#ハインツ10
「お疲れさまでした、ハインツ副官。かつてない大業を成し遂げましたね」
揶揄うように言ってきたのは、ミア司令官だった。マリナを見送ったハインツは、ぐったりしながら司令官の執務室に戻ってきたのだ。
「見ていたんですか、司令官?」
面談室には一応、監視カメラも設置されていたはずだ。
「見ていなくとも、時間がだいぶ経っていますからね。想像はできますよ」
「俺が辛い思いをしていたのを、ただ想像して待っていたんですね」
「ええ、想像していると私まで辛くなりました。できることなら私が直接話したかったのですが、そういうわけにもいきませんからね」
司令官の地位は、救世軍のトップだ。安易に末端の兵士を会わせていてはキリがない。警備担当の兵士で対応できないのであれば、ハインツが対応するしかなかったのである。
「でも、本当にお疲れさまでした。緑茶でも飲みますか?」
「いえ、結構です」
「でしょうね」
一応は労るつもりがあるらしいのだが、ハインツにとってはあまり嬉しくない提案だった。
「では、代わりに私の今日のおやつをお譲りしましょう。羊羹ですが、ハインツ副官も好きでしたよね?」
「謹んで、拝受します」
嬉しそうなミア司令官から、ハインツは包装されたままの羊羹を受け取った。甘いものが好きなハインツにとっては、緑茶よりずっとありがたいご褒美だった。
「ミア司令官、一つだけ提案があるのですが」
「マリナ飛行士のことですね」
「はい。彼女を、第31部隊のカイ・アリオンとアイカ・キルシュの回収任務に同行させられないでしょうか?」
「構いませんよ。そういう話にはなるだろうと予想していましたし、私としても本人の希望次第では同行させるつもりでしたから」
「人が悪いですね。事前に言ってくれればよかったのに」
ミアが事前に教えていれば、ハインツも妙な後ろめたさを感じなくて済んだのである。
「まあ、いいではないですか。いずれにせよ、あなたなら上手く対応してくれると思っていましたよ、ハインツ副官」
「お褒めに預かり恐縮です」
わざとらしく、ハインツは返答した。
「――とは言え、これからが本当に辛いところですね。特務隊に続いて、第31部隊が任務に失敗しました。ハインツ副官は、どう考えますか?」
副官に就任して以来、ミア司令官から度々、ハインツは意見を求められた。最適解を求められているというよりは、思考の整理に利用されているようだった。ハインツは、自分の機体が撃墜された戦闘を思い出していた。
「敵戦闘機の性能が格段に向上にしたのは、確かでしょうね」
ハインツも司令部の他のスタッフたちとともに、第31部隊の持ち帰った戦闘データを確認していた。今までにない状況を再確認した。
「ええ、それがまさに問題です。これまでの救世軍の優位は、すなわちシグルドの優位でした。敵勢力に奪われた優位性は、そのまま戦局を覆しかねない。――いえ、もう覆されているのかもしれません」
「どうするおつもりで?」
「差し当たっては、シグルドの性能向上を目指すしかないですね。技術の優位は、戦術や戦略では容易には覆せませんから。技術班には頑張ってもらわないといけません」
結局のところは、そこに帰結するのである。ハインツもパイロットとして、戦場において性能で上回る敵機体の強さは知っていた。焦りと恐れが同時に襲ってくるあの瞬間は、二度とは経験したくない。
ミアが軽く微笑んだ。
「ハインツ副官、そんなに心配そうにしないでください」
「そんな顔、してましたか?」
「ええ、それはもう怖い顔をしていましたよ?」
「失礼しました」
ミア司令官は、それには答えず続けた。
「まだ、私たちにもやりようはありますから、すぐには戦況は変わらないでしょう」
「司令部としては、すでに具体的な方針が決まっているのですか?」
「暫定的ではありますが、確かに。私は戦闘機の技術には詳しくないのですが、これだけ急に性能を向上させたのであれば、マイナス効果もあるはずです」
「マイナス効果、ですか?」
「おそらくですが、現在の敵勢力の戦闘機は燃費がかなり悪いのでしょう。防御力と速度、なにより攻撃力が格段に向上しているとはいえ、そのエネルギーを賄わなければならないことに変わりはありません。そして、一機の戦闘機が保持できるエネルギー量には限りがあります」
救世軍のシグルドにしても、ルクレシアのウィーズルにしても、惑星アリシアで発見された未知のエネルギー物質を燃料にしているのである。人類における、革新的な発見の一つだった。
「根拠はありますよ? 特務隊の壊滅時には大規模戦力による奇襲、そして第31部隊においては戦闘後の早期撤退です。いずれも、短時間での戦闘に終止しています。……とは言え、仮説に過ぎないのですが」
限られた情報でそこまでのことが判明するのか。ハインツのは内心には驚きが生じていた。
「しかし、戦闘データが多く集まれば検証できることでは?」
だが、ミア司令官は首をわずかに横に振るばかりだった。
「負ける可能性が高まっている現状で、戦闘を命じるのは極力避けたいところですね。これまでも防戦ではありましたが、今後は一層その傾向を強めないといけないでしょう」
ミア司令官の考えは、ハインツにも理解できた。だが、防戦は勝利を意味しない。むしろ、不利な状況であることを示している。もっとも、資源を多く抱えるルクレシアを相手にしている以上、防戦は必然的ではあるのだが。
――俺たちは、本当に勝てる戦争をしているのだろうか?
ハインツは、胸の内に渦巻く不安を隠そうと努めた。




