分が下され、もしかしたらパイロットを続けられない可能性も想像していた。だが、なぜ副官――秘書なのだ?
「役職としては副官ですが、司令部として現場の意見を取り入れたいと常々考えていました。パイロットとしての見地から、ハインツ飛行士には今後の作戦立案にもオブザーバーとして協力していただきたいのです」
「……そういうことですか」
やっと腑に落ちた。困惑から納得に変わる。今になって思うが、他人の意図がわからないというのはストレスだなと、ハインツは内心呟いた。
「もちろん、司令官付きの秘書としての業務を担ってもらうことに変わりはありません。パイロットから副官というのは異例ですが、これまでの人事慣行への挑戦という意味合いもあります」
だが、ハインツはどうしても頷けなかった。その執着を自覚はしていた。
「ミア司令官、俺はパイロットとしての責務をそんな簡単には捨てられない」
「そう言うとは思いましたよ。ですがいずれにせよ、すぐにはパイロットへの復帰は認められません。――怪我を負っていることを忘れていませんか?」
すぐに反論の言葉を思いつくことができなかった。ハインツは自分の怪我の状況を思い返した。まだ痛みも出血もある。本調子では決してない。
「副官としての職務は、パイロットへの復帰までということでも構いません。一刻も早くパイロットに戻りたいというのであれば、治療に専念することも認めましょう」
「俺は……」
「この場で結論を出さなくても大丈夫です。次にお会いするまでに考えておいてください」




