#アイカ7
結局、アイカはカイに続いて、テラフォーミング施設の奥に歩みを進めていた。
どうしてこうなったのか疑問ではあったが、カイの気まぐれが原因なのは間違いなかった。アイカとて、強くは反対しなかった。やることが他にないのは確かだし、安全を確認するためにも必要だとは思ったのだ。
薄暗い室内を歩くのは、あまり気持ちのいいことではなかった。まして、馴染みのない場所なのだ。アイカも警戒心を解けないでいた。
「エデンではなかなかお目にかかれない光景だな」
「そうだね」
カイの感想に、アイカも同意だった。
「施設内のデータはないの?」
「あるぞ。ただ、施設の間取りくらいしかわからないけどな」
どこになにがあるのかは不明らしい。
「カイ、今更だけど、あまり奥には行かないようにしよう」
「なんでだよ」
不満そうなカイに、アイカはうんざりしながらも説明する。
「なにがあるのかわからないだろう?」
「ただのテラフォーミング施設だって。大したものはないだろう」
「大したものがないってわかってるなら、探索する必要ないじゃないか」
「それもそうだな。だけど、この場所の安全性に確信を持ちたいしなあ」
カイの反論に、アイカも言い返せなかった。珍しく正論ではあったのだ。ここがアイカたちにとって未知の施設であることに変わりはない。
「テラフォーミング施設って、なんのためにあるんだろう?」
アイカの疑問に、カイは自信満々で答えた。
「そりゃあ、テラフォーミングのためだろう」
「それくらい、わかってるよ。テラフォーミングして、どうするのかって話だ」
今は戦争中だ。そもそも、テラフォーミング施設など建設する余裕などないはずだ。地表の毒ガスのせいで、人類は空中都市を建設し、空に逃げることになった。現在の戦争が戦闘機による空戦を中心としているのは、そのせいでもあった。逆に言えば、毒ガスは地表での戦争を防いでいる意味合いもあったのだが。
「だいぶ昔の施設らしいからな、今はもう深い意味はないだろう」
「あ、でも、テラフォーミングって、この星に人類が住めるようにするための施設だよな。だったら、もう役目は終えているのか」
「いや、これは毒ガスを無毒化するための施設らしい。つまりは、戦争が始まってから建設されたんだ」
惑星アリシアにおけるテラフォーミングの必要性は、二度生じたのだ。人類が移住したばかりのときと、戦争によって毒ガスが地表に蔓延した後だ。この施設は後者に対応するためのものらしい。
今までの話からすると、エデン側が建設したものらしい。意図は不明だが、決して悪いことではないとアイカは思った。
「地表を普通に歩けたら、今より人類は豊かになるのかな」
「俺は今でも満足してるから、どっちでもいいけどな」
「あんたはそう言うだろうね」
「だけど、地表でまで戦争するのはうんざりだな。俺は戦闘機に乗っていたい」
「……それは、私もそう思うけど」
ただ、テラフォーミング自体には希望を感じていた。地表を再び人類の生活圏にできるなら、それ自体が素晴らしいことのようにも思える。ただ、それも戦争がなければの話だ。地表でまで戦争が広がると、カイの言う通り泥沼化しそうだった。戦闘機での戦争に終始している現状は、その意味ではシンプルなのだ。
そうこう話しているうちに、曲がり角に突き当たった。
「うお!?」
「どうした、カイ!」
カイの驚く様子に、アイカもつられて驚くが、理由はすぐにわかった。
「う、うわ!」
アイカは、その原因を見た。人影だった。だが、人ではなかった。
「ま、マネキン? いや、アンドロイドか」
その人型は、兵士を模していた。アイカは早くなった鼓動を抑えようと息を吸った。
「警備用の機械兵士だな。なかなか、かっこいいじゃないか」
最初に驚いたカイは、もうその存在に適応していた。すでに機械兵士のボディをベタベタと触りだしている。
「カイ、やめときなよ」
「いいだろうが。かっこいいんだし」
「理由になってないから。男って、こういうの好きだよね」
「地球時代からそうだったらしいな。たぶん、不治の病だ」
アイカはカイの台詞には呆れていたが、まあ、かっこいいという感想もわからないではないのだが。
途端に、警報音が鳴り響いた。
「――え、」
「――お、おう?」
顔を見合わせて動揺するアイカとカイだったが、すぐに我に返った。
「あ、あれ。もしかして、警備システムが反応したのか?」
上ずった声には、カイの焦りが感じられた。
「シンニュウシャヲ、ハッケン。タダチニハイジョスル」
カイが触っていた機械兵士の目が赤色に光った。カイは慌てて、手を引っ込めた。
ドン、ドン、ドンと奥からなにかの音が聞こえてきた。重い足音だった。
奥から現れたのは、数え切れない数の機械兵士たちだった。
「おおおおおいい、あれなんだ、あの数の機械兵士たちは!」
「し、知らないよ! カイがベタベタ触るから怒ったんじゃない!」
「俺のせいかよ!?」
「明らかにそうだろう!!」
言い合っている場合ではないのは二人も理解していたが、喋らずにはいられなかった。一頻り罵りあった後、カイが言った。
「とにかく、逃げるぞ!」
「う、うん!」
全速力で、逃げ始めるアイカとカイ。
とにかく、入口まで戻ろうと阿吽の呼吸で走る。ひたすら走った。幸い、機械兵士たちは武器を持っていないようだった。重いボディが、重い足音を立てながら迫ってくる。
無我夢中で走った。薄暗い室内とか、見知らぬ場所であるとか、気にしている場合ではなかった。
こんなところで殺されるのはまっぴらだった。
そしてやっと、入口まで辿り着いた。だが、後ろを振り返ると機械兵士たちがすでに迫っていた。
「おい、アイカ。ガスマスク忘れるなよ!」
「わかってる!」
二人の間に、それ以上の会話はなかった。施設から逃げ出すことには一致していた。走れ、走れ、とにかく走れ、とアイカは自分に言い聞かせていた。
扉が開いて、明かりが入った。
毒ガスの中を進むのには抵抗があるが、そんなことを言っている場合ではない。息を呑んで、覚悟を決める。
「あ、あれ、なんだ」
目の前の光景に呆然とした。
なにかが空から落ちて来る。
カイと並んだまま、アイカは空を見つめて絶句していた。




