#ハインツ14
司令部へ戻る最中、自動運転の自動車内で、ハインツはミア司令官と向き合っていた。何度かこうやってミア司令官とともに移動しているが、密室でこの人と向き合うのにはまだ慣れなかった。とは言え、意識し過ぎるのもよくない。相手が救世軍のトップとは言え、身近で支えるのが副官の仕事なのだから。
微妙に居心地の悪い沈黙を破ったのは、ミア司令官だった。
「一つ、ハインツ副官の耳に入れておきたいことがあります」
「なんでしょう?」
「特務隊のことです」
その言葉は、ハインツの注意を惹いた。特務隊はすでに壊滅している。一体、なにをこれ以上、説明することがあるのだろうか。
「特務隊は、廃止することに決定しました。今後は主力部隊を中心に、これまで特務隊が担ってきた任務を割り振ることになります」
「廃止、ですか」
壊滅したとは言え、特務隊の隊員はハインツとレオルドが残っている。ミア司令官のその言葉を聞いて、ハインツは殴られたような衝撃を受けた。だが、表情に出さないように努めた。なんと答えたらいいのか、ハインツにもわからなかったのだ。
「前々から検討はしていたのです。特務隊に負担が集中している現状は好ましくないと、司令部としてずっと考えてきました」
それは理解できる。だが、特務隊はそのための部隊だ。不満に思ったことはないし、むしろ誇りに思ってきた。
だがどの道、特務隊は廃止同然の立場にあった。怪我人が二人生き残っているだけでは、部隊を運用することなどできないのだから。
「ですから、ハインツ副官がパイロットへ復帰する際も、一般部隊での勤務になります。おそらくは主力部隊のいずれかになると思いますので、そのつもりでいてください」
「……わかりました」
ハインツにとっても、特務隊が廃止となることへの気持ちは複雑だった。あのような兄弟同然の関係性は、他の部隊では築けないだろう。ハインツは寂しかったのかもしれない。どこかで、元の特務隊に戻れる気がしていたのだ。そんなことはありえないのに、今になって現実を突きつけられていた。もっと早く、覚悟しておくことだったのだが。
「ミア司令官、昔話をしてもいいでしょうか」
「ええ、聞かせてください」
「特務隊のことですが、俺は配属が決まったときは微妙な気持ちでした」
正直、そんなに嬉しくなかった気がする。パイロットとしての職務はどこの部隊でも可能なのだから、特務隊と言われてもなにが変わるのかという心境だったのだ。むしろ、環境が変わるだけ好ましくないとも言える。
「それまでの部隊でも同僚とは上手くやっていましたし、俺にとって特務隊という存在が特に意味がなかったんです」
エリート部隊なのは知っていたが、それだけだ。一般部隊での任務に満足していたのに、余計なことだとさえ思った。
「まあ、言われるまま配属命令には従いましたが、これは大失敗だとさえ思いましたね、最初の頃のことですが」
配属当初のことを思い出していた。とにかく、ギスギスしていたのだ。
「どいつもこいつも、プライドだけは高いやつばかりだった。いかに自分が優れているかを声高に説明しては、他の隊員を罵るのが日常でした。そんな光景が懲りることなく、いつまでも続いていた」
確かに戦闘機の操縦技術は高い。だが、その分プライドも高い。なぜかそれが罵り合いに繋がるのであったが、今考えても意味不明だ。
「戦闘機のパイロットは、本来はチームプレイです。なのに、どうしてあの状況が続いていたのか、今に至っても理解不能です。とにかく俺は罵り合いに巻き込まれるのが嫌だったので、個人的な付き合いを避けました」
だが、同じ部隊にいればそういうわけにもいかなくなる。とりわけ、死地に赴く仕事なのだから、仲間同士の存在は嫌でも気になる。
「ある日、隊員の一人が俺に言いました。『お前、これまでこの部隊で何機撃墜した?』と。俺は正直に答えましたよ。『二十機くらいだ』と。相手はさらに言ってきました。『二十機くらいって、なんだ。はっきり数えろ』と。『はっきりとは覚えていない』と俺は答えました。その答えが気に入らなかったのか、そいつは罵ってきました。どうやら、数機の違いが重要なようでした。そいつはそれまで、二十三機を撃墜してきたようなので、俺との優劣をはっきりさせたかったようです。まったく、迷惑な話だった」
ハインツはしばらくその隊員に絡まれ、なかなか解放してくれないことに業を煮やし、罵り合いを始めてしまった。
「俺としても、大人気なかった。だけど、うんざりしていたのも確かです。苛立ってもいた。しばらく、罵り合っていたところ、また別の隊員が叫ぶように言いました。『お前ら、下らないことで言い争うな! 俺は三十機は撃墜したぞ!』と。そいつが一番、敵機を撃墜していたんです。こいつがあのレオルド・アビントンでした。そうと分かると、次は撃墜数以外で優劣を競い始めました。今考えてみても、キリがない。だけど、それが切っ掛けだったんです。一頻り罵りあった俺たちは、最後には笑い合っていました。さすがに、下らないことで言い争っていたことに気が付いたんです」
人間関係の築き方が、過激だった。ハインツのせいではないが、当時の特務隊はどいつこいつも呆れるような阿呆ばかりだったと、それぞれが自覚していた。
「それから、急速に仲良くなりましたね。任務がない日はいつも一緒に飯を食べました。用がなくても集まるのも普通のことでした。任務時を含めて、個人的な用事がなければずっと一緒にいました。今から思うと、あの時期はさすがに特殊だった。それくらい、俺たちは同類であるお互いを好きになっていた」
人間関係の過渡期だったのか、しばらくすると少し距離ができたが、むしろこっちが普通だった。とは言え、セックスを除けば、ともに過ごすことは依然として多かったのだが。
「俺たちは友人というよりは、兄弟でした。お互いに信頼し合っていた。その関係が最も現れるのは、戦闘機に乗っているときでした。戦うことこそが、俺たちの関係性の存在意義だった」
そして、その自覚を持ったまま、部隊の壊滅を迎えた。
「確かに、驕りもあった。俺たちだけは戦闘で死ぬことはないんだと、どこかで思い込んでいた。それが間違いだったのは、ミア司令官もご存知の通りです」
その結末を思うと、悔しくもあった。なにかを間違えた気がしないではない。だが、壊滅は偶然だったのだ。戦闘機の性能を向上させることは、パイロットの戦場ではない。技量とは別の戦場なのだから。
「噂には聞いていましたが、やはり苛烈ですね。特務隊は、私が考えている以上に特殊な部隊だったようです」
ミア司令官は得心がいったように頷いた。ただ、なにか疑問に思っているようで、
「でも、特務隊の任務上で問題があったとは聞いていませんでしたが、そんなに仲が悪かった時期があるのは不思議ですね」
「それは、仲の良し悪しは任務遂行のパフォーマンスに影響が出なかったようですね。仲が悪かったときも、任務中でさえ無線越しに罵り合いながら、俺たちはひたすら敵機を撃墜し続けました」
「……プロフェッショナルの仕事だと、好意的に解釈しましょう」
ミア司令官も少し呆れているようだった。ハインツとしてはかなり心外ではあったのだが。
「それはそうと、ハインツ副官にもやんちゃだった頃があったのですね」
「……俺はずっと控えめでしたけどね」
罵り合いの中心は、他の隊員たちだった。ハインツはどちらかと言えば、巻き込まれるのを避けていたはずだ。結局は、そんな状況に適応してしまったのだが。
ハインツは今になって、特務隊での任務が懐かしくなった。戻りたい過去には戻れないことが、無性に寂しかった。




