#ハインツ2
ハインツは目が覚めると、意識が朦朧とするのを強く感じた。一瞬の軽い記憶喪失から回復するとともに、自己の認識を取り戻した。
ハインツ・アズマは戦闘機シグルドのパイロットだ。所属は特務隊。一応は救世軍内のエリート部隊とされている。
特務隊の一員として、そのことを誇りに思っていた。任務の失敗なんて、ありえない。だが、死地に赴く以上は「絶対」はありえない。ハインツは撃墜された。自由を失った翼が無様にも墜落していくのを実感しながら、死ぬことを確信していた。――だが、なぜか生きている。
ハインツはやっと自己の境遇を察した。運よく生き延びた自分は、さらに幸運が重なって上手いこと別部隊に回収されたのだろう。
パイロットとして撃墜されたことは屈辱ではあるが、生き延びた幸運を噛み締めた。
自分がベッドの上で寝ていることに気づき、上体を起こす。エデン内の病院にいることはわかったので、コールボタンを押してしばらく待つことにした。
待つというほどの体感もなく、ボサボサの髪をした白衣の男性がやって来た。
「驚いたよ。これほど早く目覚めるとは、ね。気分が優れていないのなら、もうちょっと寝ていてもいいんだよ?」
「現状が知りたいんだ、シオ医官」
病室でさえ陽気さを隠そうとしない医官を目の前に、目眩がしそうだった。
「それは叶わないかな。怪我人らしく寝ていたらいいよ、ハインツ」
「俺は撃墜されたんだな」
提案に構わず、シオ医官を質した。死にかけた患者を前にしても、シオ医官は躊躇わなかった。
「うーん、それくらい教えてもいいかな。そうだよ、撃墜されたけど、運よく回収された」
「俺を回収したのはどこの部隊ですか?」
「第31部隊だよ。彼らも任務だからね、礼を言う必要はない」
ハインツは思い出した。第31部隊は、特務隊でこそないが生還率の高い部隊で知られている。生還率が高いということはつまり、任務の成功率が高いことをも意味する。
「俺以外の隊員はどうなったんですか?」
自分の身の安全を確信するなり、感情を抑えきれないでいた。
「生還者は、きみとレオルドだけだよ」
「……ほぼ全滅だな」
ハインツは望んでもいないのに、笑えてきた。特務隊の一員としての誇りもなにもない。生きているだけで精一杯だった。なにもかもを失ったようだった。
「レオルドはどうしているんですか?」
無意識に、友人にして同僚の名を口にしていた。
「まだ寝ているよ。まあ、きみよりもちょっと重症というくらいだね」
「でも、レオも助かったんだ」
「そうだね。生きていることにどれだけ意味があるかはわからないけど、とにかく助かった。救世軍としては、歴戦のパイロットを二人、失わずに済んだんだよ」
この状況で無理に前向きになれば、そう言えるのかもしれない。
ハインツにはこの期に及んで心配いることがあった。そのことを問うのは、勇気が必要だった。
「俺はこれだけの怪我を負って、パイロットに復帰できますか?」
その深刻な問いにも、シオ医官は迷うことなく言った。
「身体の問題だけなら、どうとでも解決できるよ。怪我が治るのにも、リハビリにも時間は掛かるけどね。問題は、他に二つあるかな」
「二つ?」
カニのハサミのように二本指を動かしながら、シオ医官は続けた。
「まず医官としては、精神の問題がないかが心配だね。撃墜の体験がトラウマになっていないとも言えない」
「それは、どうとでもするさ」
「もう一つは、司令部の意向かな」
ああ、そうかと、ハインツはシオ医官の言いたいことを察した。任務の失敗は、同情だけでは取り消せない。司令部から厳しい処分が下る可能性もあるだろう。パイロットとしての生命は、心身の問題だけではない。
「でもまあ、そこまで心配しなくてもいいと思うよ。この時代、パイロットの需要はいくらでもあるからね。無意味な処分で、人材を手放すことはないだろうさ」
「だといいのですが」
傷ついた心身では、慰めにもならなかった。
「せっかく久しぶりに再会したというのに、暗い話ばかりだね。きみは定期検査を機械的に受けに来るだけで、ろくに病気も怪我もしないからね」
「健康であることしか、取り柄がないんですよ」
そもそも、二人はそこまで親しくないのである。定期検査のときも、一方的に話してくるのはシオ医官の方だった。
「ハインツ、これからきみには精密検査を受けてもらうよ。怪我は一応は治療したけど、まだ治ったわけではない。どのような結果であっても、しばらくは病院に入院してもらうことになる」
「……わかってますよ」
「それともう一つ、伝えておかなければならないんだけどさ」
「なんですか?」
まだあるのかと、ハインツは訝んだ。
「司令官がきみにお会いしたいそうだよ。ある程度の快復が認められたら、僕から司令部に報告するから」
予想外の内容に、ハインツは一瞬呆然とした。
「司令官が、なぜ俺に?」
「聞いていないけど、任務の報告も兼ねているんじゃないかな?」
それにしても司令官が直接、現場のパイロットに会いたいというのは妙な話だった。ハインツは怪訝に思ったが、現状考えるだけ無駄だと割り切ることにした。今後の処遇の話もあるのだろう。
「じゃあ、ハインツまたね。今後の治療のことは、また話し合おう」
ひらひらと手を振りながら、シオ医官は病室を後にした。入れ替わるように、別の医官がやって来た。




