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イノセント・スカイ  作者: もちもちな魔族
Part1

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#カイ3


「いやあ、今日もいい仕事したなあ!」


 フェリックス級航空母艦に戻ったカイたちは、各シグルドの損傷状態を確認すると、その足でシャワールームに向かった。無論、男女別であるが、各人が汗だくの身体をシャワーで流した後、着替えてブリッジで過ごすのが近頃の任務後の流れだった。


「そりゃ、あんたは満足だろうね」


 スレンダーなショートヘアの女の子は、アイカだ。呆れながら、スポーツドリンクの入ったペットボトルに口を付けた。


「またカイくんの無茶に付き合わされました〜」


 ぐったりと疲れたように言ったのはマリナだ。ショウとエレナも同感と言いたげに頷いた。マリナは長い髪を編み込んでおり、アイカより若干肉感的な体つきだった。


 カイを含む救世軍の兵士たちは、地球時代の人類でいうところの十代後半くらいの容姿だった。もっとも、この時代における人類に年齢というものは意味をなさない。彼らとて実年齢などすでに忘れている。戦い続けることだけが、生きていることの証明であった。


「ああ、この一杯が美味いんだよなあ」


 アイカから受け取ったスポーツドリンクを飲みながら、カイは呟いた。


 カイとしては満足のいく任務だった。なにせ、思いもよらずに戦闘になったのだから、不満などあるはずがない。もっとも、それはカイだけの考えなのだが。


「なあ、カイ。俺たちだって戦うのが嫌だってわけじゃないんだ。死ぬのは怖いが、生き残れる自信がある。だが、お前と一緒に戦うのだけは、毎回決まって疲れるんだ」


 ショウは苦虫を潰したような顔をしていた。


 カイの戦い方が好評だったことはない。今まで所属していた部隊でも概ね不評である。


「つれないなあ。俺たち、同じ部隊で戦うようになって結構経つだろう?」


「ぶっちゃけ、慣れてはきたよ」


「だろう?」


「お前になに言っても無駄な気がしてきたから、この話はやめよう。俺は疲れたから寝る」


「私も休むことにするよ。カイはどうでもいいけど、アイカもマリナも早めに休みな」


 エレナはショウと同時に立ち上がった。充てがわれた自室に戻るつもりらしい。


「俺の扱い方、雑だなあ」


 二人がブリッジを去るのを見送りながら、カイは苦笑した。


 ウィーズル五機との戦いが終わった後、すぐにはカイたちは母艦には戻れなかった。というのも、本来の任務は護衛だからだ。撃墜された特務隊の回収、その支援が今回の任務内容なのだ。 


 結局、強化型ではなかったウィーズルを撃墜した後、回収班を出動させ、生存パイロットを探索させた。地表は有毒ガスが覆っているので、それなりの装備をした兵士たちが回収にあたった。結果として、生存者二人の回収に成功した。今は別室で医療班による治療を受けているが、どうやら命は助かりそうとのことだった。


 回収任務の終了を告げるように、撃墜されたシグルドを爆破した。機密情報の塊をそのまま放置する訳にはいかなかったのだ。さすがに、その光景だけはカイにも思うところはあったが、深く考えるのは早々にやめた。考えすぎないところが自分の長所だと、カイは自覚していたのだ。


 フェリックス級航空母艦の外観は、大きな黒い鯨のようだった。シグルドを発進させるときと帰還するときに、カイはなんとなしに眺めているが、大きな鉄の塊が雄大に空を泳ぐ姿は、それなりに見どころのある光景だと密かに思っている。


 そのブリッジに今も残っているのは、カイとアイカ、マリナだけだった。ブリッジといっても、本来の役割はもはや果たしていない。昔は偉い人が指揮する場所だったのだが、現在では全てAIが代替している。シグルドの発進作業はおろか、エデンまでの帰還も自動で行われる。ブリッジは死語で、今や「リラックスルーム」とでも呼び名を変えたほうがいいとは、パイロットたちの総意と言えそうだ。


 アイカが思い出したように言った。


「カイ、報告書忘れないでよ。今日はあんたの指揮だったんだから」


「……そうだったな。指揮担当だと好きなように戦えるのはいいんだけど、報告は面倒だな」


 その任務における指揮担当者が、報告書を作成する慣習になっている。報告書は司令部が確認することになっているが、フェリックス搭載の大型レーダーが収集した戦闘データが別に送られるはずなのに、報告書の意味があるのか、カイは納得していなかった。もっとも、勝手に放棄するわけにはいかないのだが。


 タブレット端末を持ち、面倒そうに作業を始めるカイに、マリナが言う。


「私が代わりにやってあげましょうか?」


「なにが狙いだ?」


「その反応、酷いですよ?」


「で、なにが狙いなんだよ?」


「話、聞いてます?」


 睨み合うカイとマリナだったが、先に折れたのはマリナの方だった。


「代わりにやってあげるので、カイくんの配給分を少し分けて欲しいんですよ」


「配給分?」


 カイは一瞬、疑問に思ったが、マリナの言い分を察した。


 エデン・救世軍には、定期的に食料などの配給がある。真っ当に経済活動が行われていない社会であるエデンだが、兵士たちにとっては給料のようなものだ。割り当てられた配給分の範囲内で、配給内容を希望することができるのだ。大抵は食料の内容の変更を希望するのだが、娯楽に使う者も少なくない。


「なんか、欲しいものでもあるのか?」


「最近、アーカイブを見るのにはまってるんですよ。権限の拡大を申請したいんです」


 アーカイブは、エデンが保有するデータベースだ。地球時代の娯楽作品や学術論文などを含む、膨大な資料が保存されている。


「オーケー。パン一切れ分で手を打とう」


「鬼か!」


 不満を述べつつも、マリナはカイからタブレット端末を受け取り、報告書の作成を始めた。


 配給分の直接的なやりとりはできないが、マリナの分の食料をカイの配給分で申請すれば、その分の配給分を実質的に譲ることになる。そして、アーカイブの権限は限られた資源を消費しないので、パン一切れ分でも充分なものが手に入るのである。こういうやりとりは、エデンでの暮らしに必要な知恵だった。


 やることがなくなって、手持ち無沙汰になったカイは、ふとアイカの方をじっと見つめた。不満げにアイカが言う。


「……エロい目でわたしを見るな」


「見てねーよ」


 半分くらいは本音だ。疲れているからこそ性的欲求が湧いてくるが、疲れているからこそその気になれない。


 今回の任務には満足した。あとは帰ってセックスするだけだ。


 カイ・アリオンはエデンでの暮らしに、救世軍の兵士としての生活に、大いに満足していた。


 


 そして、彼らを乗せた大きな鯨は”寝床”に戻るのである。


 空に浮かぶ、要塞のような都市。


 ――空中都市エデンへと。

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