#アイカ6
「……今、話すことか?」
「答えてよ。気晴らしにさ」
カイの不満そうな反応にも躊躇わずに、アイカは続けた。なんでこんなことを聞いているのか、アイカにも自覚がなかった。
「そういうことか。まあ、いいよ。結局、俺は人殺しが好きなのかもね」
「でも、あんたはエデンで誰かを殺したことはないでしょ? 殺人を犯していたら、憲兵に逮捕されてるはずだ。私たちも二度と会えないはず」
「そりゃ、憲兵の世話になってまでやりたいことじゃないからな。それに、お前らに恨みもない」
「じゃあ、なんでパイロットとしてのカイ・アリオンであり続けるの?」
同じ問いを、アイカは繰り返した。どうしてこんなに拘るのか、アイカ自身もわからなかった。
「空を飛ぶのが好きなんだよな。それで、殺すか殺されるかの状況にいたい。ただ殺すだけじゃなくて、許されたいんだ。そういう職業は、この時代にはパイロットしかないだろ?」
「……まあね」
カイの在り方には疑問だった。言葉で説明されても、アイカは納得ができなかった。だけど、理解できないのはきっと人間関係の本質ではあるのだろう。今カイが説明してくれたことで、長い付き合いの相棒への理解がほんの少しだけ進んだ気がした。だが同時に、アイカはカイではないことも実感した。
「私は、あんたの真似はできないかな」
「する必要はないさ。人それぞれ向き不向きがある。俺はたまたま、この時代が合っていただけなんだ」
「例えば、地球時代にいたら、カイはなにをしていたんだろうね」
「難しいことを聞くなよ。まあ、地球時代にも同じ職業はあったんだから、同じようにしてたんじゃないか? だけど昔のパイロットは難関だったらしいから、落ちこぼれていたかもしれないけどさ」
「そんなところか」
「本当は、考えても意味のないことは考えない主義なんだけどな。まあ、そんな可能性もあったんだとは思うよ」
やはり、カイはアイカではない。だけど、カイのことは羨ましくもあった。シンプルに物事を考えることができるのは、いつの時代でも才能ではある。
「カイ、覚えてる? あのときのこと」
「あのとき?」
「ほら、私がシンテスを飲み忘れて、シグルドに乗ったときのこと」
救世軍のパイロットは、戦闘前には「シンテス」というストレス抑制剤を飲むことになっている。主に戦闘における過剰な恐怖を感じるのを避けるためである。そのために、ストレス抑制剤は戦争初期から開発を続けられていた。より優れた薬剤が今も研究されている。
アイカはその薬剤を服用せずに戦闘に出てしまった。気づいたときは、それほど気にしなかった。なんとかなるだろうと思った。だが、甘かった。アイカは必死になって、恐怖と戦った。殺されるかもしれない状況が、あんなに怖いとは思わなかった。
「あの戦闘のときは、アイカはどうかしたのかと思ったよ。それは間違いじゃなかったんだけどな。でも結果論的には戦闘にも勝ったし、味方に損失もなかった。あのときのアイカが指揮担当でなくてよかったとは思ったよ」
「それは否定しないよ」
不幸中の幸いというか、あの戦闘での指揮担当はカイだった。運に恵まれていたと、アイカは巡り合わせに感謝したくなった。
「私だって、シグルドに乗るのは好きだったんだ。敵の戦闘機を撃ち落とせたときはいちいち嬉しかったよ」
救世軍のパイロットたちはみんな、戦闘機に乗るのが好きだ。嫌いなやつがいれば、すぐに辞めているはずだ。空に焦がれるのは、人間の本能なのかもしれない。
「俺は、今もそんな気持ちでいるよ」
カイは過去のアイカに共感を示した。
「でもまあ、さすがにシンテスを飲むのを忘れたお前はどうかと思うぞ? 俺も試そうとは思わないね」
「自覚はあるよ。馬鹿なことしたと思ってる。もう飲み忘れないよ、絶対に」
カイは救世軍に、なによりエデンという社会に適合できている。アイカはどうだろう。あの戦闘以来、アイカは戦闘に参加するのが怖くなった。同時に、戦争への不満を抱くようになった。かつての人類は平和への愛を声高に叫んだくせに、結局はこんな時代にまで戦争を続けている。
努力を続けているのは理解できる。でも、利害が合わないとか、感情が合わないとか、色々な理由が複合的に結び合って、結論としては戦争は続いている。生きている者として、望んでいないのに死ぬかもしれないのは理不尽にしか思えなかった。
何人かのパイロットの友人が、戦闘で死んだ。彼らが死ぬのを受け入れられたのかアイカにはわからないが、友人を失った自分にとってはそういう因果だったと受け入れることはできなかった。悲しかったし、アイカは今も定期的に集合墓地に通っている。
誰もがカイを異常者のように言う。まともなのはアイカのほうだと同意する。だが、適応できているのカイであって、アイカではなかった。
「私は、戦闘は怖いよ」
「俺だって、その気持ちがわからないわけじゃないさ」
「戦争も嫌だ」
「それはよくわからん。でも、お前の意見は真っ当だよ。救世軍の兵士たちだって、大抵が同意するさ」
「昔、観た映画みたいな生活がしたかったな。地球時代の話だけどさ、みんな、戦闘のことも、戦争のことなんかも考えていないんだ」
「戦争の映画もあるけどな。あれはあれで、苛烈だったなあ。俺は戦闘機に乗るだけでいいよ」
「私だって、銃を持って敵兵に突撃するくらいなら、シグルドに乗るよ」
結局、アイカはなにが言いたのか自分でもよくわかっていなかった。
カイには、度々共感を求めていることを、アイカは自覚していた。この無神経な男がアイカの求めに応じたことはほとんどなかったが、それでもアイカはカイだからこそ共感してほしいと思ってしまうのである。積年の相棒として、アイカはカイのことをある意味では愛していたのかもしれない。……恋情でないことは確かだが。
「アイカ、あのさ。心配しなくても、戦争はいつかは終わるよ」
「え、なんで?」
「この星の資源が限られているからな。戦争するにも資源がなければ続けられないだろう? 勝つか負けるかは知らんけど」
「それ、行き着くところまで行き着いてない?」
「うん」
「……それは、駄目だろう」
「駄目かあ」
苦笑するカイに、アイカも可笑しくなって少し笑った。相変わらず頭のおかしいことを言い出すやつだが、でもどうしてか気が楽になった。
「戦争についてだがな、俺も考えることがある」
「あんたが、なにを考えるんだよ」
「まあ、聞けよ。無意味なことは考えないのが俺の信条だけどさ、つい疑問を思いついてしまった。エデンは、情報統制はしないのかとな」
「――え」
なぜか、アイカの鼓動が疼いた。
「アイカみたいに敵兵相手どころか、戦争そのものに不満を抱くやつが現れるのは、普通に予想できるはずだ。でも、エデンは過去の娯楽作品をまったく規制していない。アーカイブには明らかに反戦的な映画さえある。戦争に勝たないと、生存できない俺たちの社会がだ」
「別に、そこまで気にしてないんじゃない?」
「それもそうなんだろうな。ただ、理屈としては、不都合なものを隠そうとしないのが俺にはよくわからないんだ」
言わんとするところは理解できる。ただ、それは深刻な疑問なのだろうか? アイカはなんと説明したらいいのか考えたが、説得力のある反論を思いつかなかった。
「過去には、そういう国家・社会はあったんだよな。俺だって、一般常識としてはそれくらい知ってるさ。エデンだって一応は、『管理者』の支持に基づく救世軍司令官による独裁体制だからな。そうなっても、おかしくないはずだろう?」
「それは――」
アイカも反論できなかった。確かに、深く考えればエデンという社会は不可思議なところもある。歯車が微妙にずれるような、微かな違和感が積み重なっていた。
エデンでは、独裁を優れた体制だとは誰も思っていない。公には司令部も、戦争終結までの一時的なものだと説明している。だが、歴史に残る独裁者やその周辺の人間は、もっと権力に貪欲だったはずだ。
「実際には、私みたいに戦争に不満を抱く人間は少ないからじゃないか? 私だって、みんなに向けて声高に主張したいわけじゃないんだから」
「まあ、真相はそういうところなのかもな。司令官殿の寛容さに感謝しておくか」
カイの説明の内容を、アイカはもっと検討してみたかった。だが、それを許さなかったのはカイ自身だった。
「さて、そんなつまらない話はやめてさ。いい加減、この施設の奥の方を探索しないか?」
「ええー……」
カイの提案に、アイカは拒絶感しかなかった。




